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第200話 反省はない!

 その島には民家があった。


 謎の南の島の反対側、青いトタン屋根の家と黒い瓦屋根の立派な御屋敷が並んで建っている。


「この家の場合、建物だけ飛ばされたタイプの転移っぽいな」


 三成は頭を整理するために言葉にしてみる。 人が飛ばされるだけの転移があるなら、建物だけが飛ばされる転移もあるのだろう。


 当初、原住民だと思われた長老たちも、別のところから飛ばされて来たのだと三成は考察した。


 黒い瓦屋根の家はかなり広い。


 間取りは8LDK。


 5つの和室と3つの洋室、広いリビングには大きめのソファーとテレビ。


 客間と思われる和室には、欄間には傾いた扁額《へんがく》がかかり、与謝蕪村などの俳句をあしらった屏風が朽ち果てていた。


 屋根には大きな穴が空いていて……デカいブラウン管のテレビが割れて野ざらしになっている。


 ボロボロの革のソファーが哀愁を誘う。


「きっと、この御屋敷に関ヶ原合戦図屏風があったのだな」


 消火器とか、懐中電灯とか使えそうなものは、日の当たらない離れに移動する。


 家康は母屋から中庭の奥にある離れで、洗濯バサミやハンガーとか細々としたものも物色している。


 三成は母屋の仏間の棚から爪切りと方位磁石を立て続けに見つけて、少し小躍りした。


 家康に声をかけようとした三成は草の生い茂った中庭に動く物体を見つけた。


「お! 内府、ほれ! おぬしがいるぞ! ハハハ」


 家康が頭についた蜘蛛の巣を払って中庭に出る。


「あ! 狸だ! まるまるしてて可愛い! ハハハ」


 家康が指差した。


 狸は顔を一瞬家康に向けて、すぐに走り去っていった。


「……」


「……」


 余りに可愛らしい狸の仕草に不覚にも笑い合ってしまった。


 慌てて二人は真顔になる。


 ドラゴンの襲来から早、一週間。


 あの時、ドラゴンは火を吹きながら家康と三成の後を追った。


 二人が巨大な岩陰に隠れた時だった。


 突風が吹いた。


 晴れていた空は急に曇りだし……やがて、ドン! ドン! という音が辺りに木霊《こだま》した。


 ドラゴンは何が起こったのか分からずに天を見上げる。


 ドラゴンの額に天から渾身の一振りが撃ち落とされた。


 雹《ひょう》である。


 拳大の雹が真っ直ぐにドラゴンに落とされる。


 たまらずドラゴンは顔を翼で覆った。


 獲物を見捨てて、ドラゴンはその場を離れる。


 ドラゴンが山の頂上にある巣へ逃げ帰ったのである。


 歓声が上がった。


「うお! 雹! あぶね!」


 横殴りの雹をなんとか岩陰で凌いだ二人が――腰が引けたまま、命からがら這い出ると。


 村人からは尊敬の眼差しと共に、勝手に『勇者』の称号を得ていた。


 もうこの島に漂着して10日も過ぎたのだ。


 ハッキリ言って、宿題のない夏休みのように暇である。


 食べ物や飲み物は村人達が貢いでくれる。


 村の青年・ナギが二人の世話役として付いた。


 ナギは監視っぽい役目を負っている気もするが……何かと気が利く青年ではある。


 ナギは二人が家屋を物色している間、井戸で二人に冷たい水をくんできてくれている。


 涼しい風が縁側に吹き抜ける。


 ナギを待つ間、廊下で二人は寝転んだ。


 青空に入道雲が映えて、三成はたまらなく懐かしく少年時代を思い出す。


「内府、どんな子どもだった?」


 隣で寝転んでいる家康に話しかける。


「うーん、なにかと窮屈だったかなぁ」


 家康が幼い頃に父親と母親とは離縁。


 6歳で織田家の人質となり、8歳で今度は今川家の人質となった。


 母親には……大人になってから会った。


 だから母に甘えた記憶はない。


「馬術の練習とか、鷹狩りは好きだったけど、常に周りに気を遣ってたな」


 ひとつ判断を間違えば殺されかねない運命だった。


 だから……常に人の機嫌にアンテナを張って、注意深く周りの状況を事細かく観察して生きてきた。


「三成は?」


「うん、兄が居たからね。仲良くってしょっちゅう山とか川とかで遊んでたかな」


 よく魚を釣っては夕飯にしていた。


「きっと、豪士の子どもくらいが自由があってちょうど良いのかもね」


 家康と比べると、大層暢気(のんき)なものである。


 確かに子どもの頃、苦労らしい苦労は三成はしていない。


 父親は所謂《いわゆる》名士だった。


 学問があったので、村人たちの尊敬を集めていたのだ。


 母親は浅井家家臣の出で、色白で可愛らしくて優しい人だった。


 京極氏による領内経営は安定していて、たまに田畑を守る兵を雇ったことはあったが、戦に駆り出されるまでではなかった。


 裕福だったから飢えの苦しみも経験していない。


 秀吉に見出されてからは順風満帆の出世街道。


 兄・正澄も堺奉行として、豊家を事務方から支えた能臣《のうしん》であった。


 父の正継は誰もが認める人格者で、三成はそんな父親を尊敬してやまなかった。


 三成の幼少期は家族愛に溢れていた。


 その点、辛酸《しんさん》を嘗《な》めて百姓からのし上がった秀吉とは、異例の出世街道を驀進《ばくしん》したこと以外は……生い立ちは大いに違う。


「生まれながらの殿様は大変だ?」


 三成は軽口をたたく。


「大変は大変。ほんとにもう」


 家康は両手を上げて伸びをしながら素直に応えた。


 父親亡きあと……個性豊かな、と言うか超絶頑固な三河家臣団を若い身空で率いていかねばならない。


 ひとつの判断で命を落としかねなかった状況が続いた。


「瀬名は……ワシを恨んでいるだろうな」


 当時の状況的にも家康は妻と嫡男を犠牲にする以外、方法は無かったのだろう。


「……さぁ、どうだろうね」


 そもそも、恨んでなければ彼女に火縄銃は突きつけられないだろう。


 でも神妙な表情の家康を、三成なかなか茶化すことができない。


「仕方が無かったんじゃないか……? 総見院《そうけんいん》様の命だったのだし」


 総見院――とは、織田信長のことである。


 家康の嫡男だった信康と、瀬名こと築山殿を排すように直接の命を下したのは、信長なのである。


「でも……それでも信じるべきだった」


 家康は手で顔を覆った。


「何も申し開きも聞かずに……はなから決めつけて助けてやらなかった。だから……ワシは」


 三成は驚いて目を剥いた。


 上半身を起こして家康の横顔を見つめる。


 ハッキリ言って、家康が過去を悔い改めるなんてとても信じられない。


 もしかして……人は変わる?


 奇跡は起こるのか?


「そうだな。内府、けっこう行いが外道だったな。豊家と交わした約定も次々と破っていったのだから……少しは生前の行いを悔い改めて」


「それはない」


「……」


「それは、計略通りだから。 ただ……やっぱ瀬名は良い女だったな、と。

 復活してくるんだったら、一旦信じたフリとかして、もうちょっと上手くやってれば良かったかなって。

 ワシも若くてそこまで知恵が回らなかったな。くぅ! 超悔しい!」


 三成はこれまで以上に白い目線を家康の横面へ突き刺した。


 別に反省は無いか。知ってた。


「無線、もう一回やってみようよ!」


 唐突に家康が手を叩いて提案した。


 ドラゴンの襲来は、またある。


 あの時、襲われた女性を守れたものの、腹が空いていれば、また集落が襲われる。


 ナギと数人の男たちが、木舟造りに協力してくれているが、これには相当な時間がかかる。


 だから島左近らの増援を呼ぶには……可能性が限りなくゼロに近くても、村田新左衛門の趣味にかけるしかない。


 三成は家康の言葉に強く頷いた。



  ◇



 夜更けに島左近は村田新左衛門とともに酒を手に、貞慶寺の墓地まで来た。


 埋葬する遺体は発見できなかったが……簡素な二段に重ねた石と、卒塔婆が立て掛けられていて……いちおう、墓として様になっている。


 村田新左衛門は墓の傍らに提灯を置くと、手を合わせてからそそくさと席を外した。


 左近が途中、一人にして欲しいと頼んだからだ。


 左近は線香に火をつけて、手ぬぐいで墓石を拭きながら……話しかけた。


「殿、地獄での暮らしはいかがですか? 殿の好きな諸白酒(澄み酒)をお持ちしましたよ」


 墓の中には誰も眠っていないのは分かっている。


 左近は心の中の主君に語りかけた。


「戦争になってしまいそうです……力及ばず……申し訳ありません。殿」


 左近はしゃがんだまま鼻の頭を人差し指で掻いた。


 墓石の周りを少し湿った風が通り抜ける。


「ま、でも、元はといえば殿が一人で関ヶ原なんて巻き起こしたのが悪いのだし……今回のことだって、左近に言わせりゃ自業自得ですがね」


 関ヶ原の立案・実行は三成なのだから、この度の戦争責任の所在はやはり三成にあるのだろう。


「正しさ、とは何なんでしょうかね」


 左近は言葉を絞り出すようにして話しかける。


「たまに……考えるんです。正しさとは何かって」


 他の誰にも負けないくらい、三成は正しく生きてきた。


 たとえ、周りの人間にそれがすぐに理解されなくとも。


「世の中……こんなに思い通りにならないことばかりなのに、その中で正しさを保とうとするなんて、正気の沙汰じゃないんじゃないかって」


 人は正しさでは救えない。


 人を導くのは正しさではない。


 人は低きに流されるものなのだ。


――だけれども。


「でも……でも、やっぱ人の清廉さや正義を信じてしまう俺がいて」


 左近はしばらく言葉に詰まった。


 主君の前でこんなことを言ったことは無かった。


「殿……貴方はやはり、俺に取って正しさの象徴でした」


 生前に言ってやれば良かった。


 三成は、きっと照れくそうに微笑んだだろう。


「さようなら」


 左近は墓石を真っ直ぐ見つめる。


「さようなら。正しき人よ。左近は……これからも貴方の志を継いで歩いていきます。どうか、どうか。地獄から見守っててください」


 柄にもなく左近は鼻を啜った。


 カサカサ……湿った風が木々を揺らすような音がする。


「フフ……化けて出たりしないでくださいね。ま、たまには化けて出てきてくれても……」


 ガチャ……ガチャガチャ!


 今度はハッキリとホラー映画みたいなノイズが聴こえる。


「キャーー! 早い! 化けて出るのが早い!」


 左近は太い腕で自らを抱きしめる。


 荒くれ者には応戦できても幽霊に応戦したことは、まだ無い。


「CQ CQ CQ、こちらはJQ2……ジュリエット、ケベック、ツー……どうぞ」


 慌てて村田新左衛門が戻ってきて、左近が借りていた無線機に耳を充てる。


「……」


「こちら無線のム、ラジオのラ、煙草のタ! 5(ファイブ)、9(ナイン)です!」


 村田は無線機を耳に充てたまま、ただごとでは無い様子で左近を見つめている。


 そうか……村田がアンテナを立ててたのは三成の墓の側だったのか。


 左近は苦笑した。


 なんだか不敬な気もするが村田らしい。


 村田新左衛門は大きな目をこれ以上ないほど見開いた。


 口が大きく開く。


 無線機を人差し指で指さした。


「左近様! やっぱり治部様ですよ! 治部様が生きてらっしゃるんです!」

第200話に到達いたしました。


ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。


長いですよね。


もし少しでも面白い、続きが気になると思っていただけましたら、評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。


凄い執筆の励みになります。


今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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