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第30話 北部戦線異常ない!②

「同士撃ち……?」

 盛親が目を瞬かせている隙に、長束正家が木の板を取り出す。


「それはありません。パネルで説明しますね」


 正家が持参した木製のパネルには、弾の軌道と、源吾の遺体の様子が記されている。


「同士撃ちでなかったと証明する根拠は大きく二つです。

 まずは、一つ目はめちゃくちゃ目撃証言があること。

 もう一つは、源吾の遺体の状況。つまり弾丸の軌道ですね」


 正家はペン状のものでパネルの図解を指し示す。


「弾は源吾の左顎下から入り、右の鎖骨を砕いて軌道が曲がり、右肩の骨で止まりました。

 確かに源吾は火縄銃を手に持っていた走っていたので、右肩をこうして少し上げていた。

 右肩がもう少し下だったら、弾丸は肩を貫通して、何処かへ消えていたかもしれません」


 正家のペン先は今度は配置図を指し示す。


「この弾丸は前方の左手、つまり不法に侵入した東軍の小隊がいた水草部分から発射されたものと推察されます。

 源吾の後ろには島左近がいましたが、非常に明るい月夜で彼はその一部始終を目撃していています。

 また、彼の部隊は源吾が撃たれた後、後方左手のうず高い繁みの中で低い体勢から空に向かい威嚇の発砲をしたのみで、それまで一度たりとも発砲していません」


 正家は、東軍の特使三人に向き合う。


「つまりは、同士撃ちはあり得ません」


「そうですか……可能性を問うたまでのこと。承知しました」


 忠吉が深く頷いた。


「そちらが、そう言っているだけでは。こんな状況証拠、いくらでも捏造できますよ」


 長政が疑いの目を向ける。


「でも、犯人についてはもっと決定的な証拠があります」


 正家のペンは、忠吉の前の弾丸を指し示す。


 弾丸は鉛製で、形状は小さく丸い。


「この弾丸には、指紋が残ってるんです。 ここを、見てください。

 血の跡があって見えにくいのですが、ほんのちょっと指紋が残ってますよね」


「あまり、見えないなあ」


 池田輝政はまだ老眼でも無いだろうに、特徴的な弓形の眉を上下に動かす。


「で、その指紋を転写したものがこれです」


「……」


 輝政が無言で、正家から小さな油紙ゆしを受け取る。


「油紙に転写しました。かなり慎重な作業になりましたし、ほんの一部ですが……でも、これで犯人を特定できるはずです」


「この指紋が犯人のものとは限らないですよね。弾丸を装填そうてんするのと、実際に撃つのでは、別人の場合もある」


 忠吉が疑問を呈す。


「もちろん。そうでしょう。しかし部隊など、だいぶ絞られるでしょう」


 油紙は輝政から、忠吉、長政に渡り、図書が和紙で丁寧に包む。


「……承知しました」

 忠吉が深く頷く。


「いいのですか?」

 慌てて長政が忠吉に言った。


「犯人はこちらで責任を持って探しましょう。

 本人ももしかしたら今ごろ罪悪感に駆られているかもしれませんし」


 その言葉を聞いて、盛親が頭を下げた。


「あ、ありございます! そ、それと同時に二度とこのような奇襲はご遠慮願いたい。せめて事前の宣戦布告、お願いします」


 長政はまるで納得いかない様子で、薄い唇を尖らせる。


 盛親は頭を上げてそんな長政の様子を見る。


「黒田さん、私を金◯先生かよ、とおっしゃいましたね……実はお恥ずかしながら、私も国語の教師だったんです。

 あんなに熱血先生ではなかったですが」


 盛親が自嘲気味に続ける。


「今はこのような時代に飛ばされて右往左往してて、本当に毎日怖い思いをしているわけですが……この世界は、老化も病も無いから寿命も長いはず。


 寿命が長いからと言って命の尊さが変わるわけではありませんが、増えない上に長いのだったら、余計に戦国時代より命を大事にしなければならないと、私は考えます」


「ふぅぅん……」


 長政が少し長い息を吐いて、腕を組みながら首を上に向けた。


「フフ。宣戦布告、ね! どうです? あれらの軍勢が今、なだれ込んで来たら。

 なすすべなし、ですかな?」


 長政が振り返って、手を広げ数多の幟を見渡す。

――因みに現代ではたとえ宣戦布告があっても力による現状変更は禁止されている。


「命を大切に、とは仰せだが、徳川300年の太平の世を築いた実績は鑑みていただけないのかな?


 綺麗事、大いにけっこうですが、力が無ければその平和、果たしていつまで続くやら」


 特に盛親に向かって煽るように話す。


「あなた方西軍は、聞くところによるとどうもバラバラ。

 意思統一も容易ではなく、烏合うごうの衆に成り果てたとか…… 上様のお慈悲に縋った方が賢明なのでは? そう思いませんか」


 宇喜多秀家が白い扇を開いて、パッとかざす。


 ギィッと水車が回るような音がして、轟音と共に、揖斐川の小高い丘の上に、鈍く輝く鋼鉄の塊が見えた。


 大筒、いわば大砲である。


 発射台はまだ無く家臣四名で大筒の乗った木枠を支えている。


 三成の領内・国友村で作らせた国産で、関ヶ原に数台、持ってきていた。


 飛距離はそう出ず、玉の破裂も無いが、直撃したら確実な殺傷兵器となる。


 その瞬間、東軍の幟が明らかに乱れた。


 大筒は今の位置からそう離れていない東軍の軍勢は全て射程圏内。狙い放題である。


「な、なんと……!」


 長政がたじろいだ。


「烏合の衆と申しても武器の手入れは怠っておりません。何せ、全員が軍人なもので」


 宇喜多秀家が扇をゆっくり閉じながら話す。


「そう言えば、全員が帰農でしたっけ? お断りします。

 というのも、土地は痩せていてみんなで農産物育てないと早晩にでも飢えます。帰農も何もないんですよ」


 秀家は長政の目を見て言った。


「それから、天領じゃないから税金高い、でしたっけ?

 別の国になるんだから当然税金なんか納めません。

 但し、貿易は大いにしましょう。つまりは関税をお互い掛け合う、でどうでしょう?」


 秀家はなおもたたみかける。


「検地に関しては、今でも大蔵ひとりで駆けずり回ってますから、手が回りません。

 提案しておいて何ですが、まずはやはり独自で行いましょう」


 長政が自分の頬を人差し指で少し掻く。


「以上ですか? 中納言殿。これは宣戦布告ですかね?」


「とんでもない。どこが宣戦布告になるんですか? 私たちは、私たちの自由に領内統治を行いたいだけ。

 あなた方の領地が欲しいなんて、これっぽっちも考えていやしない。それなのに」


「私たち、『勝者』があなたたちの好き勝手を放っておくと思うのだったら、お花畑も良いとこです」


 長政は目を細める。


「悪いことは言わない……意外に思うでしょうが、私なんて、東軍の中ではハト派なんて言われてるんですよ。

 弱腰外交、臆病の極みってね。

 力攻めで、皆殺しにしようなんて話している輩だっているんです」


 秀家が強い目線を長政に向ける。


「何とか、みなさんを助けてあげたい。

 いいですか……三成の言うことなんかに耳を貸しちゃいけません。

 あやつは我々を踊らせて自分は姿を顕さず見えないところでほくそ笑んでいるのです」


 長政は大筒の方に目線を流す。


「あの男が全ての元凶です。

 みなさんの心を頑なにしているのも、三成がみなさんの心の弱い部分を操っているから。

 ありゃ魔物です。気を付けて」


「……あんまり……魔物っぽくないけど」

 秀家がポツリと話す。


「操られてる? 何かの間違いでは? あやつに全くもってそんな力も魅力もないですからね」

  正家も同調した。


「そうそう。かなり変わった人だなぁとかはあるけど、怖いとかは全然ないですよ。

 むしろ、みんなにちょっとナメられてます」


 盛親は、右手を否定の意味で左右に振る。


「そうですか? じゃあ、これを聞いたら流石にみなさんの認識変わるんじゃないかな?」

 長政が口の端を上げて、ニヤリと笑った。



 丘の上の三成は太陽に光り輝く大筒に頬ずりする。


「関ヶ原に、本当にお前を連れてきてて良かったよ〜クシュン!」


「あ、殿! 風邪引きましたかねぇ」

 左近の言葉に三成は身震いする。


「いや、何か別の寒気がする。この感じ、何かめちゃくちゃ悪口言われてる気がする!」

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