第165話 ガキの使いじゃない!
井伊直政は夜半に大谷刑部を訪ねた。
書院造りの部屋で大谷は姿勢を正している。
縄は解かれているが、部屋を兵士がグルリと取り囲んでいる。
ちょうど上杉の兵が千利休の屋敷を取り囲んだ時のように。
大谷の光る目が直政の顔を捕らえた。
和蝋燭に照らされた直政の顔は酷く疲れている。
「大丈夫か? 疲れているようだな」
「……人のことを心配している場合か?」
直政は呆れた。
昨日は木下頼継を痛めつける御役目だった。
今度は、大谷刑部の切腹の様子を大勢に見せつけるため、東軍領内の者たちに広く召集をかける役目を仰せつかっている。
「命令だ。我ら兵士は命令には従わねばならない」
大谷は直政に軽く微笑んで言った。
「だから、我ら兵士は朝鮮でも多くを殺したし、最上の姫の首も刎ねた」
秀吉が斬首の命を下したのは関白秀次の、まだ幼い婚約者で、それは美しい姫だった。
「所詮、我らは自我の無い駒だ……」
直政が罪悪感を持っているならその必要はないと大谷は言った。
直政は職務に忠実であるだけである。
「貴殿にひとつ、頼みがある」
項垂れた直政に大谷は提案する。
「切腹ではなく、斬首にしてほしい」
「……」
「たぶん……明日は見せしめのために大勢の見物客を呼ぶのであろう……彼らは期待する。
大谷刑部、どれだけ立派に切腹して果てるだろうか、と」
大谷は長い指を顎の下で組んだ。
「でも、もうそれはこの前やった」
大谷は関ヶ原で自刃した唯一の大将である。
立派に肚をかっさばいてその場で果てた。
「実は痛いのは……少々苦手なのだ。斬首でいい」
大谷は歯を見せて笑った。
屈託のない清々しい笑顔だった。
直政は思わず顔を伏せたが、その後ゆっくりと頷いた。
「茶々様を諦めるしか無いのであれば……石田三成ではなく、そなたに添って欲しかった」
直政は小さな声で告白した。
「アヤツはアヤツで、面白い男なのだぞ」
「面白いとかどうでもいいから。尊敬できるかどうかだから」
直政はキッと眦を上げる。
大谷はふと笑って言葉を続けた。
「それにアヤツは、そなたに似ておる」
「えええ……」
直政は不服そうである。
あからさまにショックを受けた顔をしている。
大谷はお腹を押さえて愉快そうにコロコロと笑った。
「その顔……めちゃくちゃ似てる……」
◇
第九の全体練習が大垣城大広間で開催されるため、東軍から人が乗った小舟が続々と揖斐川の河川敷に乗り付けられる。
三成はこの戦火の中でも、歌うためだけに人が集まるのを奇異の目で見ている。
「戦火の中……だからですよ」
黒田長政は、人々が集う様子に感激ひとしおである。
「ガンディーが非暴力で平和を訴えたように、我々は音楽で平和を訴える。ラブアンドピース」
「いや……ガンジーは相手がイギリスでまだ少しは話が分かる奴らだったわけだから……」
長政は熱心に視線を舟を降りる人々に向け、既に三成の話を聴いていない。
「よく内府が許可したな」
「許可、取ってませんよ」
「えっ!?」
「取ってません。だって、大谷刑部の切腹に大勢の召集かかっているところですから。みんな、その抗議のために敢えてこちらに渡ってきている者も大勢います」
――なるほど。大規模な死刑ボイコットというわけか。
「何かあったら、貴方が責任取ってくださいね」
――そのために組み入れやがったか!
流石、長政。用意周到である。
「お! お前も来てるのか?」
村田新左衛門の姿を見て、三成は気軽に声をかけた。 村田の顔は怒気を帯びている。
三成はその顔を見てそっと離れようとした。 首根っこを掴まれる。
「治部様。ちょっと、よろしいですか?」
「は……はい」
村田新左衛門の三白眼の迫力が凄い。
あまりの剣幕に三成は敬語になってしまう。
「あの……私はたぶん理系だったし、あまり歴史の授業とか好きじゃなくて……貴方のことは、教科書に出てくる部分くらいしか、知らなかったと思うのですけど」
村田新左衛門は執務室の中で真剣な顔で語り始めた。
三成は執務室で村田の姿を見るのを少し懐かしく感じる。
ちょっと前までは朝、執務室を整える村田の顔を見てお互い挨拶するのが日課だった。
「でも……私は妙に貴方のことは嫌いじゃなかったんですよね」
因みにだいたいの教科書で関ヶ原の記載はたったの1ページ。
多くて20行ほどである。
「貴方には……大勢の友達がいて……その友達のひとりひとりが、なかなか個性的で……良い友達じゃないですか?
だから……貴方はきっと、世間で言われているようなヤな人ではないのだろう……と」
「別に……世間なんて、どっちだって構わないけど……」
毀誉褒貶の多寡に一々構っちゃいられない。
「ぶっちゃけ! 僕らが肩身が狭いんですよ!! ホントにもう!!」
村田がテーブルを両手で烈しい叩いた。
「友達を見殺しにするんですか? 貴方のことを第一に考えてくれる友達を!」
村田新左衛門の目はもう必死である。
「貴方は……褒められたところばかりじゃないけど、友達思いのところは、すっごく尊敬できるところじゃないですか?」
村田は一気に捲し立ててから、少し咳込んで唾を飲みこむ。
村田の三白眼がじっとりと三成の顔を睨めつけた。
「なんとかしてくださいよ」
「……誰もなんともしないとか、言ってないじゃないの……」
三成は首に手を遣りながら小声で呟く。
茶々にしても村田にしても、今回は三成を蚊帳の外に置いていた割には執拗に責めてくる。
「今すぐ!! なんとかしてくださいよ! こちとらガキの使いじゃないんだよ! エエ!! キッチリ仕事を果たせよ! 治部少!!!」
村田は大きく身を乗り出した。
「新左衛門……言葉がヤクザ……」
あまりの迫力に、三成は身体を後ろに仰け反らせる。
「証明してくださいよ!」
村田は二度、テーブルに拳を叩きつけた。悔しそうに、拳を握りしめたまま言葉を振り絞った。
「世間に証明してくださいよ! やっぱり友達思いの良い奴だって。
イヤミで空気読めないだけじゃないって。証明してくださいよ!
考えて、考えて、考えろ!! 治部少!!」




