第144話 名代じゃない!②
「西嶋八兵衛がいたらな……」
第一回目の会議が終わって藤堂高虎が呟いた。 大谷刑部が曖昧に頷く。
高虎は苦笑する。
高虎といえば城の普請もあるが、土木工事……とりわけ治水のプロである。
晩年は家臣の西嶋八兵衛とともに、孫(生駒高俊)の領地・高松のダム建設に関わった。
東軍の治水が進んでいるのは、マンパワーというよりも紛れもなくこの高虎の存在が大きいだろう。
日本のダム建設の記録は大変に古く『日本書紀』にみられる狭山池(614年・大坂)まで遡る。
狭山池は後に秀頼の命で片桐且元が改修(慶長の大改修)することとなる。
まさに日本の発展は川の氾濫対策と背中合わせの関係性であった。
因みに西嶋八兵衛は今、まだ御年四歳である。
関ヶ原にいるはずもない。
内記は会議の中身を反芻している。
帰ってから三成に報告しなければならない。
――西軍は武器の携帯の有無を問わず、許可のない東軍兵士の領内への侵入を一切認めない。
勝手に渡河した場合は武力行使も辞さない。
(佐和山炭鉱に関しては別途契約書通りとする)
――揖斐川氾濫対策のためのダム建設及び遊水地設置に関して西軍は東軍に人的助力を求めない。
(専門家の助力は受ける可能性があるが、そこに関しては別途、期間・報酬を含めた契約書を作成する)
――伊吹山への東軍の懸念は尤もであるので、長束正家がまとめ上げた約定草案を東軍の実務者メンバー並びに徳川家康に示して、検討してもらう。
ボールは投げたので、あとは反応を見る。
――天気だったら。
天気だったら、もしかしたらプレイヤーである自分には魔法のような力があるかもしれない。
もしかしてダム建設とか治水工事とか現実的な苦労しなくても、異世界転生者らしい魔法でなんとかなっちゃうかも!
内記はほくそ笑んだ。
ちゃんと異世界転生チート能力ついていたのだ。
家族総出でやんなきゃいけなかったり、すぐに能力がどんなものか分からなかったりしたからすっごい時間がかかってしまった。
まぁ、能力に関しては、まだキチンと試してはないんだけど。
検証はこれからである。
「市松……久しぶりだな」
糟屋武則が懐かしそうに福島正則に声をかける。
正則は照れくさそうに軽く手を上げる。
「お互い生きてて良かった」
武則が感慨深げに言った。
「おう! また一杯やるか? 昔みたいに」
正則も嬉しそうである。
大谷刑部は目を細めて旧友たちの再会を見守っている。
「父上! 貴方は一体何を考えておられるのですか?」
大きな声が空間を引き裂いた。
大谷吉治が父親を睨みつけている。
周りの空気が変わり、福島正則などはさっさと帷幕を出ていってしまった。
他のメンバーも続く。
内記もそっとその場を去ろうとした。
「内記殿はいてください!」
吉治の声に内記はガッカリして立ち止まった。
「はぁ……」
中に残ったのは書記など事務方三名と内記、大谷親子だけである。
「治部様を裏切るおつもりですか?」
吉治の声は怒りに震えている。
「裏切る? 変なこと言うなよ。俺は中立でいる、と決めただけだ」
大谷刑部は息子の烈しい怒りを前にしても悠然と構えている。
「東でも西でもない。超党派の中立派を作る。そろそろお互いいがみ合っていても前に進まないと気がついた者が多いのではないか?」
大谷は静かに自身の構想の一端を明かした。
「中立派……確かに聞こえは良いですが、力のアンバランスを度外視してはいませんか?
内府に西軍領内への発言権を与えれば、治部様ら執行部は粛清されて、あっという間に傀儡政権の樹立ですよ。
父上はその傀儡に成り果てるおつもりか!」
吉治にとって、『中立派』など所詮絵に描いた餅である。
家康が野心を行動に移さないはずもなく到底、現実的とは思えない。
「頼継は何と言っているのですか?」
吉治は弟の意向を確かめる。
「アイツは俺に従うと言っている。
お前みたいに訳わからぬまま父親にそんなふうに噛み付いたりしないぞ」
「あんなに……治部様からご恩を受けていたのに」
吉治は弟の離反に少なからず衝撃を受けたようだ。
「内府とは……こんなにも聡明な父上の考え方に影響を与える者なのか」
吉治は小さな声で唸った。
「やはり内府とは、それほどのカリスマ性を持った者なのですか?」
吉治はいきなり振り返って村田新左衛門に声をかける。
「……ノーコメントでお願いします……」
村田新左衛門の肩身は頗る狭い。
大谷はそんな様子を見て笑った。
「内府がどうとかではない。俺は……本当に護りたいのは茶々様だけとようやく気付いた。
彼女を救うために全力を尽くす」
大谷は茶々にとって最善の道を選ぶのみ、という。
徹底抗戦の構えが彼女を救うとは限らない。
大坂の時みたいに。
「些か……疲れたのもある」
三成の隣で彼に振り回され過ぎた。
「疲れた? そんなバカな」
吉治は鼻で笑う。
「懐柔された、ともっぱらの噂ですよ! なんでも、父上が初姫の養父となり、西軍の全権を徳川家康から任命を受けて担う、と。
疲れたどころかやる気満々じゃないですか?」
「早速、喋ったのか。信用ならないな」
大谷刑部はチラリと目線を動かして村田新左衛門を見る。
帷幕の中で経緯を見守っていた村田新左衛門の肩がビクリと揺れた。
「アヤツの女の扱い方が……どうも気に食わない」
大谷は遠い目をした。
「アヤツは……女なんて、どうだって良いと思ってる。あんなヤツに茶々様を任せてはおけない」
「父上だって、初を籠絡して松平忠吉に嫁がせたではないですか?」
皮肉たっぷりに吉治が言った。
若い父親の色男ぶりが吉治の目には眩しく映る。
「俺も確かに初を無理矢理嫁がせたには違いない。だけれども、今回のアヤツの仕儀は目に余る」
大谷は吐き捨てるように続けた。
「泣いて嫌がる女を……政争の道具に使うとは。情けない」
大谷の目が剣呑に光った。
「俺はアイツを見限った。既に友人でも何でも無い……アヤツに帰って伝えろ。
金輪際、お前とは縁を切る、とな」
吉治は拳をテーブルに叩きつけて、帷幕を走って出ていった。
内記も慌てて後を追う。
「大丈夫ですか?」
吉治の拳は震えている。
手のひらを開くと少し血が滲んでいるようだった。
「ハハハ……父上は、いつも正しい」
吉治は無理に笑顔を作る。
可愛らしい八重歯が口元から覗いた。
「でも……自分の意見は尊重してくれていたような気がする。今の父上はまるで別人だ」
話が通じない人間と議論をすることに、吉治は恐怖を感じたらしい。
それが――今の今まで、大好きで尊敬する父親だったら。
「私には……父上という人間が分からなってしまった。そのことが……恐ろしい」
村田新左衛門が帷幕の汚れを手拭いで拭いたりして、ちょこちょこと後を追ってくる。
内記はなんだかそのわざとらしい様子が無性にムカつく。
「あの!!! 村田さん、ちょっといいですか?」
「はいぃっ!!」
内記は村田新左衛門の側まで行って大声で威嚇する。
村田はびっくりした様子である。
「これ……大野治長って人に渡してください」
内記が懐から小さく折り畳んだメモ紙を取り出す。
「中身……拝見してもよろしいですか?」
「どうぞ」
「ハー◯ンダッツ……バニラ」
村田がおずおずと声に出して読み上げた。
「ハー◯ンダッツ、バニラでお間違えないですか?」
村田の大きな目が内記の顔を捉える。
「バニラ?」
この場合、バニラ味で無い方がオススメなのだろうか?
村田が三白眼を見開いて執拗に内記に確認してくる。
「そうです! それを念じて、とお伝えください!」
内記は戻って吉治の背中を優しく撫でた。
若い二人は、河川敷の草木を揺らすそよ風を受けて暫し佇んだ。




