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第29話 北部戦線異常ない!①

「おー! 圧巻! 圧巻!」


 左近は揖斐川に設置した物見台から、東軍の布陣を見渡す。


 色とりどりの幟がはためいて、一見祭りのような賑やかな景色である。


 福島正則隊『福島沢瀉』、小早川秀秋隊『丸に違い鎌』、細川忠興隊『九曜紋』、浅野幸長隊『違い鷹の羽』、後方に大野治長隊『丸に三つ鱗』もチラチラ見える。


 各隊、大将本人かは不明だが、幟はその他複数鎮座している。


「分かりやすく、脅してきやがる」


 隣の主君は、苦虫を噛み潰したよう顔をして寒さに震えている。


 新暦12月に入り、第二回目の和議に向けた講和会議が開催された。


 今回は揖斐川のこちら側、西軍領内の河川敷で行われることとなった。


 早朝霧が晴れると、川中島合戦よろしく川向うに東軍五千は下らないであろう、兵士たちが鎮座していた。


 幟も馬も人も、狭い河川敷にひしめき合っている。


 先刻、この光景を見て、未明から揖斐川に設置した納屋で待機中だった長宗我部盛親が引き返そうとしたのを三成は身体で止めた。


「じ、治部さん……今日はちょっと無理かもです。先ほど来から汗が滝のようで。冬なのに」


「まあまあ、あいつらは脅しでここに来ただけで動きはしませんから、今日は予定通り宜しくお願いしますよ」


 こちら側は、一回目の会議のあと設置した竹製の柵や木製の柵が並んでいるだけで、まともに兵は用意していない。


 三成や左近はおよそ70名ほどの家臣たちと共に、東軍諸侯には死角となる場所に潜んで会議の行く末を見守る予定だ。


「ご自身で頑張ると言ったのだから、ここは頑張ってもらわねば。俺も推挙した甲斐があるというもの。

 とにかく、打ち合わせ通りに進めれば問題ありませんから」


 子鹿のように震える盛親の背中を送り出してから、小高い丘に作った物見台に登る。


 身を低くすれば東軍からは死角になり、全く見えないはずである。


「寒いな〜!」


 風がビュンビュン頬を切った。


 宇喜多秀家が背筋を能楽師のようにピンと伸ばして、河川敷を先頭で歩く。


 その後を長束正家が独特のヒョコヒョコした歩きで付いていき、最後にまるで死地に赴くようなノロノロした足取りで長宗我部盛親が続いた。


「フフフ」


 三成は三者三様の歩き方に、なんとも言えない可笑しみを感じる。


 向こう側からも先頭でセカセカと舟を降りる黒田長政。


 次に悠然と松平忠吉が続き、最後に慌てて大柄なヒゲの男が続いた。


 目の良い左近から胸の家紋は『揚羽紋蝶』との声。

 池田輝政だろう。

 本多忠勝は今回は外されたらしい。


 朝日が会議出席者の6名と、書記の伊奈図書を照らしていった。


「これより、第二回関ヶ原合戦後、和議に向けての講和会議を開催いたします」


 伊奈図書のか細い声は風にかき消され流れていった。


 図書は席に座ると文鎮を四方に置いて、紙が飛ばされないよう必死である。


 黒田長政がまずは口を開く。


「こんなに、風が強いとは思わなかったですね」


「外が良いとおっしゃったのは、当の黒田殿だとお伺いしましたが?」


 長束正家がジャブを出す。


「そうです。流石、大蔵殿。お耳が早い」


 黒田長政はザンバラに切った髪を丁寧になでつける。


「なにしろ、前回邪魔が入って仕方がなかったですから。お互い、城内だといかなる邪魔が入るか分かりませんからね」


「それにつけても、大勢お味方ひき連れて。いつでも邪魔が入りそう。実に愉快」


 宇喜多秀家が優雅に扇子で仰ぎ見る。


 強風に煽られ一斉に幟が音を立ててはためいた。


「では、領土問題と検地に関して……」


「そ、その前に、ちょっといいですか?」


「お? なんでしょう? 土佐守?」


 長政のおちょくったような口調の問いかけを受けて、盛親は懐から大事そうに紫色の袱紗ふくさを取り出す。


 ちょうど真ん中に座る忠吉の目の前に袱紗を置くと、慎重に中身を見せた。


「これは……」

 長政が一時、言葉を失う。


 現れたのは血のついた、銃弾である。


「先月、あなた方の暴挙により命を奪われた飯田源吾の遺体から取り出したものです。

 源吾は、息子を救いに行こうと杭瀬川の番屋に向かう途中、命を落としました。

 あなた方の銃弾によって」


 盛親はここまでよどみなく一気に話した。


 三人の特使は顔を交互に見合わせる。


「聞くところによると、その飯田なる人物は武装していたと。ならば……仕方なきこと」


 松平忠吉がさも気の毒そうに話す。


「いいえ。仕方のないことではありません。休戦協定中の越境攻撃はハーグ陸戦条約でも明確に違法とされています。

 源吾はいわば自衛権の行使を行ったまでのこと。あなた方の行為は、明らかに戦時国際法違反です」


「こ、国際法? 何言ってんの?」


 長政がさも馬鹿にした口調で笑った。


「もも、もちろんこの戦時国際法は内戦でも適用されます」


「適用も何も。今、いつよ? そんなもん影も形もないでしょうが」


「あ、あります! 私たちは数多の歴史の文明の上に今日を生きている。

 数百年にも及ぶ悲惨な戦争の歴史の中から作り上げてきた法……いわゆる私たち現代人にとって重要な法です! 

 そして現に日本国はこれに調印しています」


 長政は腕を組みながら、仰け反る。


「相変わらず、この論法だねぇ……飛躍と言うか何と言うか。

 三成に何吹き込まれたか知らないけど。あんた方、恥ずかしくないの?」


 恥ずかしくないか、と問われて盛親は耳まで真っ赤になっている。


「確かに現代と戦国時代の価値観は違う……みなそう思うかもしれない。

 でも、それで良いのでしょうか?

 せっかく私たちには歩んできた歴史があるのに、それを蔑ろにしていいはずはない」


 盛親は意を決して目の前の三人の特使にコンコンと語りかける。


「私は別に、だから裁判にかけよ、とか賠償せよ、とかそんなこと言うつもりはありません。

 でも、このまま源吾が殺された事実が有耶無耶になって、何も変わらない世の中になってしまったら、恐ろしいと思うのです。

 正しいことを正しいと言える世の中では無くなってしまう、それが恐ろしい」


「じゃあ、どうしたいの? 長宗我部さんは?」


 長政が身を乗り出して、盛親の目を覗き込む。


「……犯人を探してください」


 盛親は三人に深々と頭を下げる。


「犯人が見つかったら、どうするの? 殺すの?」


「犯人に、事情を聞きます。怖かったのか、興奮してしまったのか、銃の暴発だったのか……ただただ殺したかっただけなのか?」


「ただただ殺したかっただけなら、どうすんの? あんた」


「私が責任を持って、どれだけ命が大切なことかを切々とお話いたします」


 ヒィーッと言って、長政が笑って涙を流す。


「き、金◯先生ですか?」


 池田輝政は口の端に笑みを浮かべた。


 盛親は馬鹿にされて、滝のような汗をかいている。


「きっと、価値観がアップデートされてないだけなんです。現代の価値観を共有しなければなりません」


 それまで下を向いて押し黙っていた忠吉がおもむろに口を開いた。


「今回の件は、同士撃ちって可能性もありますよね。先にそちらが発砲したのでは、という証言があるのです」

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