第31話 北部戦線異常ない!③
「そうですか? じゃあ、これを聞いたら流石にみなさんの認識変わるんじゃないかな?」
黒田長政は不敵な笑みを浮かべて、楽しくて仕方がない、といった風に言った。
「私たちは、今あなた方が話した条件全てを無条件に飲んで、和議を結ぶ用意があります」
「治部の首と引き換えですか? この前、それはお断りしたはず……」
正家が頭を掻きながら投げやりに応える。
「三成の首? そんなもん、もはや必要ありません」
長政は口元笑みを消して薮睨みの目を尖らせる。
「茶々様の身柄をこちらにお譲りいただきたい。
この条件を飲まなければ、すぐにでも攻め込み、あなた方西軍すべてを犯罪人として、処罰させていただきます」
「茶々さ……ま……?」
秀家が掠れた声で呟いた。
「ど、どういう?」
正家も、思わず瞠目する。
盛親は訳がわからないという顔で秀家と正家の横顔を見た。
「あれれ、やはり聞いてなかったのかな。
三成は独り占めするつもりだったのかな。彼女を。悪いヤツですねぇ!」
三人は、同時に大筒の側に佇む三成を仰ぎ見た。
「みなさん、全然あの男に信用されてないじゃないですか! 大丈夫ですかぁ?」
長政も太陽に手を翳して、三成を仰ぎ見る。
「ま、まずは、治部に話を聞きます……」
秀家が呆然と応える。
「どうぞどうぞ、そうしてください。こちらの情報の方が早いんだったら、お仲間の意味なくなっちゃいますよね。
とうとう美しい友情にヒビが入っちゃったかな?」
話合いが終わったのか、バタバタと急いで戻っていく姿に、三成な妙な印象を受ける。
「なんか、妙ですね」
左近が眉間にシワを寄せ、怪訝な表情を浮かべた。
「妙だな……みんなこちらを見ている」
三成が納屋に戻ったところで、宇喜多秀家に思いっきり右頬を殴られた。
「ぐはっ」
口の中に血の味がジンワリと広がる。
「なんのための、講和会議だ! これでは我々が道化ではないか!」
「治部、どういうことか、説明しろ!」
長束正家も三成を怒鳴りつける。
「な、何を?」
「茶々様のことだ!」
三成はハッと目を見開く。
「そうか……もうあちら側にバレて」
秀家が叫んだ。
「そうかじゃない! どうしておぬしは我々にそんな大事を明かさなかったのだ! 今ごろ東軍の連中の良い笑い者だぞ! どうして!? 私たちは、私たちは仲間なのに……」
秀家の白い指が赤くなっている。
秀家は突っ伏して声を上げて泣いた。
今の今まで緊張の連続で堪えきれなかったのだろう。
盛親がそっと肩に手を置く。
「茶々様の身柄の明渡しが、和議のたった一つの条件だ」
正家がポツリと話す。
「それは……できない」
三成は呆然として応える。
なぜ、バレたのか。
しかも、こんなにも早く。
「できないって何だよ。お前の女だからか?」
「違う! それは断じて違う!」
「じゃあ、なんで隠してたんだ!」
正家が壁をダンッと叩く。
「すぐに、言おうとは思ってた。ただ思ったより早くて。バレるのが」
秀家がたまらず三成の腕や背中を殴った。
「この、卑怯者!」
左近が間に入って、秀家の拳を両腕で受け止めた。
「中納言様……申し訳ありません」
「ううう……卑怯者……」
◇
大垣城の大広間で、安国寺恵瓊が待ちわびていた。
すでに午後の日差しは弱々しく薄暗い。
「どうやら……不首尾だなぁ」
「はい……俺のせいです」
三成は、どうせ直ぐに広まるだろう茶々のことを恵瓊に話した。
「腰つきがな……違うと思ってた」
「ご慧眼です」
腕を組みながら、恵瓊はウンウン頷く。
「おぬし、右の頬がハムスターみたいになってるぞ」
「はい……」
三成は目の前の湯呑みで水を飲んだ。
「いってっ!!!」
傷口にかなりシミる。
「和議の唯一の条件は、茶々様の身柄を東軍に阿ることです」
「……まあ、うーん」
恵瓊は腕を組んだまま、目を瞑る。
「あの娘は、たいそう可哀想な娘だからなぁ……おいそれと了承できぬところだな」
「はい……」
「よく、悩め。そして決断しろ」
「ア、アドバイスは?」
恵瓊はビシッと人差し指を三成の鼻先に突きつける。
「ない! わしに隠すという姑息なマネをした罰じゃ!」
執務室では正家、秀家、盛親が待機をしている。
三成はノックして入っていった。
「顔がハムスターみたいだぞ」
正家が三成の顔を見て驚く。
「まぁ……」
秀家は横を向いたまま、まだ視線を合わせてはくれない。
「恵瓊殿は何て?」
「アドバイスは無いそうだ」
三成の応えに正家は深くため息をついた。
髪をクシャクシャに搔き回す。
「うぅん、どうするんだ?」
手で顔を覆い、宇喜多秀家が震える声で呟く。
「おなごを犠牲にして、己が助かるなど末代までの恥……」
「まぁ、その末代があればですけどね」
正家が軽口を叩く。
「あの……すみません。一つお尋ねしたいのですが」
盛親がおずおずと口を開く。
「そんなに東軍に行くのが罰ゲームなんですか?」
秀家は信じられないといった面持ちで盛親の顔を振り返って見つめた。
「みなさんには悪いですけど、ここに飛ばされた時、ツテがあったら東軍に行きたかったですよ。だって、単純に勝者ですし。安泰ですし」
「土佐守は、全然安泰じゃないですよ。大坂の時も豊家にお味方してますから」
正家は、伸びをしながらアクビ混じりに盛親に話した。
「だから、ツテがあればです。聞くと茶々様の幼馴染みは東軍にいらっしゃるみたいじゃないですか……むしろ、その方が彼女も喜ぶかも」
「それは、ない。あり得ない」
三成は断言する。
でも、と続けようとする盛親を手のひらで静かに制止する。
「子どもを徳川家康に殺されたからです。貴方も、記憶があればそんな発言に絶対ならない」
「そっか。私は……記憶がないから、そもそもこの件に関して発言できないですよね。すみません」
「いえ、でも貴重なご意見でした……こちらこそ、すみません。
本当は恩讐を越えなければならないですよね……貴方を見ていてそう思います。
すみません……でもなかなか誰もができることではありませんから、苦しい」
夜半に茶々の部屋の扉が叩かれる。
開けると戸田内記が視線も合わさずボンヤリと立っている。
「どうしたの? 熱でもあるの?」
茶々は手を翳して額を触ろうとするが、内記はフラリと彼女をかわしてすり抜ける。
「貴女が大胆な振る舞いをするから、こうなったのです」
「え? どうしたの?」
内記はヘタリと床に片膝を付いて座る。
「バレました……東軍に貴女のことが、バレたんです」
内記は茶々を真っすぐ見上げた。
「逃げてください! 今すぐにです!」
「どうして? 一体どこに逃げるの?」
「貴女が東軍に行くことが、和議の条件なのです! バレるはずのないものが、バレた。
ここは危険です! 貴女はここの男たちに利用されてしまう!」
「私が……和議の条件?」




