第154話 話すことはない!
「埋蔵金探すんじゃないんだから!」
夜明け前に、小西行長が大垣城に現れた。
三成は行長の格好を見て呆れる。
木綿の白っぽいツナギに、黒の牛革のキャップ……伸ばした髪を後ろで一つにまとめている。
まるで、徳川埋蔵金を探すあのハンターみたいである。
「目立ちますね」
行長を見て左近も言った。
とにかくデカいし、只者じゃないオーラが出てしまっている。
「ダメダメ! 一発でコニタンってバレるでしょうが!」
三成は左近の持っている地味なネイビーの着物を持ってきた。
行長に着替えてもらう。
「それでは、行って参る」
行長は着物姿で傘を目深に被っても若干目立つ。
隣に松野重元から借り受けた十佐が影のように控えた。
まだ完全に日が昇っていない中、三成と左近は大垣城三ノ丸の大門で二人を見送る。
「お待ちください……!」
息を切らせて走ってきたのは戸田内記である。
大きな袋を持っている。
「これを……」
パックに入った大量のカニカマである。
「これ? どうしたの?」
三成が思わず叫ぶ。
「道中、ぜひお召し上がりください。刑部様にも……」
内記の気遣いのようだ。
三人は顔を見合わせる。
「実はズワイガニを……」
内記は一呼吸置く。
「北海道産高級ズワイガニを大量にと、祈ったのですが……」
「……」
三成は思わず無言になる。
「いいじゃない……カニカマ! 凄く美味しいよね!」
左近が明るく言った。
「そ、そうそう。何にでも合わせられるしね。カニより日持ちするし!」
三成も同調する。
行長はカニカマを見ながら複雑な表情を浮かべている。
「ていうか、内記君……このカニカマって現代から飛んでくるんでしょ。
ということは、どっかの工場とか店とか……ちょっと可哀想なことになってるかもよ」
行長はカニカマがどこから飛んできたかが気になっているようだ。
「オジサン、今後はあんまりやらない方が良いと思うな」
見た目はアメカジ系の若者だが、行長オジサンはとことん真面目である。
◇
逢瀬の場は、細川忠興別宅の茶室である。
美しい竹林がサァっと音を立てて風にそよぐ。清廉な空気を行長はゆっくりと吸った。
「刑部、私には……おぬしが分からぬ」
大谷は薄目を開けて行長の顔を見た。
西軍領に居た頃は何度か酒のツマミを差し入れに、行長のログハウスを訪れていた。
茶室で対峙する行長の顔はログハウスの世捨て人ではなく、やはり戦国武将の顔をしている。
「治部も大概オカシイが……おぬしは治部に輪を掛けてオカシイぞ。わけわからん」
大谷は笑った。
「笑い事ではないぞ。昔からおぬしは本当にオカシイ」
大谷刑部はまるで常識人みたいな顔をして、行動に突飛なところがある、と行長は思う。
若い時分、秀吉の不興を買って、申開きもせずにそのまま出奔したこともあった。
仲間たちは青くなって大谷を探した。
必死で秀吉をとりなし、事なきを得た。
「なぜ仲を違える必要がある? なぜ力を合わせて事に当たらんのだ?」
行長は必死で大谷に訴えかける。
「私も佐吉も……本当におぬしが大事なのだ。紀之介!」
行長は敢えて幼名を口にした。
少年の頃からずっと仲間だった。
「力攻めが近いぞ。弥九郎」
大谷が低い声で言った。
大谷の口元は柔和な笑みを湛えているが、その目はどこか遠くを見ているようだ。
「戦争が一度始まれば……両者、血みどろになるまで終わらない……そう思わないか?」
大谷はゆっくりと湯呑みの茶を飲んで、その目を行長に向ける。
「佐吉では、戦を防げない」
戦を防ぐ、という覚悟が無い。
大谷にはまだ三成の欲が見える。
そして……マズイことにその欲こそが三成の何者にも代えがたいところなのだ。
「たとえ、内府に味方して、一時的に安泰になったところで……おぬしの立場だって、何の保障もないのだぞ!」
行長が大谷を引き戻そうとする。
第三勢力の結集がどのくらい確固たるものになるのかは分からない。
「こちらには大勢、おぬしを慕ってくれる仲間が既にいる。
家臣が、息子が……あんなに良い息子がいるじゃないか? 何が不服なのだ?」
大谷刑部はこれから、第三勢力……あれら個性的なメンツが一丸となれるほどの強い絆を結べるのだろうか?
「このままでは……最低限、護るべきものも護れない」
大谷は落ち着きを払った口調で視線を床に落とす。
「どんな犠牲を払ってでも、俺は護るべきものを護る。
もはや、佐吉や弥九郎が……どう思ってくれても構わない」
行長の話は大谷には、もはや通じない。
はじめから聞く気がなさそうだった。
「何も話してくれないんじゃ……分からないだろう?!」
悔しさに行長は拳を握りしめる。
自分だったら……心を開いて、本音を話してくれると思っていた。
信じられない。
――大谷刑部が別の道を進むことになる。
「弥九郎……今回は黙って俺の信念を貫かせて欲しい」
「裏切るのか……? 佐吉を」
行長は視線を無理に合わせようとする。
「あの、佐吉を裏切るのか?」
真っ直ぐ姿勢良く座る……小さい頃の三成の背中が目に浮かぶ。
「来てくれて本当に嬉しかった。弥九郎。おぬしじゃなきゃ会わなかった」
大谷は深々と頭を下げた。
「もう、話すことは何も無い」
無音の茶室にポツポツと雨が降り始める音が響いた。




