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第192話 カッコ良くきゃ意味がない!

 清洲城下――夏場だというのに竹林が風にしなる涼しげな音がサラサラと聴こえてくる。


 陽は高く、青空は澄み渡っている。


 閑静な大名屋敷の一角《いっかく》、古田織部邸の一室である。


「あの……何で宗匠(織部)は、忠吉様のお味方してるのですか?」


 焼き鳥を食べながら、真っ昼間から酒を呑んでいるのは古田織部の弟子・浅野幸長(よしなが)である。


 深刻そうな顔をして話があるというから、貴重なツマミと酒を出したものの、これといって幸長は情報を持っているわけでもなかった。


 因みに浅野幸長は三成の同僚で五奉行として活躍した浅野長政の長男である。


 三成とはウマが合わず……若手の中で反三成派の急先鋒であった。 親父時代からの因縁もある。


「いや……お味方しているわけではない」


 そこは前世からの気安さである。


 織部は布で鼻を噛みながら、ぶっきらぼうに応えた。


「ただ単にまとまったグループを作りたいのだ」


 焼き鳥の串を指揮棒のように振る。


「そして……最後には勝てそうな馬に乗る。忠吉様には別に何の借りも無いからな」


 関ヶ原以後――大坂の陣の前には徳川家からはお取り潰しの憂き目に合っている。


 織部の嫡男は切腹も許されず斬首である。


 徳川家に恨みこそあれ、何の義理もない。


「忠吉様に……もはや勝ち目は薄い」


「では、やはり瀬名姫様ですか?」


 幸長がズイッと膝を詰める。


「うーん……気に入らぬなぁ……」


 織部はダリ風の髭の先を指で触った。


「瀬名姫は形を変えた徳川家ではないか? このまま勢いが続けば仕方なかろうが……なんか、妙なディストピア感があって……味方するのは気が進まぬなぁ」


「ではまさか……西軍ですか……?」


 幸長が興奮した様子で目を爛々と光らせる。


 ぶっちゃけ、外野からただ面白がっているようにしか見えない。


「いや……大野治長と淀を操れれば……アリ、かも。彼奴《きゃつ》らは魔法も使えるし」


「うーん……宗匠の思った通りに上手く泳ぎきれますかね?」


 幸長は口の端を上げて、皮肉屋の顔を覗かせる。


「泳ぎきれるだろ! 痴《し》れ者め!」


 織部は焼き鳥の串をテーブルに放り投げる。


「今度こそ、戦局を上手く立ち回って己の天下を築くぞ」


 織部の鼻息は荒い。


「天下人になられるおつもりで……?」


「文化の、な」


 織部はドヤァっと笑って腕を組む。


「いいか? 文化で天下を獲る。これからは政をする上で、共に文化の力が重要になる。

 我らは現代のエンターテインメントを知りすぎているのだ。だから、そこに価値を見出す者が多い」


 現代、推し活文化は最盛期。


 各所でビジネスチャンスが転がっている。


 織部はタレントやキャラコンテンツ、流行り物を生み出して、政治に利用するという。


「文化の力で天下を統べる……まさにワシが描いた理想の世の中がここに生まれる。フハハハハ」


「……ハァ。具体性が無いから……よく分かりませぬが……」


 幸長はつまらなそうに言った。


 為政者側で、「クー〇ジャパン」とか銘打って売り出してもそれほどのブームが起きないのは、上からの押し付けでは大衆の興味というものは湧き上がってこないからだろう。


「ま、待て。おぬしにだけ話そう。まずはグループ……塊《かたまり》を作ると言ったな」


 幸長の引いた態度に織部は慌てて付け加える。


「そのグループはしばらくの間は忠吉様をお助けする立ち位置になっているが……ある日を境にひっくり返す」


 声明を出す、でもいいし。


 舞台上で会見を開く、でもいい。


「演出はできるだけ派手な方が良い。 彼らは既に泥沼の戦争状態に突入していることだろう。 厭戦《えんせん》気分が高まってきたところで、新グループの誕生を発信する。

 グループの誕生は新しい伊吹を感じさせるものであって……民は飛びつく。

 そこで、ワシの考案した旗印や甲冑をお披露目する」


 いわば新党結成、てなわけである。


「そこで、宗匠のデザインを前面に押し出す……イメージ戦略ってなわけですね」


 幸長の言葉に、織部は我が意を得たりと膝を打った。


「そのとおり! とにかく……今、東西ともにデザインがダサいのだ!!」


 正直……織部から見ると家紋に頼り過ぎてて、みんなカッコ良くない。


 焼き物も色・サイズともにけっこうダサい。


 特に徳川家はあまりデザイン性を重視していない。


 茶道具ひとつにしても無難なものを好んで使用している。


 かといえば、葵の御紋がデカデカと入っていたり、それはそれで興醒めする。


 観光地の土産物みたいだ。


 井伊直政の赤備えにしても、赤けりゃいい、みたいな感じで赤色の色味の統一がされてない。


 色褪せて、既にピンクも混じっていて、ダサい。


 インクだって簡単に手に入らないのだからしょうがないのだけど。


「キレイサビとか、何とか言っちゃって……妙にノーブルぶって、地味かよ! 戦国時代だぞ!」


「……フフフ」


 幸長が思わず下を向いて吹き出した。


「何だよ?」


「いやーー楽しそうだなって」


「そうそう。楽しいのが好きなんだよ」


 娯楽で天下を統べる。 流行りを作り出して、誰もが楽しめるようなエンタメを作る。


 民の誰もが楽しみ、明日への糧になるような文化を作って、愉快に生きられるような世の中を作る。


「石田三成みたいな堅物には、ワシの考える世など思いつくまい!」


――どうだ? 三成。


 お前はこと芸術に関しては門外漢だろう。


「とにかく……我らが最後に味方したほうが勝つように上手に戦局を動かす」


 それまでに大衆に影響力を持つコンテンツを作れるかが勝負になってくる。


「上手くいきますかね?」


 全然確証はない。


 織部は潔く認めて舌を出す。


「まあ……やれるだけやってみるよ。味方するだろ?」


 できるだけこの世を愉快に生きたい。


 そのために命を投げうったって、構わない。


 織部は矛盾している。


 その矛盾が、たまらなく楽しい。


「そうですね……そうしましょうかね。具体性が無くて些《いささ》か不安だけど」


「他にワシに付いてくれそうな人、いるかな?」


 戦乱のさなか……エンタメに全フリするなんてバカげている。


 なかなか人は付いてこないだろう。


 だが。


「うーん。織田有楽斎殿にも掛け合ってみましょ。あの人も……結局、面白いものがお好きだから」


 幸長は今や存在感の薄れた織田家の重鎮の名を挙げた。


「そう言えば……淀を貶める噂を流していたのは、誰であろう、叔父の織田有楽斎だったというのが真相らしいですよ」


 茶々(淀)に関する醜聞《スキャンダル》は今現在でも事欠かず、律儀にも毎週新たな醜聞が広まる。


 やれ誰かを呪い殺しただの、やれ寝間に男を引摺り込んだだの……まことしやかに囁かされているが、織部はそんなつまらぬ噂をついぞ信じたことは無かった。


 織部が見たところ、茶々はその派手な美貌で誤解されがちだが『毒婦』でも何でも無く、どこにでもいる息子想いの優しい母親、という印象であった。


「怖い御仁ですね。有楽斎という人も。息子を使って噂を流布してたとか」


 幸長は小声で話しながら眉を顰める。


「……一体、何のために? 曲がりなりにも縁戚だろ?」


 織田有楽斎は信長のだいぶ歳の離れた弟で、お市の方とは姉弟の関係だから、茶々は姪っ子にあたる。


 息子の織田長孝は、茶々の従兄弟である。


「大坂の二の舞を怖れたんでしょ? あの人、小心者のとこあるから」


 有楽斎は大坂の戦いの際には、徳川方と豊臣方の板挟みとなり、苦労した。


 茶々を再び戦の旗印として、担ぎ上げられたくはないはずだ。


 織部は一瞬迷ったが、有楽斎を味方に引き入れることに同意した。


 彼は織田家の一員らしく、面長の顔に鷲鼻《わしばな》……数寄者《すきしゃ》らしい存在感と風格が自然と備わっている。


 いずれ役に立つことがあるだろう。


 織部は茶碗の底に溜まった濁り酒を一気に飲み干した。



  ◇



「若殿様! この景色、どうぞご覧くださりませ!」


 菊が堂々と胸を張った。


 肩の当たりでショートボブにした菊は、ボーイッシュなハツラツとした弾けた笑顔を石田重家に向けている。


――菊の指差した先。


 一面の青田の穂が風を受けて穂先を揺らしている。


 稲穂は陽の光を受けて、青々と輝いている。


 蝉が一斉に鳴いている。


 青く澄み渡った空に白い大きな入道雲がモクモクと姿を変えている。


 着物を襷《たすき》掛けにした藤が川から引き上げたばかりの重そうな瓜を持ってきた。


 片方で束ねた長い髪が風に煽られる。


 すぐに菊が駆けつける。


 藤は包丁を道具箱から取り出して慎重に割った。


「うわぁ! 美味しそう!」


 藤の傍らから覗き込んでいた、翠奈《すいな》が歓声を上げる。


 瑞々しい汁が垂れて、三人の女性たちの笑顔が弾けた。


 翠奈はこちらを振り返って、微笑む。


 菊が大きく手招きをした。


「若殿! 刑部様! 美味しそうですよ! 早く!」


「早く、早く!」


 翠奈はぴょんぴょんと跳ねる。


 藤は笑いながら、切った瓜を顔の横にかざした。


 瓜は藤の小さな顔を隠してしまうくらい大きい。


「美しい……」


 重家は歩きながら、思わずため息を零す。


 彼は突然立ち止まった。


 隣の大谷刑部もつられて歩みを止める。


「あの三人を護れなければ……私は、嘘になる」


 重家の長いまつ毛が柔らかく白い頬に影を落としている。


「刑部様……私はあの三人を護りたい。あの楽しげで平和な日常を壊したくない」


 重家は大谷を真っ直ぐ見上げて、一瞬険しい顔をした。


「刑部様、戦争になりますか?」


「……近々、必ずなると思う」


「愚かな……」


 重家は赤い唇を噛みしめる。


「生きよう」


 大谷はその細くて小さな肩を引き寄せた。


「力の限り、護ろう……未来を信じてみんなで立ち向かおう……そなたの父のように」


 三人の娘は黙って、その様子を見守る。


 爽やかな風が吹き抜けて、寄り添う二人の髪を撫でていった。


「お会いしとうございました……!」


 重家が目に涙を溜めた。


「会ってみて話したかった……声を……聞きたかった……聞きたいことがたくさん、ほんとにたくさん、ありました」


 父とは大坂城で会ったきり。


 その後、母とも姉とも弟とも……他の家族とは誰にも会えなかった。


 長い年月を一人で過ごした。


 異世界で――会えるはずの父とまたもやすれ違った。


――絶対に、護る。


 茶々も、菊も、藤も、翠奈も。


 仲間も。


 愛するもの全て。


 美しかったもの全て。


 父が大切にしていたもの全て。


 優しい、暖かい、懐かしい、尊い、二度と戻れない、信じられないほど美しかった、かつて愛したもの。


 愛したもの全てを――

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