第191話 有岡城の再来なんかじゃない!
黒田長政は輝政の目を見て、なおも必死で訴える。
「いいですか? ひとたび戦争が起こればこんな極小の国土で貴方はテロリストに命を狙われ続けるのですよ?」
輝政の軍勢の影響力を思えば自然な話だ。
「東軍の兵士はこれ以上増えないのです。送られてくるのは女と大坂方ばかりだ。
貴方の身を一体誰が護るのですか?」
西軍を屠れば、女だけじゃない。 当然、男も増える。
増えた男は基本、西軍方である。
戦で人員を消耗していけば……東軍の数の優位性は徐々に無くなっていくだろう。
「大坂城にいるからと言ったって、西軍とは限らないでしょう?」
輝政が鼻の上の汗を拭いながら言った。
「それこそ、都合の良い希望的観測じゃないですか?」
「……」
「西軍の人員を殺せば……確かに女は増えるが、敵方の男も新たに生まれる。キリがないでしょう?」
ましてや……西軍の象徴である茶々は、不完全とは言え魔法も使えるのだ。
彼女を護るために、それこそ西軍の男達は力の限り、抵抗を続けるだろう。
「伊吹山を占拠できれば……洞窟内に現れた瞬間に男は殺す、という手もあります」
輝政の乱暴な意見に、長政は一瞬絶句する。
「しょ、正気ですか……?」
輝政は白い布を懐から取り出して、首元を丁寧に拭った。
「正気なんかじゃないですよ。こんなこと、正気だったら言えないですよ」
帷幕の内側には風が入らず、地べたから湧き上がる熱でムッとしている。
輝政は長政から視線を移して、遠くを見つめるような目をした。
「怖ろしいから……上様がいらっしゃらなくなって怖ろしいから。私は既に正気を既に失いました」
輝政の汗を拭う動作は、ひどく緩慢だ。
その態度もあって、ヤケになっているように見える。
「筑前……貴方の言い分もよく分かります。でも、私は瀬名姫様にかけた。
瀬名姫様だったらこの世界を統べる力がある。みな、彼女に未来を見てるんです!」
輝政は長政の顔に視線を戻す。
輝政の目を見て……長政は今までの説得が無駄であったことを知る。
「いつか、貴方も私の選択が正しかったことを分かってくださると思います。
筑前守、貴方はリアリストだ……物事の本質を見抜く力をお持ちだ。
だったらこの状況……どちらに軍配が上がるかはすぐに分かるでしょう」
「いや……武蔵守は勘違いをなさっている」
自分はリアリストなんかじゃない。
今は純然たる理想主義者である。
いつから己は変節してしまったのか……長政は短時間で自らの変節の理由に思いを巡らす。
「この世界……確かに今の状況が未来永劫変わらないのならば、貴方の仰っているのとに理がありましょう。
でも……今まで生きてきて、どうですか? 状況が永続するなんてこと、ありましたか?」
長政の足元で『リアル』がグラグラと音を立てて崩れ去っていったからだ。
ひとたび、誰かが倫理観を失って我欲に奔れば、この世界の均衡は一気に崩れる。
小早川秀秋を止めるためには……ただの風見鶏になることを放棄しなければならなかった。
長政は自分がこの世界の平衡をギリギリ保てる立場なのを自覚した。
この世界に対応するために……リアリストなだけでは生き残っていけない。
とうとう長政は胸の奥深くにしまってあった理想を掲げた。
「状況は刻一刻と、変わるのですよ! 明日になったら状況が一変しているのがこの世界なんだ」
この世は不条理の極み。
だから、己には指針となる理想が必要だった。
――輝政には理想が浮かばないのだったら。
「武蔵守、怖いのだったら打って出るのではなくて良く観察して、頭を伏せて耐え忍ぶことです。
貴方の行動は……とても怖がってのこととは思えない。
貴方は、欲望に蓋をして自分自身で見ないように、そう仰ってるに過ぎない」
輝政には欲があるのだ。
だから、その欲望を叶えてくれそうな瀬名姫の姿に未来を見た。
「よく言いにくいことを言いますね……」
輝政は力なく笑った。
「忠吉様に……これだけの力がありますか?」
輝政は帷幕の外側を指差す。
うだるような暑さの中、一万人を超える男達が瀬名姫の演説見たさに……熱を帯びた様子で待ち構えている。
「少なくとも……忠吉様には真っ直ぐなお心と叡智が備わっていますよ」
力は無くとも、忠吉の本来持っている誠実さは誰にも負けないだろう。
青年らしい正義感で満ち溢れている。
――突然、生温い風が帷幕の内側に流れる。
「妾には真っ直ぐな心と叡智が無い、と申すのか……?」
カチャリと音を立てて、西洋風甲冑に身を包んだ瀬名姫が姿を現した。
目は輝き、薄く赤い唇には笑みを浮かべている。
サーベルを長政の鼻先に突き立てる。
「盗み聞きとは……高貴な姫のなさることではありませぬぞ」
長政は軽く微笑んで彼女を見返した。
全ての話は既に帷幕の外で聞かれていたらしい。
「も、申し訳ござらん」
輝政が大きな身体を縮こませて、長政に詫びた。
――はじめから仕組まれた罠だったか。
ようやく長政は悟る。
「まるで有岡城の再来だなぁ……それほどまでに父親を尊敬しておるのか?
単騎で乗り込むとは馬鹿にも程がある」
瀬名姫は小首を傾げて、気の毒そうに眉を顰めた。
サーベルを降ろして、長政を一瞬見下ろすとくるりと側近を振り返りながら指示を与える。
「田所……こやつを捕らえろ。そして、こやつがこちら方に付いたと情報を流せ……」
「はっ!」
「連れて行け!!」
その後、瀬名姫は長政を一度も振り返ることなく、帷幕の外へ出ていった。
◇
長老の家で褐色の男たちと飲み騒いだ後、三成は突如として鳴り響く、防災無線に度肝を抜かれていた。
「家康……! どうなってるんだ? 防災無線だぞ! これ」
歓待を受けて、既にみんなと同じ腰蓑姿に着替えて寝入っている家康の背中を揺すった。
「もう、どうだっていいだろ。何でいちいち驚いてんだよ。もう、何があっても不思議じゃないだろ。寝ろ」
確かに。
異世界に飛ばされた時点で、既にオカシなことになっている。
リアルとは一体何なのだ?
この世は何でもアリなのか。
二人にとって現実は無情すぎる。
三成は着流し姿で、長老の家を出た。
防災無線の音が途切れ途切れに、島に鳴り響いている。
防災無線の音の方向にしばらく歩いていると、同じく着流し姿の家康が追いついてきた。
「やっぱ、気になるよな」
三成は短く家康に問いかける。
「だな」
途中、既に防災無線は途切れてしまったが、月の光で、薄ぼんやりと白い拡声支局のスピーカーが建っているのが砂浜からでも見える。
「なあ……内府よ……」
「ん?」
「この世界が単純なゲームだとしたら、俺らは三成でも家康でも無くて……もしかしたら、ただの役割を演じさせられているだけなのではないか……?」
「……」
「ということは……別に前世の因果も無く……もう、いがみ合う必要さえ無いのではないか……と」
自分らが、そもそも家康でも三成でも無いのだったら、何のために対立しているのかさえ分からなくなる。
「まぁ……確かに」
三成は家康の腕を取って、目を見つめた。
「だったら! 仲良くできるかもしれないじゃん!!」
あまりのことに……家康は思わず武士にあるまじきビビった顔をしてしまった。
(こ、こわい……)
三成から顔を背ける。
「ただ……考えてみて欲しい。お前はお前以前にお前だし、ワシはワシ以前にワシ過ぎないか……?」
三成は相も変わらず人望が無いし、家康は相も変わらず腹黒いのである。
「その考えには無理があるのではないかな?」
家康は関ヶ原以前の三成も良く知っている。
敵意剥き出しの不遜な態度……紛れもなく目の前にいる男である。
「……そうだな! 忘れてくれ!」
三成も自分が血迷ったことがすぐに分かったのか、何事も無かったかのようにスルーした。
防災無線は小高い丘に立つスピーカーから流れていた。
近くに小屋がある。
「ひぁぁぁ!」
小屋を開けようとすると、扉に張り付いていた大きな虫がブンブンと耳元を掠めて三成は悲鳴を上げる。
「……うるさい」
家康が冷めた目線を寄越す。
小屋の中は静まり返り、誰もいる気配がない。
「む、虫がデカい……!」
三成の耳の近くで羽音が聴こえる。
真っ暗で何も見えない。
家康が手で壁を伝って歩いて、スイッチを見つけた。
突然、蛍光灯が灯る。
「嘘! 電気?」
「電気が来てる……太陽光パネルかな」
たぶん太陽光パネルが屋根に付いていて、非常用の電気が供給されているのだろう。
小屋は新しいとは言えないが、そんなに古い造りでもない。
家康は思案する。
「……もしかして、この島は最近、この世界に漂着したのかな……他にも山向こうを探せば民家がありそうだな」
原住民と思われた腰蓑の男達は、この場所に来てまだ間もない可能性もある。
「家康! これを見ろ!」
古めかしい無線機である。
「SOSできるかも……」
三成が呟く。
「いや……使い方が分からんな……」
二人とも無線をいじったことは無い。
「それに……この世界のどこにハム仲間がいるというのだ? 治部よ」
アマチュア無線技士のことを『ハム』と呼ぶ。
由来は諸説ある。
家康には、この世界に無線機を扱う人間が他にいるとは思えない。
「近所のオッチャンがクリスマスにアンテナに電飾施してたな……懐かしい」
急に三成は現世の記憶の一部を思い出す。
ただ今はハムの思い出を語っている場合ではない。
三成はハッとして口元に手をあてた。
「そういえば……村田新左衛門の趣味が無線だった気がする」
家康と目を見合わせる。
家康は驚きの顔芸を見せる。
「凄い……ジジくさいな、と思って覚えてた……」
「そんなこと言って……いつか新左衛門のハム仲間にブチ殺されるぞ」
「やってみよう! やってみないことには助かる道はない!」
三成は無線機の埃を払った。
家康も前のめりで無線機と向き合う。
「通信って、まずは、どうやってやるんだ?」
「……ワシも皆目分からん」
三成は恐る恐る電源を入れてみた。




