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第21話 増えない!

 部屋の片隅で安国寺恵瓊(えけい)が虫かごを眺めている。


 戸田内記は背後からそっと近づいた。


「何の虫ですか? 鈴虫?」


 恵瓊は籠の中の鈴虫の交尾をずっと見つめていた。心なしか鼻息が荒い。


「交尾……」


「あ、今ヤバそうなんで消えますね」


「内記! 虫ですら交尾して増えている! なぜ? なぜ人間は増えない!」


 恵瓊が内記の着物の裾を掴む。


「わぁ、離してください!」


「猫も犬も牛も馬も! 順調に増えてるのになんで! なんで人間のメスがいないのじゃー!」


「た、助けてー!」


 廊下を出たところで三成が二人の様子を醒めた目で見ていた。


「なに、じゃれてんだよ」


「いやいや、見てないで助けてくださいよ」

 恵瓊は内記の裾を離してううっと突っ伏した。


「もう、限界だ……こんな生活」


「僧侶はそもそも女犯の戒律があるのだから、人より我慢できるでしょうが」


 三成が腕を組んで言った。


 恵瓊は臨済宗の僧侶なので、そもそも妻帯していない。


「いやいや、交尾できないこと……じゃない。

 女がいないことで人間が増えないことを嘆いているのだ。我らに未来が無いではないか」


「まあ……それはそうなんですが。まずは食料確保でしょう。

 今、生きてる者をなんとか生かさないと。馬だって、めちゃくちゃ干し草食いますからね」


 三成な懐からしわくちゃな紙を出した。


 以前、内記がまとめたZ世代の就きたい職業リストである。


「内記、これ見たぞ」


「あ! どうでした?」


「どうでしたじゃないよ。酒造りとハチミツ作りから、塩と海苔作りに9割の人員を移せ」


「ええ〜?」


「とにかく塩だ。塩付けの保存食作らないとそのうち飢えるよ」


「僕、あんまり塩辛いの得意じゃないんですよね……健康にも悪そうだし」


「健康……そこは大丈夫かもだぞ」


「?」


「我々の身体は以前より若く、丈夫で免疫力が高い。

 内記はしょっちゅう風邪引いてたと記憶してるけど、最近はどう?」


 内記は少し上目遣いで自分の左腕を擦った。


「あ〜確かに、風邪引かないですねぇ」


 作業をサボる者はいるが、基本的に体調不良で休む者は皆無だった。


 元々病弱であった者も、わりに元気に働いている。


「ということは不老不死? もしかして食べなくても飢えないんじゃないですか?」


「やってみるか? 断食」


「いや……けっこうです。塩辛いの平気です」


 城内の人員はだいたい飯を炊く係りか、洗濯の係り、掃除の係りなどに担当分けがされそれぞれがバイトリーダーの元で働いている。


 三成にも役割が与えられている。


「この臭い、全然慣れないなぁ」


 幾重にも巻いた脚半きゃはんに泥が跳ねる。


 三成は顔の下半分を布で覆い、人糞を汲み取って樽に入れる。


 左近も顔の大半を布で覆っている。

 視界が悪いのか足元に零した人糞に足を取られそうになり慌てた。


「本日のも強烈に臭いますね〜」


 樽に干し草や麦わらを混ぜて発酵させて堆肥たいひにする。


 当番制と決めたが、日中、政務で日常作業に就けない三成と左近は午前中で終わるこの作業を進んで行っていた。


 作業の効率化のためトイレは城の離れに集中しており、夜中には間に合わず廊下に漏らす者も出た。


 掃除道具を小脇に抱えて、長束正家が集合トイレから出てきた。


「ったく、綺麗に使えとあれほど言っておるのに!」


 三人は肩を並べて汲んだばかりの井戸水に手をつける。


「おお  冷たい! お湯が出ればなぁ」


 左近がひんやりとする水に手を付けながらボヤいた。


 既に新暦で11月半ば。

 少し前までは日中(体感)25度を越えるくらいの異常気象であったが、今は朝晩はだいぶ寒い。


「はい」


 三成が左近に石鹸を渡す。

 石鹸は小さくなり、あまり泡立たないが左近は念入りに手に擦り付けた。


「石鹸ももう在庫が尽きるな」


 三成が物憂げに呟く。


 日本ではじめて石鹸が登場するのは三成の書状である。


 博多の豪商・神谷宗湛かみやそうたんにあてた手紙に「志也保牟」(シャボン)を贈られたことへの礼が記されている。


 綺麗好きの三成は長期戦を見越してこの戦にもシャボンを一ダースほど持参していた。


 正家は腕をまくって石鹸の泡を入念に流す。

 さっぱりしたほのかな香りが心地よい。


「実は左近から殿にプレゼントがあります」


「え? なに?」


 左近はヒョイと立ち上がると、人糞の零れた箇所を器用に避けながらトイレの死角に入って黒いズタ袋を持って出てきた。


「プレゼントなのに、袋がこんなですみません」


「えー! なにー? 嬉しい!」


 正家も一緒に袋の中を覗き込む。

 ほのかな甘い香り。石鹸だ。


「うぉー! スゴイ!」


「村田くんから天然の石鹸造りを教わりました」


 左近は分厚い胸を張った。


「衛生問題は大事ですからね。

 それにせっかくキュートなこの左近も、臭っちゃうと台無しなんで、この作業をする人のためにも作ってみました」


 色もグレーで形も大小歪つではあるが、練り香が入っているのか良い匂いがする。


「灰と油脂で作るんです」


 三成にはデカい図体の左近の、こうした細かい心遣いがありがたかった。


 一番小さな石鹸を手に取り匂いを嗅ぐ。


「これ、ひとつ持っていっていいかな」


「どうぞどうぞ。あとはトイレの棚にしまっておきますね」


「井戸にあのアミアミのやつ作ってぶら下げておくか」


 正家が言った。


「あ〜あのアミアミのやつね」


 三成が同調したその瞬間、城のやぐらに備え付けられた鐘がけたたましく鳴り響いた。


 三人は同時に振り返る。


「敵襲ーー!! 敵襲ーーー!!! 敵襲だーーー!!!」

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