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第45話 花嫁衣装は譲れない!

 大谷刑部と平塚為広は外の喧騒をものともせず昼間から将棋を指していた。


 三成は大谷の部屋に入り、将棋盤を見下ろす。


「刑部、話がある」


 為広は湯のみで茶を飲んだ。


 大谷の差した一手に苦悶して顔を上げた。


 三成と視線が合う。


「ブフォォ!」


 将棋盤に為広の吐き出した湯が盛大にかかった。


「何だ、汚いな。大丈夫か?」


 大谷は咳き込んでいる為広の背中を擦ろうとする。


「平塚殿、二人にしてもらえないか」


 三成の言葉に、為広は咽て顔を赤くしながら隣の間へ退散していった。


「刑部、話がある。こっちを向け」


「俺には無い。とっとと失せろ」


 大谷は将棋盤から目を離さない。


「いいから、こちらを向け!」


 三成は無理矢理大谷の腕を掴んで、向き直させた。


「グフッ」


 思わず大谷も喉の奥から変な声を出す。


 化粧をして花嫁姿の三成が眼前に向き合っている。


「……なんだって、お前はいつも予想の斜め上を行くのだ?」


 大谷はあまりのことに、三成と目を合わせざるを得ない。


「いいか、良く聞け。刑部。お前が茶々様を隠したのは分かっている」


「……俺は何も知らん」


 大谷は頭振った。


「そのことを責めたてるために来たのではない。これを酌み交わしに来た」


 三成は持参した瓢箪ひょうたん徳利と盃を手に持つ。


「但し『別れ』じゃない。『誓い』の盃だ」


 三成はほら、と大谷に盃を持つように促す。


「戦支度に刻を稼ぎたい。

 俺はこのまま茶々様のなりで出立する。

 出来れば婚礼の場で参列している内府と刺し違えたい」


「……」


「出来ればだ。確率は低い。でもやってみる価値はある。

 大将が死ねば現場は混乱する。ますます刻が稼げるかもしれん」


 三成は大谷を見つめた。


 大谷も真っすぐ三成の目を見つめ返す。


「そこでお前の出番だ。百万の兵を指揮できる実力を今こそ見せてみろ。

 俺が冥府から見守ってやる。そして……」


 三成は大谷の盃に目一杯酒を注ぐ。


「茶々様を絶対に幸せにするんだぞ。この盃はその誓いのための盃だ。

 お前という男を誰よりも見込んでいるのはこの俺だ。ガッカリさせるなよ」


 大谷が震える手で盃を空けると、三成も盃を一気に空けニッコリ笑った。


「……おぬしがいなくなると……この世は面白くなくなるな……」


 大谷は言葉を辿々しく捻り出す。


 何か言いたくても喉の奥に貼り付いたまま言葉が続かなかった。


「嬉しいこと言ってくれるじゃないの!」


 三成はいつもの調子で笑った。

 徳利と盃を持ってサッと立ち上がる。


「さらばだ。刑部!」


 大垣城三の丸大門から今まさに花嫁行列が出立しようとしている。


「殿! 超可愛い!」


 左近が囃し立てる。


 三成は白の小袖、白の豪奢な打掛に薄手の被衣かずらを被って現れた。


 金の刺繍をあしらった細帯に懐刀を差している。


 権左と惣次郎のおかげで、なかなかの美女に仕上がっている。


「まこと……馬子にも衣装ですな」


「勘兵衛、それ褒めてないぞ」


 三成は眉間にシワを寄せた。


「治部様、歩き方お気をつけください。そんなガニ股だと、すぐ男だとバレます」


 戸田内記が馬の口を取っている。


「そう言えば、内記。有給休暇はどうしたのだ?」


 今からでも有給休暇にして同行しなければ、すぐには死なずに済む。


「治部様のご勇姿を見届けるため、既に返上しました」


 三成は馬に横乗りに乗った。


 左近が抱える感じで後ろに乗り込む。


「殿。かの日本武尊やまとたけるも女装姿で敵を討ったとか。まさしく殿は日本武尊の生まれ変わりですな」


「左近……念の為確認するが」


「なんでしょう?」


「女装姿で死んだ武士もののふは今までいるのか?」

 左近が馬の尻を軽く叩いて、馬がゆっくりと歩みを進める。


「左近は、寡聞かぶんにして……」


 左近は言葉を選びながら話そうとしていたが、途中で諦めてつとめて明るく言い放った。


「歴史上、初となるかと!」


 先頭の馬は渡辺勘兵衛。次に戸田内記。


 その次に花嫁と左近の乗った馬が過ぎ去り、最後に伊奈図書が難しい顔をしながら御吉例街道を北に進む。


 三成は被衣を上げて伊奈図書の顔を見た。


  図書はその視線を受けて頷く。


 図書には茶々を探す時間稼ぎのため、まずは自らが身代わりとなり、見つけ出し次第交代する旨を伝えている。


 もちろん、婚儀の場で家康と刺し違える計画は伝えていない。


 またしても、この誠実な男を騙すような形になることを三成は心の底から詫びた。


「左近。すまなかったな。生き残ることができなくて。お前まで」


「いやぁ~左近は楽しかったですよ。短い間でしたが楽しかったのでそれで良し。この世界を満喫しました」


 左近の目は優しく慈しむように、街道の風景を見渡している。


「殿こそ。茶々様にご未練があるのでは?」


「馬鹿言え」


 三成は笑った。


「刑部様との勝負。殿に全財産賭けてたのに、全くダメダメでしたね」


「え? そうなの?」


 仲間内で博打の対象になっていたらしい。


「左近は勝負どころで大概そうなんですよ〜悔しい!」


 左近は豪快に笑った。

 ちっとも悔しそうではない。


 揖斐川を越えて、東軍領内に入ると花嫁行列を迎える兵士がちらほら現れた。


 遠くの者などは雨も降っていないのに和傘を振ったりしている。


 みな茶々をひと目見ようとして首を伸ばす。


 その顔には一様に笑みが溢れている。

 気軽に手を振る者もいる。


 三成は思わず手を振り返した。


 期待を込めた眼差しが三成に突き刺さる。


 東軍の兵士たちだって、死にたくはないのだ。


 ただただ平穏に生きていたいだけなのに。


「このような眼差しをあのひとは常日頃から受けていたのだな……」


「クセになりそうですか?」


「フフ……大変なもんだよ。これは」


 織田信長の姪として生まれ、その叔父に父と兄を殺され、秀吉に母を殺され、妹たちとともに母の仇の元に身を寄せ、その仇に身を委ね……家のため。


 妹たちのため。

 家臣たちのため。


 誰よりも愛おしい我が子のため。


 きっと唇を噛み締めながら、血の滲むような想いで生きてきた。


「幸せにならなきゃ、全部嘘になっちまう」


 沿道の兵士たちに手を振り返しながら、三成は茶々に思いを馳せた。


「そんな世の中にしたくないもんね」

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