第147話 メンヘラじゃない!
「わ! スマホ!」
左近の言葉に三成がスマホをいじりながら片方の口角を上げた。
左近は主君からスマホを借り受ける。
スワイプして、久しぶりのスマホの感触を確かめた。
三成の小さな部屋(二の丸の狭い元布団部屋)に四人の男たちがひしめき合っている。
小さな木製の卓袱台に永井辰之進が万年筆を手に持っていて、その隣に当然のように黒田長政が頬杖を付いて左近を見上げている。
左近は三成にスマホを戻した。
三成はスマホをスクロールする。
「それ、どうされたのですか?」
「『時空のヒビ』から盛親に送ってもらったのだ。電源も電波もないから、そんなに長い時間使えないけどね」
充電が切れたらただの板である。
「画像フォルダに、この世界でも使えるような豆知識をたくさん入れてくれてるから……辰之進に転記してもらっているのだ」
永井辰之進が微笑む。
三成が読み上げて、辰之進が記していくという。
「すぐに、書き写さないと。時間との勝負ですよ」
その割にはのんびりしている。
黒田長政が口を挟む。
「これまでの土佐守(盛親)の調べ上げた経緯も書かれてるわけでしょ?」
「そうそう。凄い行動力」
三成は頷く。
この世界が元はゲームの中であることは確定した。
しかし、ゲームの内容とは完全には一致せず、不明な点がなおも多い。
盛親は中身を専門家に調べてもらっている。
ゲームは現代で茶々と大野治長の同級生だったという男の作だという。
盛親はライターやマッチ、リチウムポリマーバッテリー、ドライイーストや品種改良された野菜の種に至るまで『お土産』を用意してくれる。
伊吹山総合病院に監視カメラが増設されて、しばらく『時空のヒビ』には近づけなかったが……清掃の田所さんというオジサンに話を付けて毎週木曜日の朝は『霊安室』の掃除を代わってもらうことができたという。
「それに……これ」
三成は待ち受け画像をクルリと反転して見せた。
褐色のかなり胸の大きな女が裸で脚を広げ卑猥な格好をしてこちらを見ている。
「おおおーー!!」
「いいなぁーー!!」
悲鳴のような歓声があがった。
左近も思わず釘付けになって卓袱台に膝をぶつけそうになった。
黒田長政がチラリと目線を上げて呟く。
「私は……もうちょっと控え目な方が好みですね」
言い方がとぼけている。一堂は笑った。
永井辰之進と黒田長政が連れ立って食堂に向かった。
長政はインテリの辰之進とは気が合うらしい。
「何か、元気ないじゃないですか? どうしたんですか? 今朝のモーター作りが上手くいかなかったからですか?」
左近は三成を気遣った。
以前、『時空のヒビ』に送ってもらった電池・磁石と今回送ってもらった銅線でかなり簡易的なモーターを作ったが、回り方がゆっくりのため周囲の評判は悪かった。
内記などは欠伸しながら見ていた。
「ドローン開発までは……時間がかかるな」
ドローンにカメラを付けたり、農薬を散布したりするのは夢のまた夢である。
とにかく、太陽光発電にしても、大容量モバイルバッテリーが必要である。
電気がない以上……そして、『時空のヒビ』を通るもののサイズが変わらない以上、なかなか急激な発展は見込めない。
炭鉱事業はやはり安全面で時間がかかる。
増田長盛から依頼され、石田家家臣団が動いているが、他に掘り進められる坑道を見つけるのに苦労している。
炭鉱から出た排水は佐和山方面が断崖絶壁になっているため、海に放出しやすいが、反面、海は広いと言えども生態系に及ぼす影響も少しは考えなくてはならない。
炭鉱があっても、『時空のヒビ』があったとしても、世の中の発展はかなり緩やかなものとなるだろう。
「早瀬家の方々が使える能力もありますし、そんなに落ち込むことないんじゃないですか?」
左近は早瀬家だけが使える魔法をまだ目の当たりしたことは無い。
「あの能力……不安定過ぎる」
確かに叶うには叶うがタイムラグがある上に、微妙に内容が違う。
三成は左近にスマホの画像を見せた。
「これは……」
病室らしきベッドで酸素マスクをした女性が横たわっている。
信じられないほど痩せていて、顔色が青白い。
その目はしっかりと閉じられている。
「茶々様ですね……」
「……きっと、俺のせいなのだ」
三成は唇を噛み締める。
「きっと、俺がなんかやらかしてこんな目に。幸せだったのに……!」
大野治長が言っていた『お前のせい』がいまさら心に迫ってくる。
戸田内記も大谷刑部も言っていた。
『全てお前の責任』なのだと……。
「具体的に……殿が茶々様に危害を加えたわけではないのでしょ?」
左近は戸惑いの表情を浮かべる。
「詳しいことは左近も分からないし、殿も聞いておられないのだから、クヨクヨしてもしょうがないですよ」
「……だって、左近。俺は生きているだけで罪を犯し気味じゃない?」
左近は主君を顔をマジマジと見つめた。
不遜な三成には意外とこういうクヨクヨした卑屈なところが出てくる時期があって、左近は心の内で『ナーバス期』と呼んでいる。
ちょっと前までは無駄に強気だったくせに。
左近にとっては頗る面倒くさいが……まぁ人間らしい。
「否めないですけど、殿が生きてるだけでみんな斃れていくんだったら、まずは左近が真っ先に斃れてますよ」
左近はほぼほぼ迷惑しか蒙っていない。
斃れるとしたら真っ先に自分であるとの自負はある。
『カシャ』 左近は三成の落ち込んだ姿とともに自身はピースサインをして自撮りした。
「ちょっと! 勝手に撮らないでよ」
三成が目を剥いて怒っている。
「減るもんじゃあるまいし、別にいいじゃないですか?」
思春期じゃあるまいし、面倒くさい。
「写真……苦手なんだよ」
「魂吸われる……みたいなことですか?」
幕末か明治の人みたいである。
「あっちの世界も写真残してくれるかも。元気になった茶々様の姿を見たいですよ」
左近が感慨深げに話す。
「子持ち人妻だけどな」
こっちには若くてピチピチしたのが存在する。
でも、小早川秀秋が言っていたように、こちらの世界で何かショッキングな出来事があれば……現実世界で影響を及ぼさないとも限らない。
ましてや、現代で茶々は不治の病で病床の身なのだ。
「何だ? 二人で悪だくみか?」
「コニタン!!」
三成は驚いて声を張り上げる。
小西行長が大垣城に来るのは珍しい。
イースト菌が手に入ったことを早馬で伝えたから、きっと矢も盾もたまらず足を運んだのだろう。
目下、行長はパン作りにドはまり中である。
「紀之介(大谷刑部)離反だって?」
行長はどこか愉快そうである。
左近は慌てて、顔の前で手を振った。
「アウグスティヌス様……今、殿はメンタルがヤラれてまして……」
左近は洗礼名で行長を呼んだ。
左近は行長のこの洗礼名がカッコいいのでお気に入りである。
「人の気も知らないで……」
三成はゴンッと卓袱台に額を突っ伏した。
「落ち込んでるヒマ無いだろう? ちっとはシャキっとせい!」
行長は豪快に綺麗な歯並びを見せて笑っている。
「執務室メンバーの前では、出してはないのだが、おぬしの前ではな……」
別に離反のことを普段クヨクヨ考えたりはしない。
本心である。
ただ小西行長が相手だとどうしても必要以上に弱くなる。
行長がすぐに卓袱台にあった鰻の骨せんべいをポリポリ食べ始める。
「何が原因なの?」
「さぁ……」
いろいろあり過ぎて、分からない。
「俺が話に行こうか?」
行長は鰻の骨せんべいの塩気が気に入ったらしく、大量に手のひらに乗せている。
「いいの?」
「嫌だけど……しょうがないだろ」
この場合、大谷刑部に話ができるのは広く見渡しても小西行長以外に見当たらなかった。
「説得……できそうですかね?」
左近が不安げに言った。
「さぁ……紀之介も頑固だからなぁ」
行長はのんびりと応える。
一度決めたら梃子でも動かない頑固ぶりにウンザリすることもある。
ただ、流石に行長が行けば大谷だって本心を話すだろう。
事態は奇しくも関ヶ原直前のような……調略合戦の様相を呈している。
行長はその因果に苦笑する。
敵味方入り乱れて、まさしく混乱の極みである。
人間の本質はなかなか変わらないのかもしれない。




