第182話 ライバルとか関係ない!
大坂より飛ばされてきた三人の女子は、みな経歴がバラバラだった。
台所で働いていた菊は、半農の足軽の娘で陽に焼けた健康的な肌の元気印の女子だった。
京極竜子の侍女であった藤は、暗算が得意な才女。
算術だけではなく、男が読むような漢文にも親しんでいたという。
三人目は。
「ドゥフ、ドゥフフ……イケメン揃いですな」
背が低くてややぽっちゃり。
色白の頬を染めて、大谷刑部を見つめている。
翠奈はオタク女子であった。
「まさに眼福! ワシはこの世界に飛ばされて本望でありますぞ!」
まさかのワシっ娘である。
「タイプでござる……」
隣の渡辺勘兵衛が翠奈を見つめて、心なしか頬を染めて呟いた。
なんだか安易なラブコメが始まりそうなので、大谷刑部は慌てて脳内のラブコメを打ち消した。
いかんいかん、そんな場合ではない!
因みに翠奈は元・寧々《ねね》付きの女官で、寧々の母親の遠い親戚のそのまた従姉妹だという。
「みなさまがた……この世界に不安はござりましょうが、わたくしが付いておりますゆえ、ご心配なさらぬよう。
それに、こちらの大谷刑部様、それに、わが父の腹心・渡辺勘兵衛がみなさまの心強い後ろ盾になってくださいますからね」
真剣な顔つきで三人の女子に話しかけるのは石田重家である。
小さな身体に有り余る責任を背負って、堂々と言葉を紡ぐ姿に……大谷は佐吉と呼ばれていた頃の三成を重ね合わせた。
「……スゴイな」
大谷が感心したように話しかけた。
「何がです?」
重家はキョトンとしている。
「いや……君の親父殿の姿と重なったよ」
重家は顎に手を当てて暫し思案したような顔をしてから、再び大谷と視線を合わせた。
「あの……ちょっと、申し上げにくいのですが……」
おずおずと言葉を繋ぐ。
「わたくしは享年103歳でしたから……ここにいらっしゃる誰よりも人生経験が豊富です」
あっ! そうですよね。 大谷は思わず苦笑いを浮かべた。
人生の大先輩である。
「だから……あの、いちいち子どもなのにスゴイみたいに驚かれるとちょっと恥ずかしいというか、心苦しいというか……」
頭脳がオトナすぎる。
それでけっこう照れていたのか。
「涙もろいのも、歳だからです」
実は宇喜多秀家なんかも、同じ前世長生きパターンなのだが、本人も周りも、昔のイメージで何となく若者感で過ごしてしまっている。
「ドゥフフ……合法ショタ……」
鼻息荒く翠奈が呟いたので、大谷は重家を彼女の側から引き剥がした。
◇
伊吹山麓の屋敷から戻ると、大谷刑部はその足で、茶々の元へ報告に向かった。
陽射しがカンカンに照り出して、モクモクした入道雲が青空に浮かんでいる。
簾の奥……茶々は外の地面を焦がすような暑さとは裏腹に青ざめた顔で大谷を見つめた。
心なしか……以前よりももっと痩せたような気がする。
「ご加減はいかがですか……?」
「……刑部……」
茶々の唇がゆっくりと動いた。
「私はもう……ダメかもしれない」
青ざめた顔を茶々は細い手で覆った。
因みに例の『魔法』の力は、三成の命を救うために費やされたためなのか不発である。
内記によると、何かを出現させるように祈っても、最近はそもそも叶うことがなくなったらしい。
『魔法ポイント』というものが尽きたためではないか、と内記は話した。
「私の大切な人たち……私を想ってくれている人たち……みな、不幸な目に合ってしまうの。貴方も喪いそうになったし、治部も」
茶々は脇息に身を預け凭れかかっている。
窓の隙間から漏れる陽の光で、紫の薄衣がキラキラと光る。
「こんな、疫病神みたいな女……生きてて良いのかしら? 私が不幸の元凶なのかも。私が……幸せを求めたりしたから」
いつか……清洲城の一室で家康と対面した時、大谷は家康が「茶々が怖い」とポツリと漏らした言葉を聞いた。
――お前が彼女を追い詰めたのだろう!
大谷は思わず頭に血がのぼったのを覚えている。
家康にとっては、きっと本音だった。
確実に彼女を厄病神かのごとく、怖がっていたのだ。
だから排除しようとした。
「貴女は……疫病神なんかじゃない」
大谷刑部は言った。
「貴女は……絶対に悪くない。俺が誓いますよ。もし貴女を不幸にする不届きな神がいたなら、俺が逆に神を成敗してやりますよ」
もう一度、茶々の大輪の花のような笑顔を見たい。
清洲城をみんなで無事に脱出して、ふざけ合って笑い合った頃の彼女の輝いた眼差しをもう一度見たい。
「だから……お気を確かに持ってください。貴女が心を痛めていたら……治部が悲しみます。貴女を誰よりも愛しているのですから」
「……」
「……俺もです。俺も……貴女を絶対に不幸でなんか、終わらせない」
茶々は沈んだ表情で顔にかかった長い前髪を耳にかけた。
「これから……どうするの? この世界はどうなるの?」
大きな瞳が揺れている。
今にも零れ落ちそうな涙をこらえている。
「ひとたび……戦争が始まってしまったら……もし貴方まで、喪ってしまったら……今度こそ私は……」
耐えられない。
自らの命を……絶ってしまうかもしれない。
茶々は自分の腕で細い身体を抱いた。
大谷は思わず、彼女の細い両肩に手をかける。
「いけません! いいですか? 俺は貴女を護ります!
たとえ地獄の底からでも、貴女だけは救い出してみせる。これは約束です。貴女は絶対にヤケを起こしてはなりません!」
もはや懇願であった。
「お願いです……! 貴女を救わせてください……俺にそのチャンスをください!」
マズイ精神状態である。
『気鬱の気』実は……前世から茶々は、精神状態の揺らぎがあった。
『秀頼公御母(御年三十余)、御気鬱滞、不食、眩暈、快気湯、木香飲也』
医師の曲直瀬玄朔の診断を後に編纂した『医学天正記』にその記述がある。
今までは何とか持ちこたえていたものの、三成の不在をキッカケに、元々脆い彼女の精神状態は崩壊に近づいていた。
大谷はしばらくの間、曲直瀬を茶々専属にすることと、急ぎ秘書の千野伊織に東軍に戻ってもらうことを決めた。
ある男に助力を求めるためである。
「修理を……大野治長を西軍領内に迎え入れる」
王の居ない城で幽閉状態にある大野治長は現世で茶々の夫である。
悔しいが、頼るしか方法は無い。
「よろしいのですか……?」
おずおずと千野伊織が尋ねた。
恋愛沙汰などの世事に疎い堅物の伊織でさえ、大谷の茶々への想いを知っている。
「うん。茶々様の命が大事だからね」
恋のライバルとか……そんなことは言ってられない。
息子の戸田内記、夫の大野治長に側に居てもらい、総動員で監視して彼女の自殺を防ぐ。
大谷はそう固く心に決めた。




