第27話 仁がない!
三成が部屋に戻ると、部屋の前には村田新左衛門が待っていた。
「どちらに行かれていたんですか? 探しましたよ」
「ちょっと野暮用で……」
村田は少し声のトーンを低くする。
「内府から返事が届きました。すぐに執務室へ」
杭瀬川番屋襲撃事件の後、すぐに三成は家康宛に軍隊の越境と人命を奪ったことへの謝罪、経緯の検証、それによる戦争犯罪人への処罰、更には再発防止の要望書をしたためて送っていた。
宇喜多秀家が先ほど来からひとり待ちわびているという。
「誰か、開けたか?」
「いえ。治部様宛でしたので、まだ誰も」
「使者は?」
「前回の二人です。大広間で待たせています」
執務室を開けると、宇喜多秀家が振り返った。
対面するのは、大広間で喧嘩別れのようになってしまった日以来である。
「治部、待ったぞ」
「申し訳ありません」
秀家が手短に説明する。
家康の使者によると、今回は完全に家康のプライベートな書状であるということだった。
「プライベート?」
三成は書状が入っているという小さな桐箱を開ける。
書状には前回同様「緘」がされているが、書状自体はかなり小さい。
いわゆる二つ折りの手紙である。
『飯田源吾殿儀、別而 申談候ツるニ、
無是 非次第御座候、御力落令推察候
恐々謹言 11月廿ニ日 家康 花押
石田治部少輔様』
「戦国時代かよ!」
三成はムカついて思わず桐箱を叩き壊したくなる。
内容は無回答に等しい。
通り一遍のお悔やみを申しているに過ぎない。
「これは、ふざけてるな……」
書状を読んでから、秀家も目元を赤くして呟いた。
三成はふと桐箱の重みに気が付き、中を見た。
高級そうな香が納められている。
あまりムカついたので、再び叩き壊したい衝動に駆られたがふと思い直す。
「土佐守に会う」
「お呼びしますか?」
村田がサッと執務室を出ようとする。
「いや、いい。こちらから出向く」
大垣城本丸は、西軍の諸侯の中でも大将クラスを集めた文字通り「本丸」である。
「やぁぁ!」
三成と村田が連れ立って大門をくぐると威勢のよい男たちの掛け声が聞こえてきた。
槍になぞらえた長い棒を構え、30名ほどで突きの練習をしている。幟は『児文字紋』。
宇喜多隊である。
三成に気がついたのか、口髭を蓄えたガッシリした体型の男がひとり走り寄ってきた。
「お久しぶりです」
「これは、これは、掃部頭ではないか!」
宇喜多家重臣、明石掃部頭全登である。
年若い秀家に代わり宇喜多家の外交・内政一手に引き受けていた実質のナンバー2で、関ヶ原以前は秀家よりもこの明石全登とやり取りをすることが圧倒的に多かった。
「鍛錬、精が出ますね」
「いやいや、まだまだ根性は戻りませんよ。みな現代っ子ですからね。これから鍛え直しです」
全登は側に控えていた村田にも丁重に挨拶をする。
「今日はどんなご用で?」
「土佐守にお届け物を」
全登が休め、の指示を出すと鍛錬の者たちはその場にすぐにヘタった。
「私も一緒に歩きましょう」
雨は上がったが、雲はどんよりとしていて吹く風は冷たく真冬の気配が着実に忍び寄っている。
向かい風の中、三人は本丸・長宗我部盛親の部屋へ向かって歩き出した。
「過日は、ウチの殿がとんだご無礼を」
「いやいや! とんでもない。俺が悪いのです。中納言様が怒るのはごもっともで」
全登は玄関につくと、本丸には入らずに足を止める。
「気にしていました。ああ見えて繊細な部分がありますので」
「ええ。わかりますよ」
秀家の大胆なところと臆病なところの若者特有のアンバランスを三成はむしろ好ましいと感じている。
家中をまとめられないジレンマに常に苦しめられていたが、関ヶ原がもし勝利に終われば天下に号令できるような大人物になっていた可能性もある。
「石田家のご家中の方々はご健勝ですか?」
「ええ。まぁ、なんとかやっとります」
三成は全登を目の前にして、はたと気がつく。
そう言えば大坂の折、茶々に味方して見事に軍勢を率い、討ち死を果たしたのは誰であろう目の前の明石全登ではないか。
「あ、あの」
「はい?」
「いや……何でもありません」
全登は笑顔を浮かべて、ではこれで、と軽く手をかざして去っていった。
その背中を茶々の存在を明かせない罪悪感を噛み締めて見送る。
「爽やかな方ですね」
村田が言った。
「そうなのだ。あれは実に爽やかな良い男なのだ」
長宗我部盛親の部屋はこじんまりと清潔に片付いていて、ただ文机の上の書きかけの障子紙を風が揺らしていた。
小さな座布団を二枚、盛親自身が持ってくる。
「いやいや、お構いなく!」
「いえいえ、どうぞ。殺風景なところで恐縮です」
三成はおもむろに家康からの桐箱を取り出した。
長宗我部盛親は震える手で箱を開け、書状を開く。
「土佐守、腹を立てるのはわかります。
内府は、何と言うか……今回の許されざる所業を一顧だにせず……」
「あ、あの……」
長宗我部盛親がどんぐり眼を見開いて訴える。
「これ、全く意味がわかりません!」
盛親が丁寧に桐箱に書状を収める。
「なるほど……NT◯の弔電レベルなんですね」
「それもちょい短めのやつです」
盛親は小さくため息をついた。
「香はありがたく頂戴します。
源吾の供養のためにも。家康さんにも人の心があると信じたいですから」
「……」
三成は人の心、と言った盛親の言葉に一瞬ザラリとした思いになる。
――果たして己も人の心なんてあるのだろうか?
「わざわざ、ご足労いただき……」
文鎮で止めていた紙が風に吹かれて舞った。
ヒラヒラと何個かの文字が書かれた紙が落ちてくる。
「家臣たちが戒名を考えて欲しいなんて言うんです。葬式も終わってしまったというのに全然思い浮かばなくて。
戒名なんて、付けたことないですから。源吾の人となりも分からないのに、安易に付けられないし……」
「……」
三成は敢えて黙った。
隣の村田も同様に押し黙っている。
「あ、あの……」
盛親は去ろうとする三成の背中に呼びかけた。
「わ、私を、家康さんとの交渉に加えさせていただけないでしょうか?
あの方に直接遺族の気持ちを訴えたいのです!
例え代理の方であっても家康さんまで伝わるわけですから。直接、私がお話した方が良いかと……!」
三成は振り返り、少し迷うようなフリをする。
「……分かりました。第二回目の和議締結に向けての話合いは近々必ず行われます。
その交渉役に貴方を推挙いたしましょう。では」
本丸の玄関を出たあたりで村田の視線を痛いほど感じた。
「何だよ! 俺が爽やかじゃないって言いたいのか」
「爽やかじゃなくても大いに結構ですが、ああいうやり方は控えめに言ってよろしくはないですよね」
村田は噛み付くような三白眼を三成の右頬に向ける。
「……」
「長宗我部様は、本心では交渉とか怖がってるじゃないですか。
勇気を振り絞ったというよりは、貴方やご家中の方々に追い詰められているようにお見受けします」
遠くの明石全登が左手を挙げて挨拶した。
三成も軽く手を挙げる。
追い風がグイグイと背中を押した。
三成は冷えた手指を懐に入れて、肩で風を切って歩く。
家康の書状に指が触れる。
「俺は使えるものはみんな使うんだよ。お前もよく覚えておけ」




