第19話 用がない!
その男。
宮本武蔵が黒の着流し姿で街を歩けば誰もが振り返った。
目力が強く頬骨の張った顔、浅黒い肌。
懐手にして無精髭を触りながら参道を闊歩する。
そのすぐ後に三成と大谷は続いた。
「これがカリスマオーラというやつか……」
三成は大谷に呟く。
見物客は誰も西軍の大将クラスの二人には気が付かない。
武蔵は寺の本堂に入っていく。
ここを寝床にしているらしい。
それほど大きくはない阿弥陀如来の前に粗雑に出来た低いテーブルと高さの違うチグハグな椅子が二脚。
テーブルを挟んで革で拵えたようなソファーまである。
座るように促しながら、武蔵は目敏く三成の脇差しに目を遣った。
「頗る上等な鞘だなぁ。中身もさぞかし良い物なのだろうな」
通称『石田貞宗』。
南北朝時代、正宗の子とされる相州貞宗の作である。
なにしろ遠い未来では重要文化財に指定されているわけだから、武蔵の差している物とは比べ物にならないほどのド級の超高級品である。
「どうも……」
三成は刀を褒められたことでかえって気恥ずかしい思いがした。
別に中身が伴って無いと言われているわけではあるまいが。
武蔵はドカッとソファーに腰掛けた。 定位置なのだろう。
足をテーブルに投げ出した尊大な様子に三成は思わず眉を顰める。
「さて。今日は、あんたがた偉いお侍さんたちが俺に何の用だ?」
背筋を伸ばして椅子に座っている大谷は隣の三成を見て、応えを促した。
「本日は、貴公にまずは会って話をすることが目的だ。
なにしろ、俺は貴公が西軍の一員であることを知らなかった。
こちらの大谷刑部に言われてはじめて知ったのだ。
確かに、以前噂では聞いていたような……」
「別に西軍の一員ってわけじゃない」
「……」
「勘違いしないで欲しい。別にどこにも属してない」
「でも」
「あの日は負けそうな方についたのだ。その方が面白そうだったから。
俺の親父は黒田の家臣でね。
東軍に属していたが親子ゲンカの真っ最中だった。
親父とは昔から反りが合わなくてね、だからたまたまこっちに居ただけだ」
三成はゴホンと手を当てて咳払いをした。
「経緯は分かった。別に良い。そんなことはどうでもいい。
これから俺はこの世界の秩序と安定のため、広く人材を集めたいと思っている。
ひいては貴公にも仕官の道を提案したく……」
「ハハハ」
武蔵は笑って話を遮った。
その後真剣な眼差しを向けて、 「断る」 大きな口を開けてハッキリ発音した。
「今日、あんたたちははじめてこんな場末の寺の境内に足を踏み入れたんだろう? どうだった?」
武蔵は挑むような目で三成を見た。
「居心地が悪かっただろう? 逆に誰もあんたたちを知らない人間ばかりで新鮮だったかな。
悪いけど、あんたたちのことなんて、誰の目にも入ってなかっただろうからな」
武蔵はグイッと顔を客人に近づける。
「早々にこんなとこに来るべきじゃなかったと思わなかったか? あんたたちの価値はご家中にあってはじめて効力を発揮する。
ここらへんに屯して、あぶれた人間が一応は気にしてるものと言えば、普段あんたたちが大層に掲げている家紋と旗印。
あんたたちというよりは背後にチラチラしてる五三の桐というべきか。
紋付きでも羽織ってなけりゃあんたらのことは知らねえし、五三の桐がくたばっちまった今、みながあんたらの言うこと聞こうなんて一切あり得ない。ごめんだね」
三成が目を伏せて反応しないのを見ると、武蔵は興味を失ったのか、小指で耳をほじった。
「つまんねぇこと考えないで、早くオウチに帰りなよ。ここは危険がいっぱいだぜ」
本堂の扉を少し開いた。
湯呑を運んできた人物に視線を移して、三成は思わず息を飲む。
「お、女!」
大きな目にバラ色のちんまりとした唇。
ツンとした鼻筋に抜けるような白い肌。
黒い髪は豊かで肩のあたりで一つに結んでいる。
華奢な身体を薄紫の着物で包んでいる。
「女じゃない」
武蔵は言った。
「役者のひとりだ。なぁ、惣次郎」
惣次郎と呼ばれた少年は少し頷いて、湯呑を客席に置いていった。
「あちっ!」
思わず見惚れた三成はお茶で舌をヤケドしそうになる。
武蔵は熱さなど気にせずぐいぐい飲んでいる。
大谷が惣次郎の後ろ姿に視線を送り、意味ありげに武蔵を見た。
「違う違う。俺にそういう気はない。
島津家の家臣だった惣次郎が役者になりたいと言いだして、顔の利く俺に付いて来ただけだ」
惣次郎は何も言わずに扉を閉めた。
「あいつも、言わばあぶれもんだ。島津隊を逃げ出して来たようなもんだ。
石田さんよ。今まであんな、あのような連中に気をかけたことがあったか?
今まであんたがその正しさで切り捨てていったもの。あぶれもんの価値観。
どうだ? 全てまるごと受け入れる。あんたの世にそれができるのか?」
「俺の世じゃない。民主主義の世だ」
「まさか、こんな時世に選挙やろうなんて考えてんのか?」
武蔵は腕を組んだまま高笑いした。
「こんな正真正銘の馬鹿だったとは!」
「いいか、武蔵よ」
今度は三成が身を乗り出した。
「民主主義のはじまりは紀元前5世紀ごろのギリシャの古代都市アテナイだ。
今は近世以前だからとか時代を言い訳にはできないぞ。
古代ギリシャでできるものが戦国期で出来ない道理はない」
武蔵の目が鋭くなる。
「その選挙に奴隷や外国人は関われてないことは知ってるんだろうな」
「もちろん。アテナイの民主主義は不完全なものだった。
確かに現代に至るまで民主主義は不完全だ。
だが、これは他のものと比べれば一等イイやり方だ。
俺がこれからやろうとしているのは、貴公の言うどんなあぶれもんだって選挙権を持つ世に作り替えることだ」
三成は真剣な目で身振り手振りをしながら話す。
「貴公は価値観を守れるかと聞いたが、俺は既に佐和山領内で民主的な政を行っている経験がある。 内府よりは絶対に守れる。
古田織部の処遇を知っているだろう?
いずれ内府は、おぬしらにも思想統制しようとするだろう。
己の政に都合の悪いものは排除しはじめるに違いない」
秀吉時代の筆頭茶道・古田織部は、美濃にて革新的な国産焼き物(通称・織部焼)を量産したが、江戸期に入ると戦国期の荒々しい不穏な文化として徹底的に叩き壊されてしまう。
少し歪な湯呑を手に、武蔵は三成の全身をマジマジと見た。
「そうか。あんたも元はあぶれもんか! そう言えばあんたもお稚児さん出身だったものな」
その瞬間、三成は湯呑の湯を武蔵の足に盛大に零しながら、武蔵の襟ぐりを素早く掴んだ。




