第173話 宇宙の消滅じゃない!
「左近……ビッグバンを見たぞ」
関ヶ原に雪が舞っているのだろうか?
いや……違う。
何か別の光。
キラキラした星屑のようなものが空間に舞っている。
雷の音がしたかと思うと……次の瞬間、三成は倒れ込みながら空を見上げていた。
キラキラしたものはゆっくりと真っ青な空間に消えていって、手を伸ばしても掴めない。
三成は瞬きした。
隣を見ると、筆頭家老の島左近も寝そべっている。
周りを見渡すと、全員が関ヶ原の土草の上に横たわっていて、不思議そうな面持ちで目を瞬かせている。
先ほどまで……居た場所と同じ場所……同じ風景、同じ時間。
三成は上体をゆっくりと起こした。
刻は旧暦――慶長5年9月15日のはずである。
みな、思い思いに立ち上がったり、体育座りで頭を振ったりしている。
「左近……ビッグバンを見たぞ」
「さようですか……?」
左近も頭を振りながら上体を起こす。
「それは、よござんしたね」
白い歯を見せて左近は笑った。
同じ風景、同じ場所……『記憶』だけが、違う。
三成は自らの膝に顔を埋めた。
「この世界の始まりを見た……」
その罪畢え已わって、新しい世界が生まれる。
一瞬で、宇宙は終わりを迎え、熱的死の静寂に包まれる。
次の瞬間、また新しい芥子粒のような軽元素が生まれ……長い時をかけて第一惑星になっていく……。
「さて……きっとみんなにも同じことが起こったのかな?」
左近は暢気に呟いた。
みな口々に、自分たちの身に何が起こったのかを教え合う。
「左近も見たか? ビッグバン?」
「左近は……別のものを見てました」
生まれ変わると通常『記憶』は初期化されるものだ。
ぼんやりと左近は思う。
脳内の記憶は自動書記のように更新され続けていく。
本来、ページは1ページ目から。
ところが左近のページはずっと進んだ場面からの続きが足されていく。
左近のノートブックは既に厚くて、彼は様々な記憶と共にこの場所に『存在』している。
「遠く未来のお話です……」
左近は三成の手首を掴んでいる。
「殿……生き残りましょう」
グッと力を込める。
「生きて、生きて、生き抜いて……生ききってやりましょう。そのために、何を失っても構わない」
「誇りを……失っても良いのか?」
主君は真っ直ぐな瞳で左近を見つめる。
子どものような……相変わらず純粋で、不器用な瞳だった。
「そりゃ、ダメですね」
誇りを失ったら、きっと自分たちには何も残らない。
「でも……なるべく生き残りましょう! さぁ、立って! これから忙しくなりますよぉ!」
誇りを失わないのは……何もカッコつけるってわけじゃない。
何を護って、どう生きるのか。
今までも、そしてこれからも……やり通すしかないだろう。
「てか、左近、若くなってない?!」
「殿こそ……アラフォーには見えませんよ」
天下分け目の大乱なのである。
左近は昨日、杭瀬川で息子のひとりを亡くした。
優しくて朗らかで、少し怖がりで……左近よりも母親に似た息子だった。
ただ単に見せたかったな、と思う。
未来を。
その手で掴んだ未来を。
両手いっぱいの記憶を。
楽しいことも、苦しいことも、みんな掴ませてやりたかった。
記憶がもしも、ゼロに還らずに、こんな奇跡によって紡がれていくのなら――無駄にしたくはない。
息子の死を。
亡くした人の名を。
記憶を。
感情を。
想いを。
風景には『記憶』によって色が付いて、意味を持ち、人はその『感情』に名前を付ける。
たぶん――その名は『愛』なんだと思う。
大袈裟だろうか。
いや、大袈裟でも何でもいい。
きっと我々は掴むのだ。
それぞれの『愛』を。
全ての運命を断ち切って、向かうのだ。
本当の『記憶』を、『感情』を、『想い』をこれから紡ぎ出すために。
そのために還ってきたのだ。
この場所へ。




