第198話 神のご加護なんてない!
三成と家康が集落に戻った時には、既にドラゴンの襲撃は終わっていて、数人の女性が固まって泣いていた。
「女の人が! ケガをしている!」
家康が叫んだ。
褐色の女性は肌を露わにして震えている。
数人どころでは無い。
集落の半分以上が女である。
三成と家康から隠してたということか。
ドラゴン襲来による惨状は凄まじい。
家屋は猛烈なドラゴンの翼によって破壊され、屋根が傾いたり大きく破損したりしている。
一人の女の太腿から大量の血が流れている。
応急処置のため、数人の男女が駆け寄り手当をしている。
止血のために女の太腿の付け根は荒縄でグルグル巻きになっていた。
彼女の顔は苦しみに歪んでいるが、何とか一命を取り留めそうだ。
二人が砂埃の中、立ち尽くす長老の元へ駆け寄ると、長老は深い皺を眉根に寄せて二人を手招きした。
屋根が傾いた長老の家に入ると、彼は長い絵巻のようなものを持ってきた。
そこにはドラゴンの襲来が蒙古襲来絵詞のように描かれている。
ドラゴンは普段は山頂近くの洞窟内で寝起きしているが、たまに降りてきては集落を襲うらしい。
絵詞によると、集落の男たちは女を隠していたのではなく避難させていたことが分かる。
ドラゴンは肉の柔らかい女や子供を好んで襲うのだ。
ただ……今回は神事の準備のため、女を集落に呼び寄せていた。
先ほど大ケガをした女性のように、まず太腿を噛みつかれる。
今回はかろうじて逃れたものの、大体はそのまま咥えて連れ去られ食べられてしまうらしい。
途中、避難していたナギがミルを抱えて帰ってきた。
ナギが身振り手振りで話すには、三成と家康をアナコンダと闘わせたのは、弱かったら女たちの代わりにドラゴンの生贄にしようということらしい。
「なるほど……」
三成は顎に手をあてて頷いた。
「内府、この際だ! 俺らで悪いドラゴンを退治しよう!」
三成は爛々と光る目を家康に向けた。
「……なんでまた?」
なんでその必要が?
家康はあんぐりと口を開ける。
「おいおい、分からんのか? アナコンダを退治したら2000p貰えたんだぞ。ドラゴンだったらもっとポイントゲットできるでしょうが!」
「……」
「それと本土に帰れたら、この南の島を国営の保養所にすれば……みな銭を落としていって……国営のカジノとか作っちゃったりして」
国の税収が上がり、橋を作ったりゆくゆくは鉄道を走らせたり様々な公共事業を進められる。
危険なドラゴンが生息してたのではおちおち兵士たちは保養なんかできやしない。
「お前は両津〇吉か!!?」
呆れ気味に家康が言った。
この期に及んで金を稼ごうとするとは、見上げた根性である。
「それに……内府、お前には黙っていたが、俺には茶々様のご加護があるのだ」
三成は目を細めてニヤリと口の端を上げた。
「……」
「お前、あの木の蔓を見ただろう? 俺がアナコンダ戦で苦戦している時にスルスルって地面から……」
「そうだったっけ?」
家康は全く覚えていなかった。
木の蔓? そんなんあったっけ?
「あ、戻ってきだぞ」
家の外がざわついたので、家康が空を仰ぎ見る。
ドラゴンが再び舞い戻ってきて上空を旋回し、黒い影を落としている。
「すぐに行こう、内府。出陣じゃ」
三成は不敵に笑って、親指を立てた。
凄まじい風圧が既に集落を襲っている。
三成は槍を家康に渡した。
顔を顰めた家康はしぶしぶ受け取って、握りしめる。
間近で見るドラゴンは大きい。
大きな鋭く尖った爪に、荒々しい爬虫類特有の緑がかった固そうな皮膚。
大きな図体の割には、目は注意深く周囲の気配を探っている。
ドラゴンは目ざとく木の陰に隠れている若い女に目をやった。
女はドラゴンの目線に囚われたまま、固まって動けない。
家康は、勇敢にも走り寄ってドラゴンが女を襲おうとしたところに槍を突き出した。
ドラゴンが怯んだ隙に三成もステップを踏んで槍を投げる。
ドラゴンの固そうな皮膚の胴の部分に槍が見事に突き刺さった。
「やった!」
ドラゴンの動きが、一瞬止まった。
ドラゴンは振り返って鋭く三成を睨みつける。
と同時に突き刺さった槍を前足で薙ぎ祓い、大きな口を開けた。
肉食獣特有の尖った歯が並んでいる。
「三成! 伏せろ!」
家康が叫んだ。
慌てて伏せた三成の背中のすぐ上……轟音を立てながら炎が吐き出された。
「火! 火ィ吹きやがった! ヤバい、ヤバい! 戻ろう!」
三成は一目散に逃げ帰る。
「おい、三成! テメーさっきまで勇ましいこと言ってたくせに!」
家康も槍を闇雲にドラゴンに投げて逃げ帰る。
ドラゴンは大地を踏み鳴らしながら、二人の後を追う。
茶々様のご加護とやらは一体どこに行ったのだ。
「前言撤回! 俺らだけでドラゴンを斃すのは無理!!」
――左近! やっぱり左近!
こんな時は、左近が居ないとちょっとダメみたい。
家康と共に岩陰に隠れながら三成は臍を噛んだ。
「とにかく! 左近! 左近だ! 誰か本土から奴を連れてこい! さこーーーん!」
三成は天に向かって叫んだ。
◇
瀬名姫の軍勢が揖斐川の岸に集結する少し前――島左近は大垣城の廊下で村田新左衛門の小柄な背中を見つけた。
「村田くんは……今は何やってるの? 内府がいないから、もしかして、無職?」
村田新左衛門は三白眼を見開いて「左近様だって」の言葉を呑み込んだ。
いちおう、左近は大先輩である。
二人は廊下に設置された木製のベンチに腰を下ろす。
「治部様が形見として遺された……ドローンを目下、改造中です」
「え? あのヨロヨロモーターの付いた殿のドローンを??」
左近が驚愕の表情を浮かべた。
まさか、何の役にも立たなかった失敗作品がこうして受け継がれているとは。
「確かに電気を貯めるバッテリーが無いと、小さな太陽光パネルだけでは使える、とまではいきませんが、太陽光のみの自走ドローンを造ることは将来的には可能だと思うんです」
開発には時間がかかるけど……と、村田は前置きする。
既に登山用小型太陽光パネルとドローンの基盤も送ってもらい、無線を使って身振り手振りで動かすものなら試作品が出来ているそうだ。
「完成すれば、敵陣の様子を上から小型カメラで撮影することが出来ますし、平時は軽い物だったら届け物とか……いろいろ使えますでしょ?」
時空のヒビの向こう側――長宗我部盛親こと安藤幹夫は、ちょうど海外旅行中だそうで。
その間、向こう側の村田新左衛門が伊吹山総合病院の掃除のオジサンに頼み込んで、時空のヒビを利用しているらしい。
もし、無線電波を使ったドローンが完成したあかつきには、小型カメラを搭載して撮影したチップを現在進行系で行き来しているスマートフォンに挿入すれば再生できる。
「なるほど……」
藤堂高虎と大谷刑部らEWCIも、民間利用ならばとの条件付きで村田のドローン作りには理解を示しているという。
「ま、まだまだ試作段階ですけど」
村田は冷たい井戸水を浸した手ぬぐいで首を拭く。
中庭に続く廊下は風が通り抜けて涼しい。
夏場とはいえ、現代とは気温が違って日陰ならば過し易く感じる。
「そういえば『時空のヒビ』って村田くんでも開くわけ?」
「ええ。開きますよ。向こう側に僕がいますので」
西日本アジア製鉄の村山宣之は、たぶん村田新左衛門の現世の姿でなのである。
長宗我部盛親もそうだが、こちらに存在していて、あちら側にも存在していると、ヒビは光って微かに開く。
「じゃあ、左近も向こうの左近がいるってこと?」
左近は自分の鼻先を指差す。
「いるんじゃないですかね?」
村田は即座に肯定する。
「そう考えるとなんだか面白いね。左近は別の誰かになって、現代の人生を謳歌してるんだ」
「また苦労しっぱなしかもですよ。誰かさんのお守りで」
村田新左衛門は思わず笑って言った。
なんとなく、左近は現世でも誰かの世話をしてそうだ。
「そうねぇ……誰かさんのお守りをしてないと、どうもね。
いきなり、はい。これから自由にしてください、と。 これからはあなたの自由ですよってなっちゃうと……かえって慣れないっていうか、やる気が起きないっていうか」
左近は太い腕を組んで視線を落とした。
「それは……」
村田は慰めの言葉を発せなかった。
今、言葉にしたらどんな言葉でも陳腐に思える。
「治部様が居なくなって、あっという間に戦争になってしまいそうですね……」
「内府もね。やっぱり睨みが効いてたわけよね」
二人はお互いの主君を褒め称える。
「……そういえば。左近様、おかしいんです」
村田は懐から無線機を取り出して、左近に見せる。
大谷刑部に説明した内容を左近にも共有した。
メリットファイブの防災無線の件である。
「たぶん……無線の向こう側に誰かがいるんです。その人は、僕はやっぱり治部様だと思うんですよ」
根拠はない。
何も村田は普段から神懸かり的なことを信用する質ではない。
ただ――三成があんなにも呆気なく命を落とすとは、到底思えないだけである。
「この無線機、左近にも貸してもらえないかな?」
左近が無線機を見つめて、ポツリと言った。
「ええ、ええ。もちろん!」
村田は力強く頷いた。
こうして――異世界に村田新左衛門のハム仲間が爆誕したのだった。




