第160話 教祖誕生じゃない!②
「フフフ」
いきなり笑い出したのは徳川家康である。
「なるほど……二人の言い分は相分かった」
家康は目線を傍らの男に送る。
側に控えるのは古田織部である。
清州城で見かけることは、ほぼ無い。
「織部は……大野治長からだいたいの事を聞いている。これからは幕閣に加わってもらう」
織部は飄々とした顔でコクリと頷いた。
「もうちっと、早く内情を知りたかったがの」
織部は家康の言葉にニンマリする。
「上様がお尋ねにならなかったゆえ、某も話す機会がござりませんでした」
古田織部は大野治長を通じて、西軍の内情に詳しい。
そのため西軍ウォッチャーを自称している。
因みに大野治長は、息子・内記から情報を主に家庭で仕入れている。
「万千代(直政)……『祈り』というのがキモだと思わないか?」
「キモ、とは?」
家康の言葉に、直政が目を見開いて小首を傾げる。
「無理矢理祈らせることはできない、ということだ」
家康が黒と白の碁石を手の中で転がす。
「つまり……捕縛しても良いが丁重に扱わねば、いつでも祈られてワシの命が危ない。そう思わぬか?」
「し、しかしながら……!」
家康は反駁する直政に詳しく説明する。
プレイヤーの三人の意見が合って同時に『祈り』、はじめて願いが叶う。
その願いは叶うが不安定だったり、不完全だったりもする。
練習を重ねれば改善する。
ログインしていない場合は、複数……二人以上のプレイヤーの祈りで叶う。
願いは……たとえば人の命を奪う、などといったモラルに反することが叶うかは定かではない。
ただ家康にとっての最悪の事態も考えなければならない。
「大野治長が居なければ、茶々と戸田内記の好き勝手に願いが叶う」
碁盤に黒い石を二つ置く。
「逆に大野治長が居れば、茶々と戸田内記の好きにはならぬ」
白い石を間に置く。
「ややこしいゲームに乗せられたな」
――もし、モラルは別として命を奪うことがルール上できるのであれば。
家康が戦にて茶々を害そうとすれば、治長と内記は容赦なく家康に牙を剥いて『祈る』だろう。
残念ながら三名とも反家康で一致している。
圧倒的不利である。
但し、大野治長という人質は手の内にある。
家康を殺せば逆に家康の家臣たちが大野治長を生かしてはおかない。
こちらの世界で治長が死んだことによる現代への影響が不明な限り、早瀬家としても家康に手を出すのは危険とみなすだろう。
まずは大野治長の身柄を確保するのはマストである。
そして、願いの練習をさせずに魔法の確度を上げないことが肝要だ。
一方、石田三成の立場はどうだろうか?
一見彼らを手中に収めているように見えるが、果たして。
古田織部によると、戸田内記は母親のことで三成に不信感を抱いている。
その上、大野治長としては三成は茶々を巡る恋敵。
茶々の寵愛を三成が失えば、こちらも立場は危うい。
ここを上手くコントロールしてやれば、三人が一致して三成を害する可能性も否定はできない。
家康はなんだか面白くなってきた。
いずれ、三人とも始末せねばならない日が来るに違いないが、それまではこのゲームに乗るしかない。
「今回は平八郎(本多忠勝)の案に乗る」
家康は大野治長を生かすことを選択した。
「だからと言って、このままでは示しが付かぬし。どのようにしたら良いかのう。困ったな」
言葉とは裏腹にどこか愉しげである。
治長によって今回の伊吹山攻略が阻止されたのは明白である。
捨て置けない裏切りではある。
「武器の件……誠に申し訳ありません」
直政は額を畳に擦り付けた。
「いや……あれは誰でも分からぬ」
違和感に気がついた者もいただろうが、まさか精巧なレプリカとは思わないだろう。
まぁ、注意深い家康だったら気がついたかもしれない。
「まずは大野治長をこちらに呼び寄せよ。上等な部屋を用意して飽食の限りを尽くせ。外部からの情報をなるべく入れるなよ」
家康は治長をまずはもてなすように指示した。
「兵士たちに動揺が走っています」
本多忠勝が進言する。
「動揺ね……もし、動揺している者がおるならひっ捕らえて殺せ」
家康は目を伏せて指示する。
「えっ!」
本多忠勝は瞠目する。
「そうか。殺すのは無理でも、『再教育』はせねばな。その機関を早急に作らねば」
内部粛清によって兵士の数が減るのは家康とて避けたい。
しかしながら、魔法によって大野治長や茶々が巷で教祖のように祀り上げられるのは防がねばならない。
「平八郎……それから、木下頼継をひっ捕らえよ」
「ええっ!?」
忠勝は今度は慌てふためいた。
「木下頼継は銃殺刑にする。反論は許さない」
家康は口元に笑みを湛えながら、忠勝の青くなっていく顔を観察した。
「まさか……お前、このワシに反旗を翻すつもりじゃなかろうな?」
「まさか!」
本多忠勝としては、今、西軍への侵攻を止めたいだけである。
何も東軍の人員を減らしてまでの伊吹山攻略に反対であるだけで、家康への忠誠心が一欠片も揺るいだわけではない。
力攻めは間違いなく東軍の人員を削る。
確かに伊吹山から現れる道具は脅威ではあるが、東軍は人員の多さが唯一のアドバンテージなのである。
そこを削れば、やがて主君・家康を護る人員が不足しかねない。
大谷刑部の計画に消極的ではあるが加わったのも、ひいては主君・家康のためである。
「木下頼継は、不貞の罪で銃殺じゃ」
「不貞の罪……」
忠勝は思いがけない理由に驚いて仰け反る。
家康はその様子を見て、すこし戯けたように微笑んだ。




