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第187話 邪魔する権利はない!

「瀬名様ーー!」


「瀬名姫様!!」


 男たちが犇《ひし》めく広場に姿を現したのは、西洋風の甲冑《かっちゅう》に身を包んだ瀬名姫である。


 壇上にあがる際、従者の田所が彼女の手を支えた。


 彼女は男たちの顔を見渡した。


 壇上には、田中吉政、山内一豊、池田輝政、小川祐忠(すけただ)の四名が立っている。


 その中心に彼女は腰に手を当てて、胸を反って立った。


 うねるような生温い風が、彼女の長い髪を靡かせている。


 瀬名姫は集まった男たちの顔をひとりひとり見つめた。


 ざっと二千人は集まっていそうだ。


「酷いわよね……こんな世界に生み落とされて……」


 少し震えた声で聴衆に話しかける。


 場内はシンッと静まり返った。


「気の毒よ。可哀想だわ……貴方たち。みんな……妾《わらわ》が抱きしめて癒してあげたい」


 瀬名姫は視線を落として、拳をギュッと胸元で握った。


 男たちは瀬名姫のか細い声を聞き逃さないように、みな一様に押し黙った。


「貴方たちって、何のために生まれてきたの? 一体……何の罪があって?」


 優しい言葉をかけられて、落涙《らくるい》する者もいる。


 男たちもそれぞれ限界であった。


 この世界に飛ばされてきて半年余りが経ち……身寄りもない中で、混乱の世をどう生き抜くべきか迷っている者も多い。


「妾は貴方たちにずっと語りかけたかった。ううん、心の中でずっと語りかけてたの……」


 彼女の存在は一筋の光だ。


 瀬名姫はその美しい唇に笑みを浮かべた。


「しょぼくれた面下げて、涙を浮かべるために……生きてるんじゃないわよね。

 じゃあ……何をすれば良いか本当は分かっているんじゃないの?」


 切々と瀬名姫は語りかける。


 その口調はか細いものから、太々しいほどの大音声に打って変わっている。


「貴方たちは選ばれた人間なんだ! そう思わない人間はいますぐこの場から去りなさい」


 瀬名姫は聴衆を指差す。


「戦国時代に生まれて、田を耕して、畑仕事して、山菜を摘む……涙が出るほど良い人生だな。

 人の役に立って、一生を終える。

 

 踏み躙《にじ》られて搾取《さくしゅ》されて、それで満足する者がいたなら……どうか、この場を静かに去れ!」


 壇上を右端一杯まで移動する。


「そんな生活をして、残りの長い人生を穏やかに生きてこうっていうなら、妾は止めぬぞ。

 いいから、この場をとっとと立ち去れ!」


 彼女はその腕を大きく振った。


 甲冑のガチャンッという音が響く。


「おまえら……欲しくないのか? 誰もがひれ伏すような称賛が……権力が……良い女が……」


 瀬名姫はひときわ高い川向うの山を仰ぎ見る。


「おまえらが向こう側にちょっと入って、あの山に登れば入るんだよ。全てが。

 何でも好きなものが与えられる。

 

 そうだろう? 

 たまらないほどの良い女も、舌がうなるような旨い食べ物も、人に何でも言うことを聞かせられる道具だって、何だって……ならば、なんでこんなとこで突っ立ってんだ? え?」


 瀬名姫は真っ直ぐ伊吹山を指差した。


「あの山を独り占めしようとしている男たち……死ねば女に替わるような男とも言えない男たち……あの男どもをなぜ放っておくんだ?

 

 おまえらはあいつらに従属させられるために生まれてきたのか? そうじゃないだろ?」


 瀬名姫は再び聴衆に視線を移した。


 今度は壇上の左端まで移動する。


 自然と身振り手振りが大きくなる。


「おまえらが以前、屠《ほふ》って六条河原に晒した負け犬が……大手を振ってかつて主君の女であった美女を侍《はべ》らしていたではないか? 

 

 こんな非道が、こんな倫《みち》を外れた行いが赦されて良いのか?

 おまえら、悔しくないのか?

 あんな好き勝手やられて、妾だったら舌を噛んで死んでるぞ。

 いいか、おまえら! 我々勝者が我慢することなど一瞬たりとも無い!」


 拳を振り上げながら、瀬名姫は語り続ける。


「おまえらは生まれながらの勝者。

 関ヶ原であいつらをものの二時間で壊滅させた英雄は誰だ?」


「俺だ!!」


「そうだ!」


「俺らだ!!」


「そうだよ! 良くぞ言った! おまえらではないか?

 忘れてないか? 


 おまえは勇敢で血の気が多く、残忍で敵の返り血を何よりも好む……敵陣に突っ込んでは人を人とも思わず突き刺して、串刺しにして血祭りにあげた真の男……相手の喉元にぶっ放して敵を粉々に撃ち破った強い男……おまえらはかつて英傑であったはず!」


 瀬名姫は聴衆のひとりひとりを指差していく。


「おまえらこそが真の勇者なんだよ! 

 ならば、なぜ攻めない? なぜ黙ったまま、生きる権利を主張しない? 

 なぜ生きている実感をその手に掴まないんだ?」


 瀬名姫は壇上の中央で、突き上げた拳を震わせる。


「なぜ敗者みたいな顔をしている!? 臆病にも……なぜ牙を抜かれたオオカミみたいに震えてるんだ!?


 漢《おとこ》を見せろよ! 妾を夢中にさせろ! 

 お前の女をその手に抱いて、おまえらの世界を創っていくのだ!!

 

 今こそ何者にも邪魔されない新しい世を創っていくのだ! 我らは勝ったのだ! 正しいから勝った! そして勝ったから正しいのだ!


 その権利を誰にも邪魔をされる筋合いは無い! 負け犬どもにそれを邪魔する権利は無い!


 今こそ、西軍へ攻め入る時!! 容赦無く牙を剥け!! 敵をひとりでも多く屠れ! おまえは、おまえの女をその槍先で手に入れろ!!!」


「ウオオオオオオ!!!」


 瀬名姫の力のこもった演説を憂いを帯びた目で見守る男がいた。


「松野様! こちらでしたか?」


 松野重元と従卒の十佐が振り返ると、村田新左衛門である。


「だいぶ、盛況ですね~」


 村田新左衛門が目を輝かせて言った。


 選挙の街頭演説のような集まりが珍しいのだ。


「うむ」


 こういった集いが日に数度開催されている。


 大谷刑部の依頼で瀬名姫の捜索にあたっていたが、何のことはない。


 すぐに彼女の方から姿を現して、各地で熱弁を振るっている。


 捕縛のために、松野重元と十佐は彼女の演説会場について回っていたが……取り巻きの男どもが多く、容易には近づけなかった。


「みんな……限界なのだろう……」


 ここに集まった男たちは現状に不満を抱き、将来を悲観し絶望している。


 遅かれ早かれ……家康という重(・)し(・)がなければ暴動が起きるのは目に見えていた。


 それを瀬名姫が上手くコントロールして、西側への憎しみにすり替えて助長させているに過ぎない。


「どうされますか……?」


 村田新左衛門が三白眼の目を見開いて尋ねる。


「殺すしか……あるまいか」


 松野重元はゆっくりと呟く。


「ですが……彼らを余計に焚《た》き付ける結果になりはしないかと……」


 村田は懸念する。


 遺された瀬名姫のシンパたちは黙っていないだろう。


 彼女をより神格化して、今まで溜め込んだ不満を爆発させて荒れ狂うだろう。


「このうねりが大きくなる前に処するか……悩ましいな」


 重元はため息まじりに呟きながら、大歓声の中で満足げに手を振る瀬名姫を見つめた。

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