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第37話 見ない!

 徳川家康の馬印・金の開扇がちょうど大垣城・西側に築かれた治部少丸正面に見える。


厭離穢土おんりえど 欣求浄土こんぐじょうど


 数多の徳川隊の幟が風にはためいている。


 三成は遠眼鏡を片手に、まさに城攻め・総掛かりを仕掛けようとする徳川隊を迎え撃つ形だ。


 まずは治部少丸外側に築いた長い塹壕に、鉄砲隊を配置。


 騎馬隊が近づいてくるまで「マテ」の合図である。


「撃てーーー!」


 左近の雄たけびと共に轟音が響くと、騎馬隊の半分ほどが落馬、しかしながらその裏から鉄の盾を隙間なく翳して歩兵隊が現れる。


 車懸りの陣である。

 三成は、自らも弓を取り、めいいっぱい引いた。


 治部少丸から放たれた弓矢は徳川隊兵士たちの頭上に降り注ぐ。

 投石機もフル稼働である。


「いいぞ!」


 それでも雨後のタケノコのようにわらわらと徳川隊は押し寄せてくる。


 とうとう治部少丸の堀を登ろうとする者が現れた。


 勘兵衛がすぐに槍で上から突き刺す。


 煮えた油を上からかける。


 狭間からはミニエー銃の銃先が覗く。


「殿! 黒船です!」


「黒船?」


 左手の海に、葵の紋章の入った黒船が見える。


「地対艦ミサイル発射準備!」


 舞兵庫がガナリ声をあげる。


 四人がかりで大筒を運び、発射する。


 見事に黒船に当たり、煙を立てて炎上する。


「なんか、威力すごくないか?」


「治部様! 徳川軍のドローンです! PAC3、用意!」


「こ、こら内記! 費用対効果考えろ!」


「治部様、先ほどからSt◯rlink使えなくて、衛星画像見られません」


 村田がノートパソコンを持って深刻そうな顔をしている。


「どうやら八十島さんが、コンビニ支払い忘れちゃったみたいで」


「St◯rlinkってコンビニ支払いなの?」


「治部様! 八十島さんからお電話、保留一番です」


 内記が固定電話の受話器を渡してくる。


「えっと、八十島? え?  F22の刑部が離反? ど、どうゆうこと?」


 三成は、こちらに歩いてくる茶々を見た。


「茶々様! ここは、危険です! 戻って!」


 茶々が取り出したのはコルトM1908である。


 小振りのため、ハンドバックなどに隠して携帯しやすい。


「治部! 覚悟!」


 茶々のコルトから発射された弾が三成の心臓を撃ち抜くのと、徳川軍の戦車から発射された砲弾が背後で爆発するのがほぼ同時だった。


 三成は叫びながら、目を覚ました。


 ガバっと起きると目の前に木下頼継の顔がある。


「叔父貴、茶々様の名前呼んでたぞ。エッチな夢、見てただろ」


「……見てない」


「いや、叔父貴もお年頃だからね。隠さなくていいよ」


「見てない!! てか、勝手に入るな!」


 三成は懐手にして、寝惚け眼で廊下に出る。


 早朝から雪が降り出しそうなどんよりとした天気である。


 井戸の水で顔を洗い、歯磨きをすると少し気持ちがシャンとする。


 頼継はちょこちょこと三成の後を追ってくる。


  途中、左近と合流し、二の丸の一番小さな物置部屋に三人は入った。


 内側から念の為鍵をかける。


「というわけで、どうだ?」


「うーん、皆目見当もつきませんねぇ」


 腕を組みながら、フルフルと頭を横に振ったのは左近である。


「僕もけっこう調べたんだけど、分かんなかった。テヘ」


 頼継も舌を出す。


「ちょっ! ちょっと! お前らゼロ解答じゃないか?!」


 茶々の情報を東軍に流した者がいる。


 しかも近くに。


 間違いないのに、二人に調べさせても何も出てこない。


「もちろん、今かなり警戒していて東軍との接触を絶っている可能性が高いでしょうし、もうちょっと時間がかかると思いますよ」


 左近は太い首をコキコキ鳴らしながら応えた。


「内記にも協力してもらえば? もうちょいマンパワー必要っぽい」


 頼継は唇を尖らせてペンを鼻との間に挟む。


「いや……内記はこの件には加えない」


「叔父貴は、内記も疑ってるってこと?」


 三成は肯定の意味で黙った。


「どうかな? そんなタイプには思えないけど……」


 ペンを指先で器用に回しながら、頼継は不満気である。


 引き出しには、大勢の名前と人相書きが描かれた紙が入っている。


 左近は案外絵も上手なので、東軍の間諜スパイの可能性のある者の名前と簡単な人相を記録してもらっている。


 既に60名ほどにものぼっていた。


 何の進展も無いまま、三人は部屋を出て鍵をかける。


「茶々様!」


 廊下の奥から声がして、茶々がこちらに歩いてくるのが見える。


 今日のお供は内記ではなく、織田家の二人である。


 織田信吉と弟・長次は、茶々と面差しが似ている。


 特に織田信長の末子・長次は色白の肌に高い鼻梁、長いまつ毛の憂いを帯びた瞳が瓜二つである。


 茶々と彼らは従兄弟にあたる。


「茶々様、ちぃーす!」


 茶々は頼継に微笑みかけると、頭を下げた三成と左近の方には一瞥もくれずに通り過ぎた。


 背筋のピンと通った姿勢の良い背中を三成は見送る。


「あれ? 何かあったのかな? いつもだったら、もっと絡んでくじゃんねー!」


「お忙しいのでしょ。余計な詮索はしないことですよ」


 左近がにこやかに頼継をたしなめる。


「あ! 親父ぃ!」


 今度は大谷刑部である。


 駆け寄ってはしゃぐ頼継の髪をワシャワシャしてから、こちらに向かってくる。


 大谷も三成とは全く視線を合わさずに、左近にだけ軽く会釈して去った。


「あれ……なんか、あった?」


 頼継はさも気の毒そうな顔をして三成を見た。


「なんか、叔父貴かわいそう!」


「殿、この戦争が終わったら二人で南の島でバナナ農園開きませんか? 

 カカオ豆も栽培して左近がパティシエになりますから、殿がスイーツ売ってください」


「左近……雑な励まし、ありがとう」


 三成は例えダメージが大きくても耐えるしかない。


 とにかく東軍の間諜スパイを見つけ次第、送り返すか処分しなければならない。


 組織が正常に動かなければ、ろくに東軍と対峙することなどできないのだ。

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