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第22話 問題ない!

 普段会議室となっている執務室の隣。

 大垣城の大広間で、宇喜多秀家が顔面蒼白で立っていた。


「治部、ど、どうしよう?」


「状況は?」

 側にいた村田が代わりに応えた。


杭瀬川くいせがわで見張りの番屋に銃弾が撃ち込まれました。

 敵方の火縄銃かと。番屋に詰めていた者が二名、城に戻り状況を報告。

 番屋にはまだ三名が取り残されています」


「相手側の人数は?」


「全く不明です」


「杭瀬川か……」

 三成は呟いた。


 真っ昼間に敵方は大垣城のすぐ近くまで近づいている。


 見張りの目を掻い潜り日が昇りきらぬうちに入られたのだろう。


 バタバタと西軍諸侯が広間に集まる。


「番屋にはどこの隊の者が詰めている?」


「長宗我部隊です」


「すぐに土佐守とさのかみ(長宗我部盛親)呼んできて」

 村田が走った。


 三成はその間にテーブルにあった握り飯を食べはじめた。


「治部、何をしている?」

 宇喜多秀家が眉を顰める。


「何って、昼メシですけど」


「今はそれどころじゃないでしょ!」


 もぐもぐしながら三成は話す。

「これは……虚仮威こけおどしです」


 竹筒の水で飯を流し込む。


「杭瀬川は左近が関ヶ原合戦前に東軍諸侯を散々打ち破った場所ですから。

 意趣返しもある。真っ昼間にもうここまで来ているぞという脅しです。


 入られてもこちらが何も反応しなければさして問題ないでしょう。

 本気でやるなら、もう番屋なんて吹き飛ばしてますよ」


 こちらに攻め込むには番屋を素早く接収し、城攻めの準備に取り掛かるところを、番屋の籠城を許し、かつこちらの出方を伺っている様子だ。


「とにかく反応しないことが肝要。

 番屋の三人は可哀想ですが数日閉じ込められるかもしれません。


 でも二、三日です。脅しで来てこちらの出方を伺ってるだけですから。我慢して相手側が引くのを待ちましょう」


「……引くかな?」

 秀家は今度は左近に話しかける。


「そう思います」

 左近は頷いた。


 夜になっても、番屋の三人は帰ってこなかった。


 長宗我部盛親が暗闇の杭瀬川方面をジィっと見つめている。


「お腹をすかしているでしょうね……」


「土佐守、もうお休みください」


 盛親は握り飯も食べずにいる。


――戦国の世を知らない。

 そう言っていた盛親の横顔を三成はマジマジと見た。


 朴訥とした公務員か高校の教師といった風情だ。


「大丈夫、なんですよね?」

 盛親は真剣な表情である。


「戦争になったりしないですよね」


 暗闇に目を戻した。


「人が大勢死ぬのは……私には耐えられない」


 真夜中、動きがあった。


「殿、まずいことになりました」


 大広間に詰めてウトウトしていた三成に勘兵衛が話しかける。


「長宗我部隊の一部が三人を助けようと杭瀬川に向かっています」


 三成は自らの顔の血が引くのを感じた。


「動くなと申したはず」


「三人の中に、未成年がいたようで父親らが救援に向かいました」


「まずいな」

 左近が既に太刀を持っている。


「俺が行きますよ」


「うむ……頼む」


 左近ら十数人が杭瀬川方面に徒歩で向かった。背の高い草に紛れて近づく。


 長宗我部隊数人の背中が見えた。

 四人である。


「待て! 味方だ」


 足音に驚いて振り返る彼らに小声で声を掛ける。


 距離は10メートルも離れていない。


 月が明るいので、ひっそりとした番屋の向こう側に銃を持った兵士が見えた。


 こちらも高い草に阻まれよく見えないがざっと20人ほどか。


 番屋を挟む形で睨み合っている。


「一旦、戻ろう」


「息子がおるのだ! 早く助けないと!」


 長宗我部隊の一人が振り返って言った。


 バシャバシャと羽音がした。


 大きな鷹が獲物を目掛けて河原から飛び立つのが見えた。


 その瞬間、先ほどの男が銃を持ったまま走った。


 月明かりがその背中を照らす。


 パァーーン!


 番屋に辿りつこうとした瞬間、ひときわ大きな銃声が響き、河原の鳥が一斉に飛び立った。


 走った男は足元から崩れ落ちた。


「引くなーー! 続けーー!」


 左近は力のかぎり叫んで、身を低くして番屋に走った。


 他の者は、身を伏せた体勢から轟音を轟かせ、威嚇の鉄砲を空に向けて発射する。


「ひ、引けー!」


 潜んでいた敵軍がバラバラと立ち上がるのが見えた。


 左近は番屋の中で固まっている三人を素早く外に出す。


「父上!」


 倒れている父親に縋ろうとした若者を無理やり肩の上に抱え込み、左近は走った。


(父親の方は救い出せない……!)


 そう思った瞬間、脇から突如現れた男が倒れた父親の身体を抱えてこちら側に走る姿が見えた。


 左近は息子と見られる若者を抱き抱えるようにして速度を落とさぬまま、大垣城内までひた走りに走る。


 追いかける男も人間をひとり抱えているというのに、左近に着かず離れず走ってくる。


 鉄砲隊と男が裏門に滑り込むと、城門が内側からシッカリと閉められた。


「ハァ……ハァ」


 流石の左近も息が上がり、額に汗が噴き出した。


 付いて来た男は、既に息を整え、撃たれた男の傷口に布を当て込み応急処置をしている。


「ダメだな……首をやられてる……」


 左近を振り返ったその顔に見覚えがあった。


 島津豊久である。


 布を持った手や担いだ肩口が血で真っ赤に染まっている。


「そ、そんな……」


 息子が父親に縋り付いた。


「うっ、うっ……ちちうえ!」


 大広間に居る主君の顔はいつもよりなお一層青白くなっている。


 左近は報告した。


「ひとり、やられました」


「! ……そんなぁ」


 側で聞いていた長宗我部盛親が顔を覆って泣き崩れる。


「みんなを起こして。呼んでくれ」


 三成は同じく広間に詰めていた村田に力なく指示を出す。


 三成は用意された椅子に放心したかのように深々と腰掛けた。


「全員を救い出せなくて申し訳ありません」


「いや、左近……本当にごくろうさま。ありがとう」


 嗚咽の止まらない盛親に近づき、左近が声を掛ける。


 朝日が昇りはじめ、大垣城の廊下に陽が差し込んでも広間に集まった諸侯は誰一人口を開かなかった。


 時折、盛親の鼻を啜る音が聞こえる。


「治部……これはいよいよ戦になるぞ」


 ようやく口を開いたのは宇喜多秀家である。


 いつもは貴公子然とした秀家の髪は乱れている。目線は空を切ったまま動かなかった。


「もう、このまま黙って東軍の好き勝手にはさせられぬ……死者が、殺された者が出たのだから」


 ただの死者ではない。


 西軍総人口39,215分の1。

 彼らは二度と増えないのだ。

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