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第42話 認めない!

 伊奈図書からの返書は三成の元に早馬で届き、正式な降嫁の日とタイムスケジュールが決まった。


 茶々の出立は一月の廿五日。


 井伊直政との婚礼の儀には、主君・徳川家康も参列するという。


「内記、ちょっといいか?」


 廊下の手摺を雑巾で拭いていた戸田内記は醒めた眼差しを三成に向ける。


「当日なのだが、茶々様に付き従って清洲城に送り届ける役目をして欲しい。お前には茶々様も心を許しているようだから」


 内記は視線を落とし、あからさまに不貞腐れた態度を三成に向けている。


 正月明けにはあれほど活気に溢れていた大垣城内は茶々の降嫁が発表されると、ものの見事に静まり返り、主導した執務室メンバーに対して内記の様な態度を取る者が出てきてはいた。


 三成は内記の態度に気が付かないかのように続けた。


織田長兵衛尉おだちょうべええのじょう様(長次)にも行ってもらって、しばらくの間の茶々様のお世話をお願いしている。

 あちらには叔父の織田有楽斎殿もいるし、親族で周りを固めれば茶々様もまずはご安心だろう」


「せっかくですが、僕はその日は有給です」


 内記は親の仇のように手摺をゴシゴシしながら冷たく言い放った。


「ゆ、有給?」


 三成ははたと気がついた。


 そう言えば、織田有楽斎は戸田親子の仇敵……マズイことを言ってしまった。


「治部様、ワークライフバランスってご存知ですか? 誰もが貴方のように仕事大好き人間で馬車馬のように働くのが生き甲斐ではありませんので。それでは失礼します」


 内記は一気にまくし立てるとくるりと三成に背を向けた。


「おい、ちょっと待て! 内記!」


「治部様、お客様がお見えです」


 階段を走って降りてきた村田と内記の肩がぶつかる。


 内記の勢いに押されたのか、村田は不思議そうに小首をかしげた。


 執務室前には珍しい客人が待っていた。


「おー! 石田様、待ちくたびれたぞ」


「……武蔵? 何用だ?」


 三成は幾分迷惑そうに話す。


 武蔵は光の強い目を細めながら言った。


「貞慶寺の境内が大変なことになってるぜ」


「決死隊?」


 三成の言葉に武蔵は顎の無精ヒゲを触りながら頷く。


 茶々の降嫁に抗議するため、三成はじめ執務室メンバーに武器を持って方向転換を迫る――


『決死隊』を名乗り、貞慶寺を拠点に仲間を集って少しずつ勢力を増やしつつあるという。


「あんた、このままだと危ないぜ」


 武蔵は親切なことに彼らの決起集会に、目立たぬようホッカムリで参加して見てきてくれたのである。


「彼らはここに押し寄せてくるつもりなのでしょうか? 治部様は今すぐ何処ぞへお隠れになった方が良いかと」


 村田が不安げに言った。


「血気盛んな彼らが、何をしでかすか分かりませんよ」


「新左衛門、その決死隊とやらをここの中庭に誘導しろ」


 三成は少し思案してから、村田に指示を出す。


「なぜです?」


「この俺が直々に話を聞いてやろうじゃないの。青臭い連中の話をよ。

 俺が奴らの心意気に感心したとか何とか言って、まずは集めろ」


 村田に導かれて、決死隊のメンバーが続々と中庭に集まった。 総勢200名を越す勢いである。


 中には、茶々の似顔絵を描いた幟を持つ者もいて、三成は大垣城二の丸の三階からその様子を障子の隙間から面白可笑しく見ていた。


「説得でもするのか?」


 武蔵が問う。


「説得? そんなものやらん。勘兵衛、弓矢を貸せ」


「はい。殿」


 三成は勘兵衛に障子を勢い良く開けさせると、弓矢を振り絞り、最前列の決死隊のメンバーの足元に鋭い矢を放った。


 決死隊の面々は、なにやら状況が飲み込めないようで、ただ城を見上げる。


 三階の障子が全て開き、複数の火縄銃や弓矢がこちらに全て向いていることに気がつく。


「だ、だまし討ちだ!」


 一人が叫ぶと、慌てふためいて決死隊の面々が中庭で右往左往する。


「おいおい! なんのつもりでここに来たのだ?」


 三成は欄干に出て、その身を晒した。

 寒空に三成の男にしては甲高い声がよく通る。


「殿! 危のうございます」


 勘兵衛が三成の足元に追いすがる。


「なんだ、情けない。俺の命を取りに来たんじゃなかったのか?」


 欄干にもたれ掛かって無防備な姿を晒す三成に、決死隊のメンバーは一様に押し黙る。


「茶々様が必死でお前らのくだらない命を護ろうとしているというのに、お前らはなんのザマだ。恥ずかしくないのか?」


「な、なにを!」


 言葉を放った男に向けて、舞兵庫が弓矢を振り絞る。


「ひ、卑怯だぞ」


「卑怯? 寝言は寝て言え!」


 三成は大声で一喝する。


「こんな程度の計略に引っ掛かるようじゃ、お前らにどのみち勝ち目なんか無いぞ!」


 三成は丁寧にひとりひとりに視線を移し、睨みつける。


「お前らが壊滅しようが、野垂れ死にしようが知ったこっちゃないが、お前らの暴挙で茶々様にご迷惑がかかるとは思わんのか?

 この馬鹿たれどもめ!」


 三成は思い切り欄干の柱を蹴飛ばす。


「茶々様が東軍に申開きせねばならぬような事態を招けば、お前らにどんな責任が取れるというのだ? え? 応えてみろ!」


 決死隊は静まりかえっている。


「どうした? 応えてみろ! 黙ってたら分からないだろう?」


 決死隊のひとりが膝を屈し、泣き崩れた。


 みな一様に悔しさで顔を歪ませている。


 三成はなるべくひとりひとりに視線を落とす。


「ま、そういうことだ。いいか。

 今日からお前らは命を粗末にするでないぞ。

 茶々様から預かった大事な命だと思え。

 生き延びて、茶々様のお役に立てるよう励むのだ。

 それしか道はない。

 それが分かったらとっとと自分の持ち場に戻れ。ほい! 解散!!」


 部屋に戻り勘兵衛に弓矢を戻すと、武蔵がニヤニヤしてこちらを見ている。


「あんた、本当に口が悪いな」


「馬鹿には物事をうんと分かりやすく言わなきゃいけないからな。疲れるよ」


「おみそれしました」


 本当を言えば、各隊の上層部に掛け合って、事前にほこを収めてもらったことが功を奏している。


 この『決死隊』とやらが数千規模であったら対処しきれなかった可能性がある。


 いつの世もシビリアンコントロールの重要性を痛感する。


「武蔵、心配してくれてありがとよ」


 三成は武蔵に素直に頭を下げた。


「まあ、心配することは無かったか……あの浅野幸長あさのよしながが『治部がいれば大坂の陣の折の大坂城内はもっとまとまってた』って言ってたのわかる気がするよ」


「幸長、そんなこと言ってたの? アイツ、俺にめちゃくちゃ態度悪かったけどね」


 いつもキャンキャン吠えてた浅野幸長の顔を懐かしく思い出す日が来るとは思わなかった。


 男たちはみな己の信ずるもののために簡単に武器を取ってしまう。


 大坂の陣は三成から見ても無謀な戦いだと思うが、止められない状況も充分理解できる。


 戦の経緯を茶々は自分自身を責めていたが、何も茶々が悪いわけではない。


 茶々がキッカケであったとしても、茶々のせいじゃない。


 ひとたび武器を取れば、互いの犠牲が増え、武器を置くタイミングを失う。


 特に死に場所を求めた兵士たちにとって、茶々の存在は己を生かす方途となるよりも、死への優美な誘いの象徴となってしまう。


 己とて、その気持ちはよく分かる。


「武蔵、仕官したくなったか?」


「いやぁ、それはないかな」


「……クソが」


 三成は苛ついて独り言ちた。

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