第145話 そうじゃない!
「嘘!! スー◯ーカップじゃん!」
大垣城――茶々の部屋の前の廊下にスー◯ーカップの抹茶味が置かれている。
内記は頭を抱えた。
「スー◯ーカップじゃない! ハー◯ンダッツのバニラだから!!」
あの実務者会議から丸三日である。
村田新左衛門がすぐに大野治長に伝えてくれたようで、自宅の冷凍庫(現代)にはハー◯ンダッツのバニラ味が五つ買ってあった。
そういうことではない。
「けっこう、美味しいよ」
早速、茶々は食べている。
「品質に問題があるかもしれないから! すぐに食べないでよ!!」
時空を超えているのだから、宇宙で浴びた放射線やらなんやらが含まれているかもしれない。
それなのに茶々こと……お母さんは美味しそうに木のスプーンで食べている。
「ナオくん、心配しすぎ!」
茶々はイタズラっぽい目を息子に向けている。
わが母ながらめちゃくちゃ可愛い。
「なんか……違う。バニラですら無いし……でも全く叶わないわけじゃないし」
内記は畳に手をついて苦悩している。
家族総出で願えば叶うことは証明された。
しかしながらその魔法は効果がめちゃくちゃ不安定なことも確定した。
「ちょっと!! 何食べてるんですか?」
三成が驚愕の表情を浮かべる。
早速、内記は三成を呼んできた。
なんだかんだ頼らなければならないのが腹立たしい。
「ゴホン! 治部様……我らプレイヤーが役立たずで無いことが証明されました」
内記は咳払いをしてから続けた。
「ハー◯ンダッツ、バニラ味を家族総出で願ったところ、このように……」
「ハーゲ◯ダッツでもバニラでも無いじゃん! ラクトアイスじゃん! 全然別物じゃん! その能力大丈夫なの?」
こんな時の三成は容赦ない。
「お父さんが間違えたんじゃない? お父さん、ほら、抹茶味が好きだから」
茶々が救いの手を差し伸べる。
「いや……それは無い。冷蔵庫にはハー◯ンダッツ、バニラ味がキチンと入ってたから……」
やっぱりチート能力じゃなかった。
内記は項垂れる。
「ま、まぁ……使い途はあるだろうし、ちょっと似たようなモノを出現させることが出来るのであれば、それはそれで……」
三成は気の毒そうな顔になって内記を慰めた。
「もしかしたら! レーザー銃とか! 願えば出てくるかも?!」
「修理(治長)が願わないんじゃないか?」
内記の思い付きに、三成が冷静に疑問を呈する。
「そうそう。お父さん、平和主義者だから」
茶々も首肯する。
願いは全員一致でなければならない。
「それに……なんなら水鉄砲とかになりそうだわな」
三成が呟く。
思っていたのとは違うのが来る。
茶々が美味しそうに食べているのを三成は横目で見る。
「茶々様……ひと口」
「ん! いいよー!」
内記がズイッと横から二人の間に入った。
「僕ももらう! 治部様、どいてください! 僕が先!」
間接キスなど許さない。
◇
大谷刑部の離反が決定的になり、西軍諸侯たちに少なからず動揺が走っている。
三成は請われて久々の執務室に顔を出した。
「そろそろ、禊は済んだだろ? とにかく今後の段取りを打ち合わせておきたい」
増田長盛が早口で説明した。
要は現場復帰が許された、ということらしい。
「刑部は、もう戻らないつもりなのかな」
長束正家が三成に尋ねる。
「そうなんだろうな」
三成は頷く。
大谷刑部は個人的な離反のようだ。
長男・吉治に預けていた部隊も、湯浅五助でさえ置いてたった一人で東軍に奔った。
「平塚為広殿が気の毒なくらい消沈していて……」
平塚為広の意気消沈振りはまともに見られないほどである。
全く事前の相談が無かったことも、親友の為広にとってみたら、大ショックである。
「それは、治部も同じだろう?」
宇喜多秀家が慮る。 「いいえ。全然。去った男のことを考えてもしょうがないでしょ」
三成は冷たく言い放つ。
動揺が走った味方を今一度結束させねばならない。
「とにかく、あんな薄情な男のことは忘れて、新しい男に目を向けまひょ」
田中吉政は難しいにしても、やはり藤堂高虎は聡明で話が通じる。
福島正則は……考えは足りないが、純真で猪突猛進型。
情に訴えかければ、説得できる可能性はある。
内記からの報告を聞いてみて、三成が率直に感じたことである。
軽く打ち合わせを終えて執務室を出ようとすると、宇喜多秀家から声がかかった。
相談があるという。
「夢の件だが……」
秀家がおずおずと三成の顔を伺う。
「本当にあれで良かったのだろうか?」
秀家にだけ、夢が引き起こした騒動と宇喜多家重臣の明石全登が関わっていたことを話している。
明石全登は表向き『重大機密情報漏洩』の罪で謹慎とした。
まだ全登本人からは直接、申開きを受けていない。
三成は秀家に、早めに全登の元へ足を運ぶことを約束する。
「夢は……徳川家康だけには嫁ぎたくないと申しておったから、いくら嫉妬心に負けて茶々様へ悪辣なことをしようとも……なんだか不憫でな」
秀家の眼差しは揺れた。
「夢は恙無く、花嫁修行に勤しんでいるゆえ、ご心配には及びますまい」
三成は表情を変えずに言い放つ。
伊吹山の屋敷に石田家家臣から見張り役を何重にも出して、厳しく管理している。
色香に惑わされないように、目を見るな、とも伝えている。
三成は最近、夢に琴を差し入れてやった。
琴の音が屋敷に響いている。
早くもウットリと聞き惚れる者も出る腕前に成長しているという。
「可哀想には思います……が、仕方あるまいかと」
三成は冷静である。
「治部……私は、おぬしが心配だ」
秀家が心配そうに眉を下げた。
「恨みを買い過ぎると、良くないことが起きるような気がする」
良くないこと――秀家は口には出さなかったが、大谷刑部の離反も含まれるのだろう。
大谷は昔から、三成の女性観に異を唱え続けてきていた。
「そうですね。肝に銘じます」
修羅の道に堕ちなければ、護れるものも護れない。
三成は固く唇を結んだ。




