第153話 妙じゃないことない!
京都にある映画村に足を踏み入れたのは初めてである。
安藤は精巧に造られた長屋や、団子屋や蕎麦屋などの店構えを興味深げに見ている。
「戦国時代に似てる?」
隣の真美子が尋ねる。
「……あまり、似てないですね」
たぶん、町並みのモデルになっているのは江戸時代の永禄年間あたりなのではなかろうか。
建築様式などが微妙に異なる。
戦国時代の方が建物はよりシンプルだし、安藤があの世界で感動したのは圧倒的な自然美だからあまり懐かしさも感じなかった。
京都に車で来たのは気分転換である。
真美子は昨日の一件が尾を引いて元気が無い。
早瀬篤子の母親を怒らせてしまったことを悔いているようだった。
甘い物でも食べて元気を出してもらおうと誘ったが、昔の町並みを見てみたい、というのでドライブがてら遠かったが映画村に来てみた。
真美子は町並みに興味を持ったようで、芝居小屋などを丁寧にじっくり観察している。
「与田君がこういう場所でお芝居してるんでしょ? 不思議ね」
芝居小屋には色とりどりの幟がはためいている。
「本当に上手なんですよ。現世でやらないなんてもったいないくらい」
安藤があの世界で観劇した際の与田真佐人は役者になるために生まれてきたようなスターだった。
親しみやすい現代の与田真佐人とはまるで別人である。
安藤がトイレに入って手洗いで手を洗うと大声が聞こえてきた。
撮影の準備だろうか……撮影スタッフと見られる人たちもたまに見かけたが、大声で騒いでいる彼らもそれらしき人物である。
「どうすんの? どうなってんだよ? 火縄銃が無いって!!」
半ば呆れ気味に中年の髭面の男性が言った。
「はぁ……どうやら倉庫から大量に盗まれたらしいですよ」
黄色いパーカーを着た若者が声を潜める。
「長篠に火縄銃がなかったら、どう撮影しろって言うのよねぇ!!」
織田信長の物語でも撮影するのだろうか。
「今、全国から掻き集めてるそうで。N◯Kさんとか……」
ADらしき若者が詰められているので、気の毒になり安藤は視線を逸らした。
そう言えば武器庫の鍵を預かってたな……安藤は武器庫には数度入ったきりである。
それから火薬の調合を見たり、火縄銃の試射を見学したりしたっけ。
あれ? そもそも鍵って返したっけ?
突然、携帯電話が鳴った。
画面は秋葉原の『テック・リカバリー』である。
ハンカチで丁寧に手を拭いて電話に出る。
『安藤さん? 八十島でぇーっス!』
ひとこと目からウザい。
『ハードディスクの件なんですが!』
八十島によると、何重にもパスワードがかかっていたので、かなり解読に苦労しているという。
物理障害ではなく、論理障害で間違い無いというが……。
『無駄にセキュリティが強化されてたのでなかなか解読出来なくて!
ツールを使ったりして何とか一部だけ!』
あらゆるフォーマットを実行し、手を尽くしたらしい。
『ところが……! 一度アルゴリズムを解読しても、翌日には開けなくなるんですよ……このハードディスクは正直、ウチの手には負えないですね』
安藤は思わず電話を取り落としそうになる。
『RSAアルゴリズムが設定されていて、都度、暗号が誰かに飛ばされている可能性はありますね』
安藤は困惑する。
元はツ◯ール2000のゲームデータである。
そんなセキュリティが強化されるはずがない。
因みに、RSAアルゴリズムは1977年に開発者のロナルド・リベスト、アディ・シャミア、レオナルド・エーデルマンの頭文字を取って名付けられた公開型暗号アルゴリズムである。
「何処で……全てを解読できそうですか?」
『うーん……NASAとか?』
「NASA……」
ずいぶんと突飛な話である。
『とりあえず、今、分かったことをお伝えしますね!』
八十島は画面を見ながら電話をかけているようだ。
クリック音が聞こえる。
『ご褒美の宝箱ですが……ログインしているプレイヤー全員が同時に願わないと開かなかったりするんです』
プレイヤーは今のところ、茶々、大野治長、戸田内記である。
原則、その三人が同時に願わないと『宝箱』は開かない仕組みらしい。
その内ログインをしていない者がいれば、複数人……二人以上のプレイヤーで叶う。
『書き加えられたスクリプトなんか、面白いですよ。自殺の場合は、大坂城のストックからではなく、別のところから人が飛んできます』
大坂城のメンバーだけではなく、隠しキャラとして生死を問わず有名武将や姫などが設定されているという。
「自殺……? そんな細かい設定があるのですか?」
安藤は呟く。
なぜそんな設定があの単純そうなゲームに入れ込まれているのか。
「切腹……切腹って自殺ですか?」
なんか安藤自身が妙なことを訊いている自覚はある。
『良い質問ですね! 切腹は半分、自殺です! 二人いたら一人の割合で大坂城からではなく、別の場所の、あるいは死者が蘇ったりしますね!』
電話じゃすべてを話せないから報告書を上げて一旦調査を終了する、と八十島は言った。
『全部を解明するにはぼちぼちツールを試して、一つずつ解決していくしかなさそうッスねぇー!』
電話を終えて安藤は真美子の姿を探す。
真美子はベンチに座って温かいペットボトルで手を温めている。
安藤は隣に座った。
真美子の楚々とした横顔が美しいので、暫し見惚れる。
昨日の涙を見てから妙に意識してしまってダメだ。
安藤は自分が極めて単純な男だと自戒する。
「誰から?」
真美子が白い息を吐きながら訊いてきた。
「ハードディスクの業者さんからです……妙なことになりました」
安藤の返答に真美子が吹き出す。
「フフ……妙なこと、ばっかりじゃない?! 今さら! 何言ってんのよ!」
安藤は立ち上がった。
真美子に自然と手を出した。
自分でも驚く。
「妙なことばっかりだけど……偶然じゃないのよね」
真美子はおずおずと安藤の手を取った。
温もりが安藤の心に染み渡る。
そのまま潤んだ瞳で真美子は安藤の顔を見上げた。
「これって偶然じゃないよね……昔から決まっていたことみたいに感じる……」




