第52話 聞く耳がない!
村田新左衛門は一人執務室でじっと聞き耳を立てている。
既に深夜である。
暗闇の中をジィっと何もしないでいる。
――やはり、聴こえる。
秋口から冬にかけてネズミやハクビシンなどの獣が入ってきて天井裏を行き交っているのだと思っていた。
しかし、その微かな音は日によって微妙に音色を変えるし、完全に消えることはなかった。
早朝に火鉢を用意している最中、カリカリとした奇妙な音が聴こえることが数回あった。
村田は耳が異様に良かった。
だから人のうわさ話も良く聞こえる。
小さい頃から耳年増で、何でも情報が早いので両親に驚かれたものだった。
村田は一人っ子だったため両親の期待を一身に背負って生きてきた。
母方の遠い親戚を頼って、小西行長の小姓の末席に加えられた。
――この子はそのうち大出世するに違いない。
関ヶ原で両親の夢はあっさり潰えた。
暗闇の中、村田は寒さに震え握りしめた拳に息を吹きかけた。
いつの間にか、暗闇に両親がいるような気がしてジッと目を凝らす。
もちろん両親の影かたちもなく、執務室はいつもと変わらぬ静寂のままだった。
村田はそのまま目を閉じた。
彼がようやく深い眠りに落ちた頃、大垣城はまんじりと朝を迎えようとしていた。
◇
三成と左近がいつものように肥やしを樽に移し替えていたところ、一人の大柄な男がこちらに駆けてくるのが見えた。
「佐吉! 大変だ!」
糟屋武則である。
福島正則や加藤清正と同じ賤ヶ岳の7本槍のひとりで三成とは同じ釜の飯を食ったいわば幼馴染である。
「助右衛門! どうした?」
武則は、日に焼けた顔を歪ませて息も絶え絶えに言った。
「人が……死んだ!」
三成と左近は慌てて手を洗い武則と一緒に厩に走った。
騎乗してすぐさま現場へ向かう。
林の側の少し空き地になっているところに、数十人が集まっている姿が見える。
三成らは馬を繋ぎ、彼らの元へ走った。
人々の中心に、小柄な男が仰向けに倒れている。
三成は顔を覗き込む。
少し口が開き、その目は半開きで空を映している。
微動だにしない男はとっくにこと切れていることが誰の目からも明白だった。
地面と木に挟まれていたが、仲間たちが力を合わせて空き地へ男を運び出したという。
現場の責任者の男は糟屋武則の家臣で駒井と言い、頗る生真面目そうな男だった。
駒井は震える声で経緯を説明する。
「今日は午後から雨が降るかも知れないという話で……まあ、天気予報をしてくれている者も最近は連続で外していたから、気にしなくても良かったのですが、ちょっと早めに取り掛かろうという話になって……」
駒井はそこから躊躇してなかなか話さない。
緊張しているのか額の汗を手で拭う。
瞬きが忙しない。
「大丈夫です。責めませんから。正直に話してください」
三成がなるべく優しく聞こえるように囁くような声を掛けた。
「普段は二人一組になって……作業に取り掛かるのですが、一名遅れて……そのトイレに行ってたものですから、そのまま作業してもすぐに駆けつけるだろうとのことで……そのまま……彼が一人で伐採を」
駒井は手で自らの目を覆う。
「かかり木になってしまって……どちらに倒れるか分からず……下敷きになってしまったようです……」
かかり木とは切り倒した木の枝や幹が他の木に引っ掛かり、思わぬ方向に倒れてしまうことである。
駒井は深々と勢い良く頭を下げた。
「も、申し訳ありません! 私が死んでお詫びを!」
「いやいや! それは必要ありません! それより正確な現場検証を行って、安全管理に違反があった箇所は防止策を講じましょう。貴方一人の責任ではありません」
駒井は大きく肩を震わせた。
涙が彼の手をすり抜けて頬を伝う。
「すみません……本当は限界でした……私には荷が重くて……すみません」
起こるべくして起こってしまった。
三成は林業の危険性を感じながら、自ら対策を講じきれなかったことを悔やんだ。
忙しいとはいえ、注意喚起や講習などやれることはあったかもしれないが、信頼のおける糟屋に任せっきりだったのも事実である。
「おい! きちんと説明しろ!」
後ろからいきなり肩を乱暴に掴まれる。
いつの間に駆けつけたのか、島津豊久が三成を睨みつけている。
「お前らがお城で遊んでいる間に、また人が死んだぞ! 説明責任を果たせ!」
「殿に気安く触らないでいただきたい!」
左近が豊久を怒鳴りつけた。
「無礼ですぞ!」
豊久は形の良い唇を歪めると、まるで穢らわしい者を見るような目で三成を見た。
「この男はいかにも殊勝そうな顔をしながら、我らの命のことなど一ミリも考えていない。恥知らずのペテン師だ」
三成は豊久の燃えるような目線を真っ正面から受け止める。
「俺は騙されんぞ! 覚えておけ! お前の化けの皮、いつか剥がしてやるからな!」
豊久は言うだけ言って、地面を蹴って去った。
残された糟屋家の家臣たちはその勢いにただただ唖然としている。
「なんか凄い……言われようだな」
三成は思わず遠い目をしてしまう。
「なんか、凄いですね……」
左近も豊久の勢いに引いている。
「八十島がよっぽどやらかしたな……アイツ!」
伝令の際に八十島がかなりの無礼を働いたのだろうか。
「逆に何を言ったらあそこまで恨まれるんですかね? 左近は知りたいです」
左近は腕を組みながら、豊久の背中を見送った。
運動神経の良い豊久は器用に斜面を登り、あっという間に見えなくなる。
死んだ男は、糟屋武則家臣・永井源之丞。
兄がいたので、駆けつけた兄に事情を説明し、三成は見舞金を用意する旨を伝えた。
兄・永井辰之進は落ち着いていた。
「まあ、危険度が高い仕事なのは分かってましたから……ただ農林業を糟屋家に割り振ったのは治部様と伺いました。
そこは残念だったな、と。
弟はどちらかというと事務方の方が向いていたので、職業選択の自由があればな、と。思っていたので……」
「そこに関しては申し訳ありません……」
三成の謝罪に、辰之進は首をゆるゆると振った。
「いや、謝らないでください。謝られると本当に治部様が悪いのかって気になってくる。 誰かがやらなきゃならない仕事でした」
辰之進はいかにも切れ者らしい目を三成に向ける。
「ただこの仕事はいかに安全対策をしても、年に数件は起こってしまう可能性がありますよ」
永井辰之進の落ち着きを払った口調に三成は救われる思いがする。
確かに林業はもちろん、今後始まる炭鉱開発業務にしても死が隣り合わせの職業である。
担い手問題も含め、どうしていかなければならないのか、みんなで早急に考えなければ。
頭の痛い問題である。
疲れ果てた足取りで帰ると、三成の部屋で大谷刑部が待っていた。
薄暗い部屋に灯し油もせずに、背筋を伸ばし座っている。
「来たぞ」
「何が?」
三成は問う。
大谷の目がまるで雷のように光ったように見えた。
「人が死んだな?」
「……」
「あの洞窟に、人が来たぞ」
三成はあっと叫びそうになる。
そうか――人が死ぬと、洞窟に人が現れる。
死んだ者の代わりに人が現れるのだ。




