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第171話 角が隠せてない!②

 鈴木重好による『高砂』が狭い室内に朗々と響き渡る。


 隣に座る井伊直政の視線に耐えかねて、三成はため息をついて囁いた。


「一体、何なんだよ??」


「……いや」


 和蝋燭の明かりがぼんやりと直政の顔を照らしている。


 なぜ、この度の婚礼の場でも席が隣同士なのか……三成は直政の顔をマジマジと見つめた。


 オレンジ色の明かりに照らされても、蒼白な顔色がわかるほど血の気が引いている。


「何だよ……幽霊でも見たみたいに、白くなってるぞ」


「……」


「何だ? 夢が美し過ぎて正気を失ったのか?」


「……お前、これはマズイ事態なのかもしれないぞ」


 直政は三成の袖を引っ張っている。


 彼の大きな目が幾分潤んでいる。


「ん?」


 意味不明である。


 鈴木重好が高砂を低い美声で謡い終わったところで、花嫁から提案があった。


「……わたくし、三味線を弾いてもよろしいでしょうか?」


 場が一斉にざわめいた。


「待ってました!!」


 その場を落ち着かせたのは三成である。


「夢殿の演奏は素晴らしいのです! 一度、宇喜多中納言様の婚礼の際に大垣でされた演奏は忘れられません! もう一度お聴かせいただけるとは恐悦至極!」


 三成としては夢への助け舟のつもりである。


 あの時も演奏前の夢はエラく緊張して固い表情をしていた。


 演奏後の晴れやかな笑顔を思い出し……三成は夢の今後にとって、彼女の存在感を高める良い機会と捉えた。


 三成はニッコリと夢に微笑みかける。


 夢は顔を上げて、大きな瞳で三成の顔を無表情で見返した。


「三味線を用意して参りまする……」


 夢が小姓に伴われて小部屋を出た瞬間……井伊直政が噛みつかんばかりに、早口で話しかけてくる。


「治部……ヤバいぞ! 俺はよく知っているのだ。知っているというか……まだ幼かったから記憶は定かではないが……悪いことは言わない! この婚礼は無しだ! 無しにしよう!」


「おいおい! 無しってわけにはいかねぇだろうが! さっきから何なんだよ。オメーはよ! ちっとは黙って主君の幸せを祝福してやれねぇのかよ。相変わらずみみっちい男だな」


 ひとつ後ろの席から声がかかる。


「ちょっと! うるさい! あんたら、じゃれてないで静かにしなさいよ!」


 振り返ると織田有楽斎である。


 久しぶりに見たな。


 直政との婚礼騒動以来である。


 奥隣から織田長孝が顔を出して笑顔で手を振る。


 扉が開いた。


 縄が焼かれた時の臭い……これは空気を切り裂くような臭い……戦場で三成も何度も嗅いだあの臭い。


 夢は……ブンブンと火縄銃の火縄を回しながら座敷に入って来た。


 角隠しは外され、夢の美貌が晒される。


「言わんこっちゃない!!」


 直政が必死で三成の背中に隠れる。


 夢が手に持ってるのは……三味線……ではなくて、最新型火縄銃。


「ま、まさか……夢!」


 三成は文字通り腰を抜かした。


 もうダメだ。


 まさに絶体絶命。

 ジ・エンド。


「おぬし……まさか」


 徳川家康が夢を指さす。


 その指が面白いほど上下に揺れているので、三成は奇妙な感動を覚える。


 こんなにも……家康を動揺させるなんて、夢ったらスゴイ。


「ここで会ったが百年目! 松平元康! 覚悟せよ!!」


「ま、ま、待て! 話し合おう! ワシとまずは話をしよう! 瀬名!!」


 夢の銃口は真っ直ぐ徳川家康に向いている。


「瀬名っ!! 瀬名っって、まさか家康の正妻!???」


 三成が叫んだ。


 人は大坂城から飛んでくるのである。


 伊吹山生命群は今まで――全て大坂城に関ヶ原開戦当時に居た人間……。


――それは単なる思い込みで、その限りでは無かったとしたら。


「夢……早まってはイカン」


 この場で家康が撃たれたら万事休す。


 取り囲まれた石田家家臣団と三成が敢え無く討ち死にしてせっかく取りまとめた約定《やくじょう》など、跡形もなく灰燼《かいじん》に帰す。


「ゆ、夢……内府をブッ殺したい気持ちはよく分かる。でも、今は。今は止めよう」


 三成は両手を挙げながら一歩進む。


「後で方策は一緒に考えよう。今、お前は冷静さを失っているのだ」


 夢の背後に、火縄銃を持った徳川家家臣が数名、居並んだ。


 それを見て、三成は焦る。


「夢……お前……命が惜しくないのか? 今、それをブッ放したら、お前は蜂の巣だぞ」


 因みに三成もである。


 夢を連れてきたのは三成なのだから、当然共謀していたと見做されるだろう。


「お前ら……よせ!」


 家康が火縄銃を持った家臣団を制した。


 夢は目を細めて、邪魔くさそうに言った。


「三成……私の懐からアレを取り出せ」


「あ、アレ?」


「早く。死にてえのか?」


 三成は夢の袖に手を通す。


「そっちじゃない。胸のほうだ」


「……」


 家康の目がジッと見てくる。


 新郎……というか夢の旦那の目の前で、彼女の胸元へ手を差し入れる。


 生温い柔らかな感触の中に……茶々からの送別の匂い袋と、カチリとした鋼鉄のような何かが手に触れる。


「こ……これか?」


 三成は、夢の胸から取り出した手錠を目の前でぶら下げる。


 夢は満足げに頷く。


「三成……お前……自分とあの男の手首をこれで繋げ」


「……」


「早くしろ。死にてえのか?」


 もうダメだ。


 何がどうなっているのだ。


 そういえば、平塚為広が手錠を作って武器庫の壁に並べてたっけ。


「三成! 早く! ワシの手を繋げ!」


 家康も必死の形相である。


 何でだよ!

 思考回路はショート寸前である。


 三成はゆっくりと家康に近づく。


 その右手を取り、自らの左手を手錠でカチリと繋いだ。


 利き手の自由は残しておきたい。


 夢……こと瀬名は、それを見てニッコリと満足げに微笑んだ。


 怖気《おぞけ》が立つほど美しい。


「お前ら……妾《わらわ》と一緒に夜の散歩に出かけるぞ」

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