第34話 死にたがらない!
早速、三成は執務室のメンバーに伊奈図書が持ってきた家康からの書状を見せる。
「そうか……相手は内府では無く、井伊直政。
奴らも考えたな」
正家が顎に手を当てて感心する。
「それでも、我らはもちろん茶々様をお渡しする気など毛頭ないですけどね」
盛親がキッパリと迷いのない口ぶりで話す。
「こちらの本気の戦支度を見て、東軍も流石に怯えたか。
ま、全く話にはならんがな」
秀家は既に籠手や脛当まで着けている。
青い着物に赤茶色の具足が南北朝時代の武士のようで凛々しい。
三成は執務室を出ると、みなとは別れ大広間にひとり佇んだ。
正月晴れのヒンヤリした空気が心地よい。
「どうして、私に言いに来ないの?」
三成は驚いて振り返る。
小姓姿の茶々が不満気な顔をして立っている。
「茶々様、これはこれは。明けましておめでとうございます」
「どうして私のことなのに、私に何の相談もないの?
伊奈図書は私のことで面会に来たんでしょ?」
「まぁ……」
「書状、見せなさいよ」
「……」
「それか、きちんと説明しなさいよ」
三成は仕方なく、井伊直政に降嫁する案を持ち掛けられたことを茶々に話した。
「へぇ……」
茶々は特に動揺することなくまるで他人事のようだ。
興味ありげに黒い瞳がクルクル動く。
「井伊直政ってどんな人? イケメン?」
「イケメン……? さぁ」
三成は悩む。
確か井伊の赤鬼と恐れられて。
赤鬼かぁ。あれ?
井伊直政って顔どんなだったっけ?
もはや赤鬼しか思い浮かばない。
「イケメンでしたよ!」
「左近! 会ったことあるの?」
今しがた大広間に入ってきた左近が太い腕を組んで、女子会のノリで会話に加わる。
「あります、あります。この前もお隣の席でした。やや物騒な子でしたね。
でも菅田◯暉みたいでした」
「え! カッコイイ!」
「左近は絶対、大河ドラマのキャスティングに引っ張られてるだけだろ!」
三成は吐き捨てた。
何がイケメンだ。ムナクソ悪い。
「男の嫉妬、怖いですね〜」
左近が妙に楽しそうである。
「ね〜」
「フン……なんとでも言え」
三成は頭の中の菅田◯暉を追い払う。
「とにかく、茶々様は気にすることありません。こんな話になんか、誰も乗りませんから」
「でも、決めるのは私でしょ?」
茶々は自分の鼻先を人差し指で指さす。
「え?」
茶々は大きな目をパチクリさせて言った。
「だって、私のことなのだから。決めるのは当然私でしょ」
「そ、それは……」
「私のことは、私が決めます」
それじゃ、と言って茶々はクルリと踵を返した。
三成の鼻先をポニーテールが勢い良く掠める。
「あんまり嫉妬深いと嫌われますよ」
左近がいつになくニヤニヤしている。
「うるさいな」
「それはそうと恵瓊殿が探してました」
そうだった。
すでに恵瓊との打ち合わせの時刻は過ぎていた。
三成は恵瓊の部屋をノックして身を滑り込ませた。
「遅い!」
「すみません!」
三成は恵瓊に内府からの書状を渡す。
恵瓊は冬だというのに鼻の頭に汗をかきながら書状に見入る。
「ま、良い落としどころだな」
恵瓊は近くにあった木綿の切れ端で鼻を拭う。
「は?」
三成は思わず呆けた声を出してしまう。
「よ、良い落としどころとは?」
「ん? 何だ? これ以上はなかろう。この案を飲むしかなかろう」
三成はゴクリと唾を飲み込んだ。
「左近は勝てると言ってますよ」
「確かにはじめは勝てる……最後は数になる。数は圧倒的にあちら側が上じゃ」
「大野修理や市松(福島正則)……他にも古田織部とか、向こうで改易になった者たちを調略できる可能性も」
「追々《おいおい》な。今は時間が無さすぎる。
回答が十五日後ということは、力攻めを仕掛けてくるタイムリミットがその日、ということだぞ」
三成は手のひらにじんわりと汗をかく。
「殺されますよ……俺は。みんながこんな条件、納得するわけないじゃないですか。
血祭りにあげられますよ」
「知らんよ。そこはおぬしの腕の見せどころだろうが」
恵瓊は他人事みたいに言って、木綿の切れ端でそのまま頭まで拭いている。
「茶々様に条件を飲むようにお頼みするしかなかろ」
「そんなこと! できるわけないじゃないですか?!」
三成は思わず立ち上がる。
「治部よ。そこまでして玉砕したいか?」
恵瓊は上目遣いで三成を睨めつける。
「わしは根っからの軍人じゃないからなのかもしれないが、おぬしらがくだらん名誉のために死に急いでいるようにしか見えない」
くだらない、と言われて流石に頬が熱くなる。
「確かに茶々様の存在で、西軍が今一度ひとつになって軍備を整えられたのは幸いであった。
東軍への我々の覚悟を伝えることも出来た。それによって交渉の余地も生まれた」
恵瓊が書状を軽く指でトントン叩く。
「だが……残念ながらそこまでだ。例えおぬしらが武士としてヒロイックに死んでいったとして何が残る?
遺された茶々様はどうなる? おぬしらが生きて茶々様の行く末を見守らなければ、それこそ内府の好きなようにやられるだけではないか」
恵瓊は感情を乗せずに淡々と話し続ける。
「おぬしらが生きて目を光らせてこそ、東軍に身を置くことになる茶々様だって安心して暮らせる環境が手に入るのではないか? 違うか?」
三成はため息混じりに応えた。
「……納得できません」
「じゃあ、全員野垂れ死にだ。戦犯は相変わらずおぬしだぞ。今回、わしはそんな愚かな戦いには付き合わんぞ」
恵瓊は冷たく言って、丸い背中を向けた。
「話は以上だ。出てけ。よく考えよ」
三成とてとっくに全てのベクトルが同じ方向を向いていることに気が付いていた。
己の感情とは真逆を指し示している。
それが唯一の方法だと。
伊奈図書の言葉が甦る。
――世界は滅びることなく、続いていくことが出来るのです――
世界とは何だ?
茶々を犠牲にしてまで築く世界とは――一体何だ?
そんな世界、果たして意味があるのか――?




