第195話 繋がらない!
「全然繋がらんではないか!」
翌朝、三成は砂浜で両手を拡げて天を仰いだ。
一晩中、無線機と格闘していたが、当然うんともすんとも応答はない。
日差しが強く白い砂浜を照らしていて、三成の鼻の先を焼いている。
「いやいや、当たり前だろ」
家康は浅黒く太い腕を組んだ。
今度は昼間にもう一度、無線機を試してみる……が。
誰かが応答してくれる確証なんて、どこにもない。
なにしろ、時は戦国時代なのである。
三成はぐぬぬとなって、横目で家康を見た。
このまま……家康と砂浜輝く孤島で二人暮らしになるのか――。
三成は人知れず深くため息をつく。
茶々とだったら……帰れなくなっても、まぁいいか、ぐらいなのに。
いや、仕事のことを考えずに済むし、むしろいろいろ楽しい暮らしになりそうだ。
地上の楽園である。
二人のすぐ近くで初めて島に不時着した時に叫んでいた子どもが、海岸で拾った木の棒を片手にはしゃいでいる。
名を「ミル」というのだという。
ミルはニコニコと砂浜に木の棒でなにやら文様を描いては三成たちを振り返る。
黒い瞳がくるくると動いて、二人の顔を交互に覗き込む。
「……カワイイな」
家康が低い声で呟いた。
小さく生え揃った歯を見せて、ミルは笑っている。
柔らかそうなプックリとした頬にエクボが浮かぶ。
ミルは暫く波打ち際に絵を描いては波がうち消す。
楽しそうに繰り返していたが……やがて、家康の足に駆け寄って来た。
「……オシッコ」
三成はウ〇チとオシッコという日本語は初日に教えていた。
子どもってそういうの、好きだから。
「おお! そうか、そうか」
家康は相好を崩して海に放尿させに向かった。
暫くすると……家康は眉間に深いシワを刻みながら戻ってきた。
「み、三成……お、女の子だったぞ」
「……は?」
「この子ども……女の子だった!」
三成は顔を顰めた。
「……変態過ぎる。内府……アタマ大丈夫か?」
「そうじゃなくて!!!」
慌てて家康が口をパクパクさせた。
「この世界に女の子が自然に存在してるんだよ!!!」
「はぁ……」
この世界、おかしなことばかりだからいちいち驚くな、と言ったのは家康である。
「まぁ……そういうこともあるだろうな」
関ヶ原合戦図屏風はまだしも……日本っぽい島になぜかアナコンダが存在しているのである。
もう、なんだってアリだ。
「山の裏手に民家があるかもしれん。今日、これから行ってみようよ」
三成は家康を探検に誘った。
防災無線の拡声支局と小屋が存在しているのであれば、見えない場所に民家が飛ばされてきているかもしれない。
山の裏手に歩き出したところで、血相を変えて、若い男が駆け寄ってくる。
「ナヴィアーゴーラヒーヤー!!」
若い男の名前は「ナギ」といった。
ナギは、身振り手振りで必死の形相で駆け寄ってくる。
「なんだ、なんだ? モンゴル軍でも来たのか?」
三成は戯けて言った。
ナギは空を指差す。
一瞬……日差しが遮られて辺り一面が真っ暗になる。
怖ろしいまでの爆風が砂浜を通り抜けていく……。
「な、なんだ? あれは……ド、ドラゴン……?」
家康が手をかざして空を見上げる。
「はぇーーー!!!」
三成は驚嘆の声をあげた。
巨大な羽根を持った化け物のような鳥が……男たちの集落に瞬く間に降り立った。
「急ごう!」
三成は集落に向けて駆け出した。
「子どもを頼む」
家康はナギにミルを預けて、三成の後を追った。
◇
小姓姿の茶々は、凛々しく美しい。
薄紫色の小袖がキラキラと陽の光を浴びて、光っている。
「ごめんね……刑部。ワガママ言って」
伊吹山の洞窟の扉の前である。
普段は封印されていて、EWCIの役員しか鍵を持つことは出来ない。
門番ですら……覗き窓から中の様子を確認するだけで、立ち入りは許されていない。
扉を開けると外の温度とは違い……洞窟内はヒンヤリした空気に覆われている。
茶々がこの洞窟内に足を踏み入れたのは、大坂城から飛ばされてきた、あの日以来である。
あの時も、傍らには大谷刑部がいて……一晩中、不安がる茶々に肩を貸してくれていた。
肌寒くて、心細くて……なによりいつもピッタリと一緒だった秀頼の姿がどこにもなかったことが心配で……。
「これが……『時空のヒビ』」
洞窟内の奥の岩に横一文字に広がる直線――『時空のヒビ』は、未来に繋がっている。
「ここに、盛親からの贈り物が届くのね」
このところ、茶々は酷く暗い表情をしていて……大谷は思わず声をかけた。
行きたいところ、食べたいもの、好きなこと――何でもいい。
茶々の久しぶりの笑顔を見たかった。
意外にも、茶々が「行きたい」とせがんだのが、この伊吹山の洞窟だった。
「時差とか、あるのかしら? 今は盛親はどうしてるのかな……」
急峻な山を登るため、茶々は袴姿である。
彼女は暑さにもめげずに、大谷の手を取りながら、力強い足取りでここまで登ってきた。
「詳しくは分かりませぬが、あちらとこちらでは、時間は一定には進まないようで、総じてあちら側の方が時間の経つスピードが緩やかなようです」
あちら側の一日がこちら側だったら短くても三、四日。
下手すると一週間やそれ以上の場合もある。
現代で宇宙工学を学んでいた永井辰之進などが解明チームに加わっているものの……時空を超えているので、正確な答えはまだ割り出せていない。
「不思議ね……」
茶々の細い指が、『時空のヒビ』をなぞっていく。
手が止まって、茶々は恐る恐る、ヒビの奥を覗き込む。
茶々の長いまつ毛が瞬きをした。
「暗くて何も見えないわね……」
突然、『時空のヒビ』の奥が光り出す。
「な、なに……?」
眩しくて、茶々は思わず瞳を逸らそうとする。
その瞬間……何かが見えた。
「……秀頼?」
武器庫である。
茶々の記憶が正しければ……大坂城、外れにある土蔵。
茶々と秀頼が、あの最期を過ごした場所。
武器を背景に小さな背中が見える。
「秀頼!!! 秀頼!!!」
大谷刑部はヒビに縋り付いて叫ぶ茶々の肩を抱いた。
「茶々様!! お気を確かに!!」
「秀頼!!! 私よ! 聴こえる?! 秀頼!! 返事をして!!」
『時空のヒビ』は段々と光が弱まり、土蔵内部の視界も薄暗くなる。
「イヤだ!! 秀頼! 私よ! こちらに来なさい! 秀頼!!」
「茶々様! お戻りください! 茶々様!!」
大谷刑部は必死で壊れそうになる茶々の背中を抱いた。
『時空のヒビ』から引き剥がそうとする。
「……秀頼、あれは、きっと秀頼……! 私に会いに来たのよ……この私に……!」
『時空のヒビ』はもう完全に閉じてしまって、大谷が覗いても、漆黒の暗闇のままである。
大谷刑部は跪いて泣いている茶々をシッカと抱きしめた。
彼女が泣きつかれるまで大谷は動かずに、ただ彼女の髪を大きな手で静かに撫でていた。




