第16話 水がない!
三人の使者が帰ってきて丸三日が経った。
三成の処遇以外の和議条件は西軍各諸侯に共有され、東軍の襲来に備え揖斐川の河川敷には木製の柵がところ狭しと並んだ。
「やはり、猫にマタタビ。武士には土木作業! これに尽きますね〜」
左近が丘から、揖斐川を見下ろして言った。
まさに圧巻。
ちまちまキノコや山菜を採っていた兵士たちは、今までそれなりに楽しんでいた異世界転生スローライフをかなぐり捨て、肉体労働に精を出している。
土木作業となると考えられぬ程のスピードで山を切り崩し、何も言わぬ間に分担作業を推し進め、ここまで防波堤となる木柵を並び揃えてしまった。
秀吉が京都伏見城や備前名護屋城など部下に急ピッチで城造りをやらせ、士気を上げたのを間近で見ていた三成も感慨ひとしおである。
そう言えば忍城を水攻めにするための堤を築く際もみな、なんだかんだで楽しそうだったな。
「ただ、これ以上木を伐採するのは反対です」
隣で一緒に作業を見守っていた小西行長家臣・村田新左衛門が苦言を呈した。
揖斐川のすぐ近くの山で木材を調達していたが、一気に伐採すれば、土砂崩れが起きる可能性がある。
ただ奥の山に移れば、それはそれで距離がある分、運ぶ手間がかかる。
戦国期は杉のような真っすぐ生えている使いやすい木材は少なく、耐久性の問題で建材に向いていないブナが多い。
だが、細かい加工には適しているブナは今回の柵作りには重宝された。
いざという時に食料となる松も調達するのに気が引けたため、ブナを中心に切り崩したが、それにしても取りすぎた。
とにかくこの世界では木材がどんなことにでも必要である。
水を沸かすにも米を炊くにも、大量の薪が必要だった。
なので戦国期には木材調達や流通で名を挙げた家が多い。
長宗我部家などは材木の商売で成り上がった大名のひとつである。
末端の兵士らのために大垣城の城下町にも急ピッチで武家屋敷……とまではいかないが、小さな民家が建設されていた。
当然城のほど近くの森林の使える木材はすぐに切り倒された。
「二の丸の大門を解体するか……」
大垣城の門は全て檜で出来た高級品である。
それを民家建設に転用できないだろうか、と三成は考えた。
関ヶ原以前の大垣城主・伊藤盛政に承諾を得られるかは微妙だが。
関ヶ原合戦直前、三成には盛政を大垣城から追い出して妹婿の福原長堯を入れた引け目がある。
「城の防御はどうなさるので?」
村田が大きな目をギロリと向けて疑問を呈する。
「その代わり外堀を深くして備えよう」
「反対ですね。城の門は軍の象徴でもありますから。撤去すれば士気も下がる。ガッカリする者も多いと思います」
上の者にもズケズケと平気で反対意見を述べる。
三成は村田の小柄な背中にかつての自分を見るようで、なんとなく面映ゆい。
「とにかく、木は切りすぎないように。そしてすぐに木の苗を植樹し、水を掛ける。日用品にはなるべく竹を用いる。固くて加工しづらいですが……今やれるのはこれくらいですかね」
もう三週間近く雨が降っていない異常気象である。
このままでは田に苗を植えたとしても育たない可能性がある。
長束正家らがこちらも急ピッチで田畑の整備を進めているが、水がなければどうにもならない。
「こうして見ると流石の揖斐川も干上がって来ましたね」
左近が太陽の光を手で防ぎながら川を見渡す。
ところどころ、茶色い川底が剥き出しになって中州が出来ている。
これでは井戸水の枯渇も時間の問題である。
「雨乞いでもしないとダメかなぁ」
普段なら迷信など一笑に付すはずの三成も思わず天を仰いだ。
「海水を真水にする必要がありますね」
「できるか? 新左衛門?」
「そうですね。蒸留装置を作る必要がありますが。
鉄製の鍋が二つあれば……少量ずつですが。
田畑への水不足には、まさしく焼け石に水ですがね」
村田は揖斐川付近の地図に目を落としながら三成には目もくれず早口で話す。
「あと、火を使わずに川の水を濾過して飲料水にする装置も作れます。
これには石炭が必要ですが」
三成は左近と顔を見合わせた。
村田の知識を頼りにやってみるしかない。
「そういえば、内記くんがこのような物を持ってきました」
左近は懐から黄ばんだ紙を出した。
しわくちゃな紙に丸い細かい文字で書かれている。
「和菓子作り、ハチミツ作り、酒作り、ポテトチップス作り……なんだこりゃ」
「これからなんの職業に就きたいか、内記くんが同じZ世代にアンケート取ったそうです」
「Z世代……」
「ここに書いてありますが、酒作りが一番人気ですね。あとは少数意見としては、マヨネーズとか、ケン◯ッキーとか」
「酒飲みたいだけだろうが! お菓子作りって女子中学生じゃないんだから! ケン◯ッキー、作れるの?」
「それも可能性はあります」
村田が今度は三成の目を見てキリッと応える。
「圧力釜、作れれば……」
「なるほど……」
下の木材加工場から大きく手を振る者がいた。
村田を呼んでいるようだ。
「なにかあったようです。行ってみます」
一礼した村田は、紐で襷掛けをしながら早足で丘を降る。
その小柄な背中を三成と左近はしばし見送った。
「なんか、誰かさんに似てますね〜めちゃくちゃ既視感」
「どうだろう?」
言葉とは裏腹に三成の頬は緩んだ。




