第152話 意味がないなんてはずない!
「これは、松野殿!」
松野重元が執務室の三成を訪ねてきた。
「どうやって、こちらに入られたのですか??」
西軍領内への通行手形はかなり厳しく管理されている。
「すごいもの、手に入れましたから」
重元は人懐こい笑みを浮かべながら、通行手形の木札を出した。
花押と印を見ると、『松平忠吉』のものである。
「これは!」
重元によると、松平忠吉のものは関所通行時に役人による細かい検査が無いらしい。
重元は村田新左衛門から譲り受けたという。
「刑部殿は……本気で第三勢力を作り出しそうですよ」
今日は三成に東軍領内での大谷刑部の動きを報せに来てくれたという。
以前から親交のある、福島正則や藤堂高虎に加えて、細川忠興……そして、松平忠吉が大谷刑部に「接近」の兆しがあるという。
「シンプルに凄いな」
短期間でこれだけやる男である。
三成は嘆息する。
「特に……刑部殿が最近、頻繁に会合しているのは……大野修理(治長)殿です」
治長と大谷刑部が繋がるのは思ってもみなかった。
三成は茶々の顔を思い浮かべる。
「そういえば、東軍に逃れてきた伊藤盛正殿とも早速会合を持ってましたよ」
三成の首元に悪寒が走る。
伊藤盛正は三成と長束正家の首を手土産にするつもりだった。
土産を渡す先は家康かと思っていたが、果たして……大谷刑部かもしれない。
「毛利宰相(秀元)の動きはどうですか?」
「秀元殿は……あまり大谷刑部を信用していないようですね。刑部殿は会いたいでしょうが……むしろ、秀元殿は避けているご様子です」
完全なる家康派の身内・吉川広家の意向もあるだろうし、秀元は慎重なのだろう。
「どう思われますか? 第三勢力……」
松野重元が少し不安げに首を傾げる。
「いや……どうって」
もし、大谷刑部の第三勢力構想が成立した暁には真っ先に危うくなるのは誰であろう、三成である。
徳川家康と大谷刑部率いる第三勢力の緩やかな連帯により、表面上の平和は保たれる。
だが、数の上でも武力の上でも――圧倒的強者による、政治的に対立した者への粛清がすぐさま始まるだろう。
徳川家康が三成を「ほうっておく」なんてことはあり得ない。
伊吹山の領有も東軍は大した血を流さずにやれるだろう。
「茶々様を救う……という一点においては、上手い方法と言えなくはない」
三成の結論はそこに辿り着く。
大谷刑部が自分を見限り、茶々のみを護る方策にシフトしたならば、この方策は案外間違いではない。
初を養女にし、松平忠吉の岳父となる。
それから茶々を娶り、西軍国民の拠り所である茶々を手の内に入れながら、第三勢力の長として君臨する。
三成や執務室メンバーの粛清までは当然、止められないが。
切腹するのが三成と正家くらいであれば、あるいは。
そこを落としどころにしてくるだろうか。
そこまで待たずとも、手っ取り早く西軍領内の『もぐら』によるクーデターを大谷刑部が扇動すれば、三成は瞬く間に血祭りに上げられるだろう。
「その通行手形で……小西行長を東軍に送ることは可能ですか?」
ふと思い付いて三成は尋ねる。
ぶっちゃけると、三成はこの通行手形を借り受けたい。
「出来ると思います。用心棒に十佐を付けますよ」
「ありがとう。松野殿ぉ! 助かります」
三成は重元の手を取って礼を言った。
「私はこちらにもうちょっと滞在しますから、なんなりとお申し付けください」
執務室を出た廊下の奥に、重元の従者で元首斬り人の十佐が控えている。
右目の黒い眼帯に、頬と顎下まで火傷の痕が痛々しい。
痩せた小柄な体躯はどこか異質なオーラを放っている。
「十佐の火傷の痕は……治りませんか?」
三成は小声で重元に言った。
「この世界に入る前からですからね。無理なんでしょうね」
重元は柔らかく諦めた口調で応える。
「お気遣い、ありがとうございます」
真っ直ぐに三成の目を見つめる。
「何があっても、お味方します」
◇
大垣城の大広間には強烈な西陽が差している。
「なに、タソガレてるんですか?」
振り返ると珍しく戸田内記から声をかけてきた。
「なんだ? 宿題は終わったのか?」
「あのね……ガキ扱いしないでください」
三成からして見ると充分ガキである。
「天気……変えたの、僕らです」
外は久々の太陽の光が雲の隙間から大地に差している。
オレンジ色の光が神々しい。
「一昨日くらいまで、雨降ってましたでしょ。この晴れ間、僕たち家族がやりました」
「そうなの?」
三成はチラリと内記の表情を確認した。
「時間……かかった?」
「そうですね。今回は四日くらいかかりましたかね……」
なるほど、とつぶやいて三成は人差し指で鼻の横を掻く。
「……偶然なんじゃない?」
「ち、違いますよ! ちゃんと声に出して祈りましたし!!」
内記は思わず勢い良く反駁した。
「コツが掴めるようになってきましたから!」
三成はあまり興味の無い様子である。
「信用してないでしょ!!」
「信用……してますよ……」
本当はちょっと信用していない。
プレイヤーの能力は使えるほどには安定していない。
「アンドゥー……じゃなかった。長宗我部先生がいろいろ動いてくれてて」
内記は目元を赤くする。
「なんか、不思議です。この世界で繋がった人たちが、実際の世界でも深く関わったりして……」
三成は内記の今は素直な子供のような顔をじっと見つめる。
「ずっと、この世界は『何か』のためにあるんだと考えてた」
内記の色素の薄い瞳が夕陽に照らされている。
「その、『何か』はきっと、君のお母さんに関係があるものなんだな、と」
確信は無かったが、やはりこの世界には何かしらの意味があった。
「俺は……俺が存在している意味も知りたい」
プレイヤーだけでなく、他の人間もひとりひとり存在の何かしらに意味があると思いたい。
「ここにいる俺らは全体から見れば駒の一つなのかもしれないけど……ここに心が、魂があるのなら、その意味を知りたい」
ここに存在する魂は何処から来て何処へ向かうのだろうか。
「君のお母さんの魂を救うためにも、きっとそれは重要なことなんだ」
三成は命を救う、とは敢えて言わなかった。
医療のことまでは分からない。
あくまで『魂』を救うのである。
「そのためには……この世界を一日も早く平和にしないと」
内記が頭を抱える。
「平和になるのかなぁーー!? 本当に?」
この世界の大人たちは争ってばかりである。
「もちろん。保証するよ」
但し三成はその時、既にこの場にはいないかもしれない。
『天命』と大谷刑部は言った。
「カッコつけやがって……」
三成は独りごちた。
大谷らしい大袈裟な言い回しである。
三成もまた『天命』に従うしかないだろう。
二人は肩を並べて山並みの向こうに沈む夕陽を真っ直ぐに浴びた。




