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第47話 待てない!

 直政の首元に突きつけられた短刀が、室内の薄暗い炎を受けて鈍く光っている。


「内府はどこだ? 内府を出せ!」


 三成は直政の後ろから彼の首に手を回し、ゆっくり座敷内の様子を見た。


 不意を突かれて、井伊直政は大きく目を見開いた。


「お前、もしや石田……三成?」


 勘兵衛がその隙に、身を翻して松平忠吉の刀を奪った。


 花嫁の豹変に呆然としていた忠吉は慌てて脇差しを死守する。


「茶々様が降るわけがなかろう! このクサレ外道どもが! 今は令和だぞ。

 こんな人質を取るみたいなマネ、よく恥ずかしげもなく提案できるな。脳筋クソ野郎どもめ!」


 三成は一気にまくし立てた。


「あまつさえ前世であんなにも茶々様に非道を働きながら欲望のままモノにしようなどという外道が赦されるわけなかろう! え? 一体どういう了見だ?

 そんなに、自信がないか? 東軍はモテない男の集まりか? 男なら惚れさせるように真っ向勝負してみやがれ!」


「勝手言いやがって、早く殺せ!」


 織田有楽斎が脇差しを抜こうとする。


 後ろからヒヤリと刃が有楽斎の喉元に添えられる。


 左近は隠し持っていた小刀をピタリと有楽斎の肌に張り付かせた。


「はなから乗り込んだ側の覚悟が決まっている場合、こういったことはどうしても犠牲が付き物ですから」


 左近は低い声で静かに話した。


「すみません。あんま恨みはないけど、お命頂戴いたします」


 隣の内記も織田長孝の細い首筋に小刀を当てている。


「すみません。僕は恨み心頭です。僕の顔、忘れてましたでしょう? 

 以前、貴方に殺された戸田内記と申します。 仇敵に背中なんて見せたらいけないですよ。織田長孝さん。お命頂戴いたしますね」


「いやーー!!」


 堪らず長孝が悲鳴を上げた。


「や、止めて! 刺さないで。おかしいでしょ? 令和なのに!」


「図書! 一体どうなってるんだ?」


 松平忠吉が叫ぶ。


「あのですね……こんな頭のおかしな連中と交渉しようなんて、はなから無理があったのです。

 私のことはどうにでも処理してください。どうぞお好きなようにしてください」


 伊奈図書は片肌を脱いでそそくさと切腹の準備を始める。


「もう、切腹ですよね。はいはい。分かっておりますよ」


「う、上様! 上様! 何とかして!」


 織田長孝が襖の方に向かって悲鳴を上げた。


 徳川家家臣が一斉に襖の側の青年を見る。


「フフフ」


 襖の側の青年が笑い出した。


 あまりの滅茶苦茶な状況に気でも触れたのだろうか。


「ハハハハ! 本当に面白いな。フフフ、本当に面白い。よくぞそんな格好で乗り込んできたな! ハハハ! 参った参った!」


 腹を押さえて大笑いをしている。

 涙目で三成にチラリと視線を移す。


「フフ、治部……なんで相変わらずそうお前は面白いのだ? な、涙が出てくるぞ。ハハハハ! ワシとしたことが、全然気が付かなかった!」


「もしかして……内府?」


 三成は唖然として呟いた。


 そう言われれば、垂れた目元に家康の面影が僅かに残る。


 家康ははじめから式に参加していたのか。


 家康は本当に涙を流して笑っている。


 笑い足りないのか、クククと腹を手で押さえて呼吸を整える。


「ず、図書……取り敢えず切腹するのは止めろ。収集つかなくなる」


 家康はもう一度三成を見る。


 頬に笑みをたたえながら語りかけるように話す。


「治部、こんなテロリストのような真似をするほど落ちぶれたか。 我らの心尽くしの宴席を……図書の真心を踏み躙り、お前こそ恥ずかしくないのか?」


 家康は笑顔だったが、目の奥は急激に醒めて落ち着きを取り戻している。


「ワシには今のおぬしの方がその珍妙な姿といい……武士の風上にも置けぬ、よっぽどの恥知らずに見えるがな」


「恥をかいてでも護らねばならぬものがあるゆえ、まぁ、何とでも言え」


 三成の視界の隅に、自らの腹に脇差しを向けながら震えている伊奈図書の姿が映る。


「但し、たとえお前らが俺の姿を笑ったとしても、武力を持って我らを恫喝し、このような事態に陥らせたのは他でもない、お前らの責任だろ! 

 

 和平だなんだ言いながら、弱い者を従わせて嬲ろうとしてくるお前らのどこに誇れるものがあるというのだ? え? 外道そのものではないか!


 こちらはこちらの戦い方がある。好きなだけ笑うがいい」


「フフフ。本当に面白い。面白いから殺すには惜しいがな」


 既に松平忠吉、鈴木重好は脇差しを抜いている。


 勘兵衛は既に刀を抜いて二人と対峙している。


 曲直瀬玄朔は手で顔を隠して震えている。


 三成と家康との距離は約二メートルほど。


 井伊直政を向こう側にぶん投げた後、家康まですぐさま飛びつけば、忠吉か重好のどちらかに背中を刺されながらも絶命するまでになんとか家康の首に短刀を突き刺せるか。


「面白い余興だったがここまでだぞ。治部」


 伊奈図書が震える手で脇差しを三成に向けた。


 三成はこのメンバーだったら、図書に討たれたいと思う。


「廊下にはまだ兵士たちをたんまり待たせてある。生きてこの城から出ることは叶わんぞ。

 詮無きことは止めて、おとなしく縛につけ」


 井伊直政の首を力一杯締め上げていたため、気を失ったのか身体がズンと重くなる。


 コイツを投げ飛ばして、一秒。

 家康に肉薄して二秒。

 襟に飛びつき首元に刃を深く差し入れる。


 三成の心臓が早鐘のように打った。


 家康が左足を僅かに後ろに踏み込む。

 このまま廊下に逃げる気だ。


――今だ! 三成は井伊直政を松平忠吉の前にぶん投げた。


「待って! 待ちなさい!!」


 家康の背後から茶々の顔が覗く。


「ちゃ…ちゃ様??」


 三成は勢い余って家康と至近距離でぶつかってしまった。


 松平忠吉が井伊直政の身体を受け止める。


「待ちなさい! これは命令です! みなのもの、いい加減になさい!」



  ◇



 井伊直政の意識が戻るまで、茶々は扇子で仰いでいる。


 直政の瞳に光が宿り、ガバっと起き上がる。


「大丈夫ですか?」

 茶々が尋ねた。


「は……はい」


 呆けたように直政は茶々の顔を至近距離で見つめた。

 薄暗い部屋の中でもその肌は光ってみえる。


「本物? 全然違う……!」

「うるさいな」


 三成は直政を睨みつけた。


 三成は花嫁姿のままだが、部屋の隅でやさぐれた格好で胡座をかいている。


「お前! よくもこの俺を騙したな!」


「騙される方が阿呆なのだ。この色情魔!」


「こら! 治部! 止めなさい」


 茶々がピシャリと叱る。


 そそくさと忍び足で入ってきた織田長孝が湯のみの水を直政に差し出す。


 睨む内記を見て慌てて首元を擦った。


 直政は一口飲んで、長く息を吐いた。


「内府……私が遅れたましたこと、申開きようもございません」


 徳川家康は金屏風の前に一人で座っている。

 茶々の謝罪の言葉に、腕を組み目を固く閉じている。


「茶々様が謝ることではないのです」


 茶々の側に控えていた大谷刑部が家康に進言する。


「どうしても、この阿呆どもが言うことを聞かず、このような事態に。

 今回はこの阿呆どもの暴走ですので、式は恙無く行われたものとして、不問にしていただけないでしょうか?」


「こやつに、殺されかけたのだぞ!」


 直政が三成を指差して悲鳴のような声をあげる。


「この私に免じて、お願い申し上げまする」


 茶々が潤んだ瞳を直政に向けた。


「ま、まぁ……」


 家康は薄目を開けて、茶々を見た。


「淀、そなた、きちんと降嫁を受け入れると申すか?」


「はい……」


 家康は茶々を見た。


 茶々も家康を不思議な面持ちで見つめる。


――かつて己が交渉などと称して散々いたぶり殺した女は、今の家康の目からどう見えるのだろうか。


 単純に疑問を感じ、茶々は真っすぐ見つめ返した。


 家康の姿は以前とはだいぶ違い、若返ってあどけなささえ感じさせる。


 数秒視線が交わされる。


 家康はスッと目を逸らした。


「でも、ひとつお願いがありまする」


 茶々は大きな目を見開いて、落ち着いた口調で家康に訴えかける。


「今、茶々のお腹には……やや子がおります」


「はぁ?」


 驚きのあまり、三成の喉元から変な声が出た。


「私、今、妊娠してるんです」


 茶々は歯を見せて少し微笑んだ。


「だから、西軍で出産させてからにしてください!」

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