第169話 パンツはない!
夢の輿入れが決まったのは、大谷刑部奪還後から一週間たたない内にであった。
「どういう風の吹き回しだ?」
三成は呟いた。
「もしかして……松平忠吉の忠告に耳を傾けて……!」
あの家康も息子の必死の説得にとうとう改心したのか。
「無いと思いますよ」
カニカマを食べながら、否定するのは黒田長政である。
長政は、第九の全体練習から東軍領内には帰らず……なぜか三成の私室に入り浸ってお茶している。
家康からは領内に帰るよう指示されているが、とりあえず体調不良という名目で居留守を決めこんでいる。
ノコノコ戻った日には粛清されかねない。
「初姫がご懐妊なので……焦ったんでしょう。このまま自分に反旗を翻した忠吉様に家督を譲るのも、癪に障るだろうし」
なるほど……子作り宣言ってとこか。
家康のやりように三成は腹の底からムカムカしてくる。
「めちゃくちゃムカつくな……あんな良い女を……クソ……」
夢は一般的に見ると、かなりの良い女である。
性根は別として。
三成なカニカマを噛みちぎった。
「貴方が決めたんでしょうが! 何をいまさら惜しくなってるんですか?」
別に惜しいわけではない。
惜しいわけではないが、かと言って家康に良い思いをさせたいわけではない。
「今の発言、茶々様に告げ口しますよ……」
「……吉兵衛、もっと食べていいよ」
三成は卓袱台に乗ったカニカマを二、三個余分に長政に分け与える。
茶々に知られれば=死、である。
「というわけで、輿入れの日程は七夕となりました。ロマンチックですね」
「なーにが、ロマンチックだ? 反吐が出るわい! 野暮が服着て歩いてる内府にロマンが分かってたまるか」
三成は悪態をついている。
「良かったですね」
「何が?」
三成は乱暴に応える。
「いや……戦もひとまず回避できそうだし、大谷刑部も木下頼継も無事に戻って来られて」
「まぁね……」
三成は頭を掻いた。
良いことばかりではない。
「修理(大野治長)が……病んでしまったそうだ」
三成はため息交じりに話した。
「はぁ……」
無理もない。
自分のせいで、息子くらいの歳の子どもを死なせるところだったのだ。
大野治長は結局、西軍領内には来なかった。
村田新左衛門の報告によると……自分の意志として引き続き東軍内で和平を目指す、とうい気持ちもあるという。
しかしながら、それ以上に……家康が身柄をガッチリ確保していた。
不当な目に遭っている訳ではなく、あくまで客人として丁重に扱われているというが……。
「別に、あの人のせいじゃないでしょ」
長政は藪睨みの目を瞬かせた。
「まぁ……理屈はそうなんだけどね」
こればっかりは、何とも言えない。
早瀬家の大黒柱が内記の大学受験の直前だというのに休職に追い込まれてしまった。
三成も、肩を落とす内記を慰めるしかなかった。
「ほら。刺激強めだから。この世界って」
三成は大垣城を訪ねて来た時の……大野治長の体育会系の見た目とは裏腹に、生真面目そうな眼差しを思い出していた。
「私が知ってる修理(治長)は、無駄にキモは太めでしたけどね」
無駄には流石にヒドイ。
「そこは、現世の性格に寄るのではないか?」
「貴方は……どうなんです?」
長政が突如、質問する。
「はい?」
「貴方も……現世のこと、少しは思い出しましたか?」
「それが……全く」
三成は不敵に笑った。
「全然、不明! 何の記憶もなし」
「茶々様に聞いてみたら?」
「ヤダよ!」
三成は即座に否定した。
長政がねっとりとした視線を三成の頬に向ける。
「謎のままの方が……良いと思わない?」
「自信ないわけですね……」
長政はカニカマを咀嚼しながら大いに頷く。
「確かに……結局、茶々様を修理に取られちゃったわけですしね」
「アイタタタ……痛い。胸が」
長政は容赦なく、ズブズブと刺してくる。
三成は卓袱台に額を突っ伏した。
「あ! これ、もしかして……第九の歌詞カードじゃないですか??」
長政が卓袱台にあった折り鶴を見て抗議の声を挙げた。
――そういえば、大谷刑部の奪還作戦を考えながら、手持ち無沙汰に歌詞カードで折り鶴を折ってたっけ……。
「ごめんごめん」
「もう! 信用ならないなぁ!」
長政は折り鶴を三成に投げつけた。
「今度は絶対に参加してくださいよ!」
長政の厳命が下った。
まだまだ第九の練習会は定期的に開催されるらしい。
◇
執務室には、増田長盛と長束正家が既に入っていた。
午後からは執務室メンバーとの会議である。
「草案、見てくれた?」
「まぁ、いいんじゃない?」
三成の問いに長盛が軽く応える。
目元が優しく垂れていて、相変わらず身体年齢は若いのにおっとりしたオジサンみたいな雰囲気である。
「ま、こんなもんでしょう」
正家も同意した。
青白い頬は相変わらずだが、暗殺未遂が茶番だと分かってから幾分顔色が良くなっている。
『一つ、伊吹山は西軍国固有の領土である。噴火・地震等による地形変化の発生においても引き続き西軍国国土とし……』
『一つ、伊吹山の洞窟(以下、特別指定洞窟)から現れるいかなる物体(以下、伊吹山出現物)の所有権は西軍国に帰属する。
但し、東西両軍(東西合同伊吹山連絡会:略称EWCI)に速やかに報告され、東軍への譲渡・移転を含む使い途については、定時もしくは臨時情報共有連絡者会議にて役員らが協議し……』
『一つ、特別指定洞窟から現れるいかなる生命体(以下、伊吹山生命群)はEWCIに直ちに報告され……』
『一つ、EWCIの役員の選定については大名二人以上の推薦人を擁し……』
『一つ、特別指定洞窟への物体リクエストについてはEWCIにて協議し、過半数の賛成を持って……(中略)但し、危険物および兵器生産(兵器とは化学兵器を含む)に関わる物質に関しては……』
『以上、約定の証しとして、女房・夢(西軍国国民)を和平の使者として東軍領内に遣わすことを……』
『東軍は女房・夢の基本的人権を守り……』
三成は草案を読んで額にジンワリと汗をかく増田長盛の顔を見つめた。
これから三成の草案を長盛がより専門的文書に落とし込んでくれる。
長束正家も鼻の下に少し汗をかいている。
「そういえば……二人ともラフな格好だな」
二人とも薄手の着物をリメイクした作務衣姿である。
「これからますます暑くなるからね……治部は袴なんて付けて暑くないの?」
増田長盛の言葉に三成は自分の服装を見た。 下は袴は付けているが、上は流石に薄手の麻の小袖にしている。
なんとなく、なし崩し的に服装をラフにするのは三成にとって座りが悪い。
唐突に三成は提案した。
「……いっそのこと、夏場は城内、全員パンツで過ごすか?」
「……」
「……」
「いや……だって全員パンツって決めたら、暑くないし、めちゃくちゃ過ごしやすいでしょ」
「……」
「……」
「いや……だって、誰の目を気にするわけでもないし。パンツでいたって何の不具合もないだろ?」
三成にとって、明確にルール化できるのであれば別にそれでも良い。
なし崩しが気持ち悪いだけで。
まさしくクールビズである。
既にほとんどの大垣城兵士の下着はフンドシからパンツに切り替わっている。
特に茶々のワンポイントのハート刺繍の入ったパンツは売れに売れて、ぶっちゃけ西軍政府の貴重な財源となっている。
東軍領内へのお土産品としても人気が高い。
「茶々様もいらっしゃいますしね」
控えめに増田長盛は否定で返した。
いくらなんでも半裸の男たちが取り囲んでいたら、茶々が怖がるだろう。
「流石にパンツはちょっと……てか、何言ってんの?」
長束正家は変態を見る目で見ている。
「……そうか」
三成は扇子を広げてパタパタ扇いだ。
セミの鳴き声がして、城内を夏が本格的に始まる気配が包んでいた。




