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第159話 教祖誕生じゃない!①

「なんだか……様子がおかしくないですか?」


 左近が望遠鏡を覗き込みながら言った。


 揖斐川は激しい雨に烟《けぶ》っている。


「なんか……引いてるな……」


 三成も目視で確認した。


 大雨によって確認しづらいが、ぞろぞろと向こう岸の兵士たちは引いていくように見える。


「ま、まさか!? 勝った!?」


 堀靱負が叫ぶ。


「いやいや、勝ってはないでしょ」


 左近が突っ込む。


「……この雨じゃ、火縄銃なんか使えませんからね」


 こちらとて同じである。


 火縄銃を急いで帷幕の中に隠した。


 持参した大筒(大砲)も使えそうにないので専用の木箱に収納する。


 先方も今日のところは退却となったのだろう。


 それにしては退却がバラバラとしていて不自然である。


「靱負よ……吉兵衛に向こう岸で何があったのか、確認してくれ」


「はっ!」


 三成は堀靱負に指示する。


 靱負は本来は黒田長政の家臣である。


「何があったんだ……刑部!」


 三成は雨に烟る大谷家の幟旗《のぼりばた》を見つめた。



  ◇



「何があったのです!!?」


 清州城に戻る道中、馬を並べた大谷にストレートに尋ねてきたのは黒田長政である。


「やはり……異世界の魔法というのは、上手くいかないものですね!」


 テストでは上手く事が運んだのに……。


 雨に掻き消されないように、ハッキリした音声《おんじょう》で大谷は返した。


 雨が降って大野治長が神を宣言した瞬間、大谷も息子に続いて地面にひれ伏す予定だった。


 他の人間には頼めなかった。


 みな、誇り高い連中である。


 全面的に協力してくれた伊藤盛正が周りの注意を引くため、鐘を打ち鳴らしてくれたが。


 案外、目的のために土下座みたいなことを恥ずかしげも無く出来るのはこの世界ではなんやかんやで三成だけである。


 ところが……現実は大谷の前には井伊直政が立ちはだかり、ひれ伏すタイミングを逸してしまった。


 予定通りに事が運ばないのは……前世からの因縁だろうか。


「貴方をお助けしなくて大丈夫ですか!?」


 長政が藪睨みの目を大谷の顔に向ける。


「巻き込むわけにはいきませんから」


 企みが失敗した時に今後の三成を考えると、三成に協力してくれている黒田長政にまで類が及ぶことは避けたい。


 大谷はそう考えた。


 一方の長政は歯噛みした。


 知らされていれば、もっと上手く対応もできた。


 長政は耐えきれずに、馬を返して今度は大野治長の元に走らせた。


 走らせていく内に雨は上がり、既に夕刻になっていた。


「全部、話せ!!」


 長政は無理矢理、大野邸に乗り込む。


 自邸に引き返していた大野治長を見つけて、首元に脇差しを充てがう。


「ヒィ!」


 治長は驚いて両手を小さく挙げた。


「わ、分かりました!! 話します!」


 いきなりの乱暴狼藉に、治長は震えながら襟を直す。


「とにかく、我々早瀬家に魔法が使えることを内外に示す計画でした」


 治長も長政もまだ髪が濡れそぼっている。


 長政は寒くて少し身震いした。


 震える手で脇差しを丁寧に収める。


「大雨を降らせて、川の上流の堰を切り、洪水を起こす予定でしたが……あっちゃんが反対して、急遽、火縄銃と弓矢をレプリカに置き換える計画に変更しました」


 治長は大きな手を口元に充てた。


「本物を想像して願ったのです……そして飛んできたのはレプリカ。そこまでは計画通りでした」


 現代の物体を家族三人で願って、出来《しゅったい》させる実験は何度も行っていて……思い浮かべた通りの物体は一度も出なかったが、似たようなものは出現させられた。


 そこを敢えて応用した。


「局地的に雨を降らせたり、止んだりさせるのは……事前のテストでは、だいぶ成功率が高かったです。

 でも、リラックスしていないと実力が発揮できない……メンタルひとつで上手くいかない時も。ちょうどアスリートみたいですね」


 全体の地域となると、三日四日は平気でかかった。


 そのかわり局地的な豪雨はなんとかなる。


 雨はすぐに上がるが、成功率は高かった。


「そんな力を誇示したら貴方の命も危ういとは感じなかったのですか?」


 長政はふとそんな疑問を口にする。


「ええ。それは確かにこわいですね。 でも、僕がたとえ殺されても、西軍に直希とあっちゃんがいますから」


 願いが叶うのはログインしているプレイヤー二人以上が同時に願うことが条件である。


 すぐに仇は討てるし、この事実を知っていれば抑止力にもなるだろう。


 複数人が願えば叶う、の部分は直希の学校の安藤先生が調べてくれたことだ。


 ただ……こちらの世界で不測の事態、たとえば治長が殺されるなどしたら、現代に影響を及ぼす可能性はある。


 果たして無事に現代で意識が戻るのだろうか……?


 そこは依然として不明である。


「もしかして……たとえば上様……徳川家康を消してくれ、と願ったら叶う、ということですか?」


 治長は首を横に烈しく振る。


「いや……流石にそれは。祈ったこと無いですし、分かりません」


 長政が藪睨みの目で見つめる。 治長はキッパリ言った。


「叶うかもしれません。でも僕は願いませんよ」


「上様に……殺されるかもですよ?」


 三成だったら七夕の短冊に書くような軽さで試しに家康の死を願っていると長政は思う。


「絶対に願いません。絶対にです。人の命を弄びたくありません」


 きっと小早川秀秋あたりには散々、唆《そそのか》されてきただろう。


 でも……この様子では全て断ってきたのだ。


 長政は大野治長……もとい早瀬治という男に好感を持った。


 あっちゃんが最終的に惚れただけのことはある。


「僕は……教祖なんかになりたくないけど、あっちゃんがそれで助かるのであれば僕はそれで良い」


 篤子はこの世界に茶々として存在するおかげで、病状が進んでいない可能性がある。


 この世界で篤子を死なせるわけにはいかない。


「家康は、今さらなんであっちゃんを目の敵にするんですか?」


 お前のこともだよ……と長政は心の中で静かに突っ込みを入れる。


 長政は質問には答えずに、ため息をついて言った。


「事情は分かりましたが……前途多難ですねぇ。どうやって貴方たち家族を祀り上げるのか……」


 本当に魔法が使えるのであるから、目の前の大野治長という男にほんの少しのカリスマ性があれば……簡単だった気がする。


 てか、魔法を使えるのに誰も一目置いてないのが逆にスゴイ。


「井伊直政が、大谷刑部を訝《いぶか》しんでますよ」


 助ける方法を考えなくてはならない。


「助ける方法?

 ま、マズイことになりそうなんですか?」


 治長は分かりやすく動揺する。


 計画は半分成功、半分失敗である。


 あの瞬間、井伊直政が武器が置き換わったことに狼狽《うろた》えて、プレイヤー云々をあまり重要視してくれなかったからだ。


「あとは……一般の兵士たちの動きに寄るかな」


 まだ見込みはある。


 長政は思った。


 確かに今回が千載一遇だったとは思うが……まだ、魔法が確かではない中で行われたので、大成功とはならなかった。


――魔法の演出効果は限定的。


 但し一般の兵士に魔法のことが広く膾炙《かいしゃ》されれば、そのうち自然と早瀬家の地位はあがっていくだろう。


 長政はそう結論づけた。


 ところが予想に反して、長政が清州城に帰る頃は早くも……城内は上から下まですったもんだの大騒ぎになっていた。


「上様! すぐさま大野治長を捕縛し、処するべきです!」


 井伊直政が強硬に主張する。


「いや! 上様! すぐに大野治長を味方につけるべきかと!」


 本多忠勝は真っ向から井伊直政の意見に反対だ。


 忠勝の頬に充てられた布の血は既に乾ききっている。


 二人は家康に向かって噛みつくような勢いで進言する。


 清州城は徳川家重臣の二つの意見に大いに揺れていた。

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