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第158話 誰がために鐘は鳴らない!③

「我こそはーー! この世を統《す》べるプレイヤー! 大野修理亮(しゅりのすけ)治長であるーー!」


 タイミングはイマイチである。


 火縄銃をレプリカに置き換えたことが露見したからには、もはや雨のインパクトは半減している。


 でも、打ち合わせ通りに大野治長が頑張ってくれている。


 伊藤盛正も傍らに出て必死で鐘を鳴らしてくれている。


「我こそは、プレイヤー!!

 この世界を統治する、いわば神のような存在である! 否、神である!!!」


「まさしく!! 神の御業《みわざ》!!」


 いきなり脇から飛び出したのは木下頼継である。


 雨の中、地面にひれ伏す。


 ザワザワと兵士たちが顔を見合わせている。


「か、神とは……まことか……?!」


「神……神って……あんな感じなの?」


「神って……自分が神だとか言うものなの?」


 みな口々に囁き合う。


「神がいても、不思議じゃないね!」


 ダミ声の主は黒田長政である。


「こんな変な世界だもの。神が実際、目の前に現れても私は驚きませんね!」


 長政の言説に輿の上の治長はウンウンと嬉しそうに頷く。


 井伊直政は治長を見て暫し唖然としていたが、気を取り直して床几に座ったままの大谷刑部の頭を見下ろす。


「とりあえず今日は引くが、貴様……このままで済むとは思うなよ」


 井伊直政は全軍に告げる。


「引くぞ! 引けーーー!!」


「ちょ、ちょっと待てーーーい!!」


 治長が慌てて直政に突っ込む。


「修理! ちょっとどいてくれ! そこ通るから! 」


 井伊直政が面倒くさそうに、治長に告げた。


「あ、あの……プレイヤー、なんですけど」


 直政の憤然とした勢いに圧されて大野治長の輿を担いでいた者たちが道を譲る。


 治長は頭を掻いた。


「ど、どうしよう? 本当なのに……」


 演出がどうであれ、本当のことを宣言したまでである。


 広く魔法が使えることを周知するには、兵士がこれほど集まった場は他にはない。


 本当に魔法の力があるというのに……井伊直政は予想に反して全く驚いていない。


「貴公は何も悪くない。堂々としていなさい」


 怪我の治療を終えた本多忠勝が駆け寄って、治長に伝える。


 忠勝は視線を静かに目を伏せたままの大谷刑部に向けた。


「さぁ、これからが正念場だぞ! 大谷刑部!」



  ◇



――刻《とき》は一ヶ月ほど前に遡る。


 茶々の部屋を訪れたのは、大谷である。


 昼間、茶々は大垣城で夢が三成に抱きつく場面《シーン》を目撃した。


 衆目の前での破廉恥な行動に、無性に頭にきていてイライラしていた。


――もしかして、慰めに来てくれたのだろうか?


 大谷刑部はいつも茶々が落ち込んでいると、現れて慰めてくれる。


 実に紳士的な態度で。


「別に落ち込んでないのよ!」


 茶々は強がってみせる。


 大谷の優しさに甘えるだけなのは……自分でも恥知らずな気がして気が引ける。


「なんか……治部って浮かれてて、バカみたいって思っただけで」


 茶々の部屋で二人は向き合って座った。


 茶々は何でもないことのように扇子を開いてパタパタした。


 大谷に真剣な眼差しで見つめられると恥ずかしい……。


 全てを見透かされるようで。


 大谷は苦笑いを浮かべて肩をすくめた。


「俺は、これからアイツを裏切ります」


「えっ?!」


 茶々は弾かれたように大谷の顔を見た。


「貴女を護るにはこれしか思い付かなかった……すみません」


 大谷は眉を下げて茶々に謝る。


「金吾に全て聞きました……」


 小早川秀秋は暇を持て余していたため、大谷との雑談に乗った。


 現世で茶々と大野治長と夫婦であることや、戸田内記が息子であることなどを詳しく話したという。


――プレイヤーの願いは何でも叶うのだ。


 秀秋がイタズラっぽい目をして大谷に告げる。


「治部に聞いても良かったのですが……アレも忙しい男でね」


 大谷は苦笑いした。


 これから大谷は東軍領内に赴き、次男の木下頼継と共に大急ぎで東軍内のシンパを募るという。


 当然、その中には大野治長も含まれる。


 というか、この計画の要となるのは大野治長である。


「貴女と大野治長をこの世界の統治者にします」


「統治者? つまりは天下人ってこと?」


 茶々は大野治長に会えていない。


 会いに来ないし、会いに行くのはバツが悪すぎる。


 三成との仲を探られたくなかった。


「天下人……というより、神……ですかね?」


「神……?」


 大谷の言葉に茶々は大きな瞳を見開いてキョトンとした。


「大野治長を神、貴女を聖女と位置づけて、家康の上に君臨させます」


 家康よりも高い位置に早瀬家の面々を押し上げるという。


 大谷の長い指が頭上を指し示す。


「貴女方には……今は分からないかもですが、その力がある。

 これはおそらく金吾のいつものホラではない。俺も直感でそう思います」


 指し示した指と大谷の柔らかな表情も相まって、茶々は昔こんな絵画を見たような気がした。


「だから……貴女方の力を示す舞台装置が必要となります」


 その舞台は一発勝負で、戦場になるという。


「思っていたより、猶予《ゆうよ》が無いのです」


 大谷は指を組んで口元に充てる。


「伊吹山のことが家康に知れたことで、彼らも我々が決定的に……ゲームチェンジャーとなる武器を手に入れるのではないかと疑心暗鬼に陥っています」


 大谷は目を伏せた。


「彼ら東軍は早々に力で攻めてきます。必ず……一度、戦闘が開始されれば、あとは泥沼です」


 彼は視線を上げて茶々の目を真っ直ぐに見つめる。


「ですから……乾坤一擲《けんこんいってき》、その時に貴女方の力で『奇跡』を起こすのです」


 計画はこうである。


 力攻めの際、まずは両岸からの火縄銃の撃ち合いになるだろうから、茶々たちの力で天気を急変させる。


 大雨を降らすのだ。


「火縄銃は当然、使えません。大野治長はそこで登場します。彼は宣言する。この戦に異議アリ、と」


 天気に関しては大野治長がコツを掴んだようだ、と小早川秀秋から聞いている。


「その後、意図的に洪水を起こし、彼は戦争を続けようとする者らに対する怒りを表現します」


 洪水は魔法ではなく、人為的に梅雨時期の雨を堰き止めて起こす。


「ま、待って! 洪水を起こせば、巻き込まれて死んでしまう人が出るわよね」


 茶々が気色ばんだ。 「……そうですが、これは仕方がないかと」


「待って! 誰かが死ぬのはイヤなの!」


 茶々は細い腕で大谷の袖に取りすがる。


「……誰一人、傷つけたくないのよ! 刑部!」


 炭鉱でも奇跡的に人が死ななかったが、彼女にとって酷い心労だった。


 茶々には、ましてや自分のせいで人が傷ついたり死んだりすることがもう耐えられない。


「刑部、貴方もよ。貴方のことが心配です」


 茶々は必死で大谷の袖の布を握りしめる。


 その手は微かに震えている。


「俺は大丈夫ですよ」


 間近で目線が合った。


 茶々の視線を見つめ返すことしか大谷には出来ない。


「必ず命を大事にすると誓って」


 茶々の瞳の奥がゆっくりと揺れる。


「私に誓って……お願いよ。刑部」


 たぶん、誓えないのだ。


 大谷は茶々を安心させるように頷いた。


 茶々は安堵《あんど》の表情を浮かべる。


「治部には……相談したの?」


「いいえ。アヤツはすぐに顔に出るから、明かしてません」


 三成は分かりやすい男で、大谷だったら三成の細かな嘘でも見破ることができる。


 家康もそうだろう。 聡い男だ。


 これから大谷は、その家康と対峙しなければならない。


「貴女を救いたい」


 袖を掴んでいる茶々の手に大谷はそっと触れた。


「俺にとって貴女は……たとえ大野治長の妻であっても……誰のものであっても……」


 茶々の指先を握りしめた。


 今生《こんじょう》の別れになるかもしれなかった。


 大谷は愛しい女の手を離して、素早く立ち上がって部屋を後にした。

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