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第23話 血も涙もない!

 三成はおもむろに口を開いた。


「今回のことは……いわば偶発的な出来事かもしれない」


 宇喜多秀家の目が真っすぐ三成を捉えた。

 その目の奥には非難と不信の炎が見える。


「喉に一発、正確無比な弾丸が、偶発的?」


 秀家の力強い眼差しに三成は一瞬たじろぐ。

 だが言葉を続けた。


「いや、安易に故意だと決めつけるのはどうなのか、という話しだ。

 相手方だって、少人数で戦を仕掛けるつもりはなかったはず。

 左近の報告によると相手方は20名ほどだったとか」


「ちょっと待て。貴公はただの脅しであるという自身の見立てが外れたからそのようなことを申しているのではないか?」


 秀家は気色ばんだ。


「故意に、意図的に決まってる。

 あやつら東軍は我々を散々怖がらせパニックに陥ったところをひとりずつ討ち取ろうとしているに決まっている」


 テーブルの上で組んだ細い指がワナワナと震えている。


「楽しんでるんだ……鬼だ。

 ヤツらは狩りを楽しんでる鬼だ」


 三成は秀家の勢いに気圧されながらも続ける。


「この度のことは、厳重に抗議する旨を書状にしたため内府に手渡す。

 この度の処置次第では大規模な戦に突入する可能性があるため、みなここは苦しいだろうが……」


 バン!

 秀家は拳でテーブルを大きく叩いた。


「そなたが弱腰なのは今に始まったわけじゃない。わけじゃないが……流石にいい加減イライラしてくる!」


「いわゆる遺憾砲のみってわけですか?」


 下を向いたまま、黙って聞いていた長宗我部盛親が突き放すように呟いた。


「あと『この度の処置』って何なんですか? 処置って……人が亡くなってるんですよ。それを処置って……なぜ……ウチの家臣が!

 なんで、よりによって……」


 盛親が歯を食いしばって言葉を飲み込む。


「申し訳ない……俺の言葉が良くなかった」


 秀家はフラリと立ち上がって言った。


「とにかく、私の……宇喜多隊だけでも戦闘態勢に突入する。あとの方々はどうぞご自由に。失敬!」


 杭瀬川で勇敢に戦い、命を落としたのは長宗我部家家臣・飯田源吾。


 噂はその日中に広がり、西軍側の人間ならば誰もが知るところとなった。


 大垣城三の丸に安置された飯田源吾の棺の前には、シキミや花を持った弔問客がズラリと並んだ。


 枕元には息子が泣き腫らした顔で、弔問客に頭を下げ続けている。


 その隣で盛親が息子に優しくそっと肩に手をかけている。


「人がひとり死ぬと、自然と西軍の結束が固まるなぁ」


 恵瓊の呟きに三成は思わず抗議の目線を送る。


 通夜の最中である。


 読経の声にかき消されたからいいものの、誰かに聞かれたらマズイ。


「なに、純真ぶりおって。所詮おぬしはこちら側。

 この出来事を利用しない手はないと頭の中がグルグル喚いておるであろ」


 恵瓊と三成は親族側とは逆の位置に座り、弔問客を迎えていた。


「そんな妙案浮かびませんよ。昨日から寝てないし」


「ぐっすり眠れば、いずれか浮かぶ」


 恵瓊は腕を組みながら大あくびをした。


 親族席から見えないかヒヤヒヤする。


 弔問客の中に、ひときわ背の高い男を見つけた。

 男は三成を見つけると、馴れ馴れしく微笑んだ。


「ありゃ、誰だ?」


「……宮本武蔵」


「ははぁ……あれが」


 恵瓊は短い首を伸ばして、好奇心丸出しの目で凝視している。


 武蔵はシキミを手向けてから、親族席、続けて三成を見て深々とお辞儀をした。


 三成は武蔵の視線から目を逸らした。


「殿……ちょっと」


「勘兵衛? なんだ? 今はマズイ」


「ちょっと」

 渡辺勘兵衛が三成の席の後ろに来て耳元でしつこく促す。


「……マジか!!!」


 勘兵衛の言葉に、思わず大きな声が出てしまった。


 三成は慌てて周りを見渡して頭を下げる。


「本当なのか?」


「はい。そのようで。今からこの勘兵衛もお供いたします」


 今から……寝ていない上に今から夜間の山登り。


 体力が持つのか不安だがこうしてはおられない。


 三成はそそくさと席を抜けて、記帳台受付の戸田内記に声を掛けた。


「内記、ちょっと俺の席に座っといてくれ」


「いいんですか? 大事な通夜の席を抜け出したりして」


「俺が座ってれば飯田源吾が生き返るんだったら、いくらでも座るけどよ」


「はぁ……」


「あ、あとお前の着物、一、二枚借りたいのだが。袴も。部屋から拝借しちゃっていいかな?」


「それ、今ですか???」


 三成は勘兵衛を伴って三の丸を出た。


 長宗我部盛親は三成が出ていく様子を見ていた。


 小柄な背中が見えなくなるまで視線で追う。


「所詮、あの男の本性はあんなものです」


 いつの間にか、隣に島津豊久がいた。


 精悍な顔立ちの豊久は憎々しげに三成の行った先を睨んだ。


「ち、父を運んできてくださりありがとうございます!」


 飯田源吾の息子は深々と頭を下げる。


 盛親も島津豊久の手を取り、手に口づけせんばかりに頭を下げた。


「ありがとう……ございました……」



  ◇



「ハァ、ハァ」


「殿、あれは刑部殿では?」


「うん?」


 すぐ後ろで勘兵衛が頭を振った。


 見上げると、大谷刑部の岩にかけた長い足と山々の稜線を見渡す姿が目に入った。


 抜けるような青空が眼前に広がる。


「相変わらず格好つけやがって……」


 息の上がった二人にようやく気がついたのか、大谷刑部はこっちを向いて白い歯を見せた。


「このくらいでへバってたら、先が思いやられるぞ」


「うるさい! 俺は頭脳派なの。この体力オバケが」


 大谷はさも嬉しそうにコロコロと笑った。


「で、お姫さまは?」


「先ほどからご機嫌ナナメじゃ」


「ええ? 刑部でもダメなら俺じゃもっとダメだろ」


 洞窟の奥に茶々は居た。


 慣れてくると暗がりでも映える赤い着物が目に染みた。


 胡乱うろんげに、でもしっかりと大きな瞳で三成を見る。


「マズイことになったなぁ……」


 三成がボヤくと大谷は真面目な顔になる。


「そうかなぁ……俺は嬉しかったけどね、ねぇ勘兵衛」


「はぁい」


 勘兵衛がクシャっと笑う。


 大谷は陽に焼けた鼻の頭を人差し指で掻いた。


「だって、治部。そうだろ。

 茶々様は俺らに未来を与えちゃったんだぜ。

 彼女は俺らの未来そのものなんだから」




【島津豊久】 幼名・豊寿丸。父は薩摩・島津一族の島津家久。関ヶ原の戦いにおいて、敗れた西軍についた島津軍が退却する際、大将島津義弘を逃がすため殿しんがりを務め、現れた東軍・福島正之勢に義弘を名乗って斬り込み、討ち死。

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