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第180話 毒気がない!

 四名の死者を出した、揖斐瀬川越境攻撃から二日目の朝。


 越境攻撃の全貌が少しずつ明らかになった。


 まずは、領内で作物を巡る小競り合いが既に発生していたこと。


 何度か畑に入られ、何者かに収穫物を奪われていたらしい。


 作物を盗まれないよう監視をしていた住民と泥棒のひとりが前日に取っ組み合いのケンカをしていた。


 平塚為広率いる警察隊は、既に住民からの苦情を把握していた。


「要するに……東軍としての攻撃ではなく、山内隊と一部の小早川隊の残党が起こした私闘です」


「いやいや! 和泉守(高虎)! それは言いのがれが過ぎるでしょ」


 長束正家が気色ばんだ。


 大広間では、執務室メンバーが藤堂高虎に詰問している。


「内府が居られなくなって、二週間経つか経たないかなのに、こんな事態……由々しき問題ですよ!」


 少なくとも統制が取れていないのは確かである。


 徒党を組んだ盗賊が現れ、盗みが横行している。


 家康がいる時は考えられなかった。


 こちら側の怪我人三名は、徐々に快復し命に別状は無いものの(当初の情報だと二名であったが、他にも怪我人が出ていた)、四名の死者を出したことは、西軍国領内に激震をもたらしている。


 藤堂高虎は額に汗をかいて項垂れている。


 高虎が悪いわけでは無い……東軍を代表して単騎で説明に来てくれているのは、むしろ立派だ。


「とにかく……各隊へ私闘を起こさないように法度を通達し、領内を引き締めます。

 また、今回、加害に加わった盗人を収監し、罪状を検《あらた》めた上で懲役刑に処します」


「全然……信用できない」


 宇喜多秀家が赤い唇をワナワナと震わせた。


 死者のうち最初に撃たれた二名は宇喜多隊の兵士だった。


 その後駆けつけた平塚為広(警察隊)の部下二名が銃弾を受けて斃れた。


 殉職である。


「また、どうせ起こるんじゃないですか?」


 増田長盛が冷静に判断する。


「統制が効いてないんだ。いずれまた起こる」


 いずれ両軍の不満が最高潮に達し、大規模な戦闘再開となる。


 松平忠吉では……東軍領内をまとめきれない。


「忠吉様は、今回素早く動かれました。 越境攻撃を引き起こした盗人の大半を既に捕縛、懲役刑など厳罰に処する方向で……ご自身は被害者や被害者家族に補償を行うことをお決めになっておられます」


 名君である。


 平時ならば。


 これでは弱腰と見られて、東軍領内に渦巻く不平不満が爆発するだろう。


「身柄を引き渡すべきじゃないですか?」


 長盛が尋ねる。


「それは……忠吉様のご判断で……」


 高虎が額をハンカチで拭う。


 身柄を引き渡せば盗人の身内が暴発する可能性がある。


 ギリギリの判断だろう。


「その代わり、忠吉様は……今回の被害者の元へ初《うい》様と共に訪れ、お詫び申し上げたいと……」


「危険すぎる!!」


 長束正家が叫んだ。


「特使で良い! 身重の妻を連れてくるのもマズイ! ご自身はいいから、特使を派遣してください」


 西軍領内で忠吉夫妻に対するテロでも起これば取り返しのつかない事態になる。


 西軍領内だって、浮足立っていて東軍のことばかり言ってられない状況である。


「私たちは反撃しなかった……」


 秀家は蒼白な顔で呟く。


「今度、越境攻撃があったら……もう分からない。撃ち合って戦うしかなくなります」


 殉職した二人は人に向かって発砲しなかった。


 岩場の影から威嚇の火縄銃を撃っただけである。


 彼らが川に横たわった怪我人を救い出そうとしたその瞬間に東軍の不届き者が容赦無く発砲したのである。


「和泉守……なんとかしなければ、私(・)た(・)ち(・)は(・)終わる」


 秀家は低い声で呟いた。


 人命を護ろうとして撃たれた二人の殉職は……西軍領内に衝撃と、東軍への烈しい憎悪を植え付けている。


 大広間での会議が終わって、高虎と大谷は一緒に部屋を出た。


 高虎の顔に酷く疲労が滲んでいる。


「大丈夫ですか?」


「厳しいね。一気に少数与党の様相です」


 高虎が口の端を上げる。


 家康がいなくなるまで極めて従順だった者まで、忠吉を正統の後継とは見ていない。


「和泉守様!」


 甲高い声が廊下に響く。


 重家が小さな身体で駆けつける。


「昨夜は申し訳ございません。佐渡守様とお呼びしてしまいました。

 みなさま、和泉守様とお呼びになられているのを知り……わたくしの不覚でございました」


 関ヶ原時点では佐渡守で正解である。


 その後、江戸時代に入ると藤堂高虎は和泉守と呼ばれるようになる。


 重家は、ちょこんとお辞儀をする。


「か、かわいいっ!」


 藤堂高虎が無遠慮に重家を指差して言った。


「あの男の……毒気とか禍々《まがまが》しさとかの、そういった憑《つ》き物が全部取れてるッ!」


「まぁ……そうですよね」


 大谷は遠い目になる。


 重家はあの家康からも大坂城内で屈指のお(・)気(・)に(・)入(・)り(・)の称号を獲得していた。


 因みに重家の『家』は家康からの偏諱《へんき》である。


 当の重家は白い顔を耳まで真っ赤にして、褒め言葉にタジタジになっている。


「過分にお褒めいただき……恐縮です」


 大きな目を見開いて、背の高い高虎を見上げる。


「あ、あの……父が、今まで皆様にご迷惑を……?」


「いやいや! それはそうなんだけど、そなたが気にすることではないゆえ! そう畏まらずとも良い!」


 藤堂高虎も、今まで口には出さないけど三成の存在が迷惑だったのだな。


「ハハハ」


 大谷は乾いた笑いを喉の奥から吐き出す。



   ◇



「和泉守様と刑部様がご一緒におられたので、びっくり仰天いたしました。いやはや、いろいろなことがあったのですね」


 やはり大坂城の時計の針は運命の日――関ヶ原合戦勃発の日からは進んでいない。


 三ノ丸の大門で藤堂高虎の背中を見送ると、重家は大谷刑部の袖を引いた。


 子どもらしい仕草である。


 昔から大人びて畏《かしこ》まった重家だったが、大谷刑部には甘えるようなところがあった。


 父親の、優しくてカッコいい親友。


「刑部様。ところで、わたくしは奇妙なものを大坂城の壁に見つけました」


「奇妙なもの?」


 大谷が小首を傾げる。


「ええ。横に細長い……裂け目のような亀裂です」


 大谷は重家の言葉にハッと息を呑む。


「わたくしが近づくと、その亀裂は光りを帯びて、ゆっくりと消えていったのです」


 重家はその亀裂をなぞるように、小さく細い指を空に走らせた。


 亀裂があったのは古い武器などが納められた蔵だという。


 重家は棚を整理している際に見つけたという。


「意味がござりますでしょうか?」


「そうだろうね」


 伊吹山に現れた謎の亀裂『時空のヒビ』が、大坂城にも発生したことになる。


「重家! 無事か!?」


 大手門を背にして城に戻ろうとした二人は振り返った。


 城に到着したばかりの大柄な男が重家を呼びとめる。


「良かった。重家。変わりはないか?」


 父親のもう一人の親友。小西行長である。


「わ、わたくしで……申し訳ありません……」


 蒼白になった重家の瞳からみるみる涙が溢れた。


 小姓仲間だった小西行長の二人の息子は、関ヶ原のすぐ後、大坂の毛利輝元《もうりてるもと》の手によって粛清《しゅくせい》されている。


 その首はすぐさま家康に贈られた。


 単に家康への阿《おもね》りで……降参の際の手土産欲しさの輝元の愚行である。


 重家としては……自分ではなく行長の二人の息子のうち、どちらかが飛ばされれば良かったのに、と思う。


 行長は綺麗な歯を見せて微笑んだ。


 跪《ひざまず》いて、小柄な重家を抱き寄せる。


「ありがとう……無事に来てくれて……ありがとう」

ここまでお読みいただきありがとうございます。


もし少しでも面白い、続きが気になると思っていただけましたら、評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。


凄い執筆の励みになります。 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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