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第18話 銭がない!

 大垣城南東からニキロくらい離れた場所に、貞慶じょうけい寺という浄土宗の古刹がある。


 三成と大谷は家紋の入った着物を脱ぎ捨ててお忍びで境内に足を踏み入れた。

 

 境内は大勢の人で賑わっている。


 三成は唖然とした。


 東軍の敵襲に備え、汗水たらして働いている石田家中や他西軍諸侯の家中の者たちに対して、日中からブラブラと何をする様子でもなくたむろっている浪人らしき大勢の姿。


 三成が思わずそれらの者を叱り飛ばそうと石段で談笑している者たちに歩み寄ろうとした瞬間、大谷に肩を掴まれた。


「今は、ダメだ。佐吉」


 大谷は三成を幼名で呼んだ。


 街に出たら官名呼びはご法度。

 先ほど大谷から受けた注意だ。


「……」


「浪人どもは、こんなもんだぞ。佐吉。

 たまたま恩賞目当てに西軍に与したに過ぎないのだ。

 我々の号令もここに屯している者たちにはまるで意味がない。関係ないのだ」


「おう! 紀之介じゃねえか!」


 白黒の細い縞の文様の着物を着流した坊主頭の男が大谷に声をかける。


「これかい?」


 サイコロを振るジェスチャーだ。


「いや、今日はセンセイに会いに来た」


「おや? センセイに興味無かっただろうに?」


「ツレが興味持ってね」


「そうかい、そちらの坊やが」


「坊や……」

 三成は再び唖然とした。

 大きく目を見開いた三成の表情に大谷は思わず噴き出す。


「センセイは今日も大人気。ひと言も話せないかもしれないぜ」


 坊主頭の男はヒラヒラと手のひらを振って寺の本堂の方へ歩いて行った。


「あ、あの野郎! 俺を坊やと言いやがった」


  横で大谷は涙を流してまだ大笑いしている。


「……すまん、つい」

 

 まだ笑い足りない様子で身体をくの字にする。

 いい加減三成は腹が立ってきた。


「わ、悪かった、佐吉。センセイのところへ案内するから機嫌を直せ」


「誰なんだよ! そのセンセイってのは? ここまで来てくだらないヤツだったらぶっ飛ばすぞ」


 焼き鳥の屋台やら貸本屋やら、芝居小屋まである。


 どこからどう調達してきたのか、店先には可愛い虎猫がピンクの紐を付けられて寝ている。


 三成は芝居小屋の前に立ち、その日の演目を見た。


☆大人気!『忠臣蔵』『ロミオとジュリエット』豪華2本立て!☆


 貼ってあるチラシの吉良上野介の顔は徳川家康に似せて描かれている。


「フフ、上手いな……それにしても、どういう組み合わせだ。この演目は?」


「まぁ、深く考えるな。あ! あそこだ」


 芝居小屋を左手に曲がったところに行列が出来ている。

 20メートルくらいだろうか。


 人集りの先に幾本かの色とりどりの和傘が差されている。

 さながらサイン会のような様相だ。


「きゃぁ~!」


 黄色い歓声ならぬ野太い歓声が聴こえる。


 様子が分からないので、三成はスタスタと列を無視して歩み寄った。


「ちょっと! そこのガキ! ちゃんと並びなさい!」


 目元と頬に赤く化粧をした男が三成を指さした。

 この行列を仕切っている者らしい。


「す、すいません! ちゃんと並びます!」


 大谷がまたも半笑いで三成を身体ごと引き寄せる。


「なんなんだよ!? もう!」


 そうこうしている内に外の喧騒に気がついたのが左の芝居小屋から、ひとりの男がニョキッと顔を出した。


「お! なんでこんなとこに?」


「え? おまえは!」


 岩佐又兵衛である。


「治部さんたち、なんでこんな……」


 慌てて大谷が又兵衛の口を手で塞ぐ。


「センセイに会いたいって……あんたたちも案外ミーハーだね」


「だからそのセンセイってのは……」


 芝居小屋の楽屋内はわりと手狭で、又兵衛のすぐ横ではジュリエット役の若衆が手鏡を持って入念に化粧をしている。


 徳川家康に似た役者が小さく正座した三成の足の裏を踏んづけて行った。


 三成が思わず悲鳴を出す。


「呼んできてやるよ。その代わり、ハイ!」


 又兵衛が右手を出してウィンクした。

 三成が右手を差し出す。


「そうじゃなくて、銭だよ銭! お足がなきゃ、酒だって飲めないんだからさ!」


「銭! いまだに銭が流通しているのか……」


 三成は見窄らしい芝居小屋の楽屋を見渡した。


「スゴイ……この期に及んで銭が流通しているとは」


「感動ポイントがわけわかんないんですけど」


「銭は俺が出そう」


 大谷が懐からの出したのは当時流通していた永楽通宝である。


「いいね、お兄さん。あんた、話が分かるね」


 大谷が銭を三枚出したところで又兵衛は、走って芝居小屋を出ていった。


 又兵衛の戻りを待つまでの間に、拍子木が鳴り芝居が幕を開けた。


 三成と大谷が舞台袖から座ったままの体勢で客席を覗くと、客の入りはボチボチというところである。


「おお! ロミオ! あなたはなぜロミオなの!」


 両国の吉良邸の物干し台で、ジュリエットが大袈裟な芝居を始めている。


 舞台袖で待機中の徳川家康……じゃなかった吉良上野介に三成は話しかけた。


「二本立てじゃなかった?」


「今日は、客が不入りなんで、一緒くたにしちまったんですよ」


 なるほど――だから忠臣蔵に、吉良の娘・ジュリエットと大石内蔵助の息子・主税ちから扮するロミオが恋に落ちる筋書きが足されている。


「あんた、徳川家康に似てるよ」


 三成が役者に言った。


「そうですか? ありがとうございます。お客さん、本物に会ったことあるんで?」


「まあ、少しな」


 三成が首の後ろに気配を感じて振り返ると、そこには恐ろしく背の高い映画俳優みたいな男が立っていた。

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