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第143話 名代じゃない!①

「名代《みょうだい》。では、東軍は野心だけで西軍領内に遊水地設置を促していると言いたいのか?」


 戸田内記にこう言ったのは、東軍・田中吉政である。


 眉を下げて親切そうな表情だが、どこか酷薄さを感じさせる。


「名代、ダム建設……というよりか、まずは遊水地設置の取り決めについて、我々の主張を分かりやすくご説明ください」


 こう言って内記に恭《うやうや》しく頭を下げたのは、内記のすぐ隣・西軍の外交担当の糟屋武則である。


「名代、ドーンと言ったれ!」


 その隣の長束正家も加わって内記に迫る。


「……それ、僕の役割ですか?」


 内記は納得いかない。


 この実務者会議に若輩者の自分がなぜ出席なのかでさえ、よく分からない。


 内記の目の前には、相当目つきの悪いガラの悪い男が足を開いて座っている。


 時折、ガンを飛ばしてくるのでたちが悪い。


 内記は福島正則という男を真正面から見たのははじめてである。


 無精髭を生やしているが意外にも端正な顔立ちをしている。


 一度、清州城で、追いかけ回されたことがある。


 その隣は、先ほど来から口角を上げて親切そうな笑み浮かべている田中吉政。


 細い体躯に日に焼けた精悍な顔をしている。


 その隣に、藤堂高虎がの巨体がいかにも狭そうに肘付き椅子に収まっている。


 優しそうなオジサンといった印象。


 みなと同じように若返っているはずなのだが。


 そして、所謂《いわゆる》誕生日席には……『オブザーバー』を名乗る大谷刑部が背筋を正して姿勢良く座っている。


 書記は、大谷刑部付きの秘書・千野伊織である。


 もう一人、記録係として、大谷刑部の長男・吉治(大学)も加わっている。


 場所は揖斐川を渡ってすぐ。


 東軍が目下建設中の城からほど近い帷幕の中である。


 ときおり、川面の水鳥が鳴く声が聴こえる。


「えっとぉ……遊水地ですが、やっぱ東軍と西軍でそれぞれ作ったほうが良くないですか?」


 揖斐川の氾濫に備えて、今までも東西両軍は河口を広げたり、堤防を築いたり、遊水地(常時水の貯まった遊水池を含む)を複数設置しようとしてきた。


 因みに既に梅雨に入ってしまったので、今年は充分な対応はできていない。


 遊水地の設置には西軍もいち早く取り掛かっていたが、あいにくマンパワーが足りなかった。


 そこに、なぜか東軍の面々が『助ける』という名目で関わってこようとする。


「東軍のみなさんには、思惑があるんでしょうけど……僕らがそっちに干渉しないかわりに、みなさんもこちらの領内に干渉しないでいただきたいのですが!」


 大人相手にかなり堂々と言えた、と内記は思う。


「我々は既に揖斐川下流にも遊水地やため池を作ってます。ノウハウがありますので、協力すると言っているのです。

 西軍のみなさんは、マンパワーも少ないですし」


 田中吉政がさも親切そうな顔で言った。


 確かに兵士の数も、領土の広さも劣る。


「いやいや、その協力が余計なお世話っていうか」


 長束正家が噛み付く。


「我々に他意がないことをどうしたら分かってもらえるのですかね」


 吉政はため息交じりに話す。


「いやいや! 他意がないどころの騒ぎじゃないでしょ!」


――家康が伊吹山の領有を目論んでることは明らかである。


 長束正家は気色ばむ。


「わしゃ、わっかんねぇなぁ……」


 首を傾げて腕を組んで唸るのは福島正則である。


「炭鉱の事故のときは力を合わせて、武蔵たちを救ったじゃねえか。

 だからよ、今回もその要領で東西みんなで力を合わせて協力すればいいだろ?」


 福島正則は単純に、『助けてやりたい』と思ってくれているのかもしれない。


 ところが……この話は無し崩し的に西軍領に居座り、徐々に伊吹山まで侵食する家康の計画の第一歩なのである。


 黒田長政が秘密裏に計画の情報を提供してくれた。


 藤堂高虎が汗を拭きながら、扇子越しに千野伊織に何か言った。


 しばらくしてから、かなり大きな紙を持って登場したのは村田新左衛門である。


 長束正家が烈しく噛み付いた。


「お! おめーノコノコとよく俺らの前に出てこられたもんだな!」


「す、すみません……サバは元気ですか?」


 村田新左衛門はタジタジである。


「恵瓊殿の猫になったから、おめえのことはもうすっかり忘れてゴロゴロ言ってるよ!」


「良かったです……!」


 村田は正家にヘコヘコしながら、テーブルに地図を拡げた。


「将来的には、こちら、揖斐川の上流にダムを作るのが良いかと……但し、ダム建設は気の遠くなるような一大事業ですから、まずはここに遊水地を作り、川を分岐させその先へ水を流します」


 ダム建設も確かに時間がかかるが、川を分岐させて流れを変えるのもかなりの労力が要る。


 しかも分岐させて合流させるのは、伊吹山近くを流れる藤古川に、である。


 この工事に東軍の兵士を関わらせるとなると、伊吹山に続く領土を抑えられてしまう可能性が高い。


「もし……東軍の兵士が無理に渡河《とか》してこようものなら、撃ち掛けます」


 火縄銃で兵士を、撃ち殺すしかない。


 内記は言いながら、自らの袴の布をギュッと掴む。


「伊吹山は……ゲームチェンジャーになるのは西軍の方々もお分かりですよね?」


 唸るように藤堂高虎が声を上げる。


「我々は、本音で話しましょう。『実務者会議』なのですから。

 伊吹山は東軍の人間にとっては脅威そのものです。

『現代』から『何か』が送られてきて、その『何か』が、我々の生殺与奪《せいさつよだつ》を握っているとしたら……?」


 高虎はすうっと息を吐いた。


「その『何か』が恐ろしい。

 我々は……上様は東西両軍の和平のためにも、遊水地を共同で築き、伊吹山付近を両軍常駐の元、安全に保ちたい。

 そう考えておられるのです」


 河川の氾濫対策と伊吹山の領有の話がクロスしていて、ややこしい。


 内記は思う。


 確かに伊吹山の『時空のヒビ』からは通るサイズのものだったら理論上は何でも送ってもらうことが可能だ。


 但し、安藤先生の生活に響かない範囲内の額である。


――正直、精密兵器だとか、だいそれたものが送られてくるわけが無い。


「安藤先生は、それほど高給取りじゃない上に、けっこう高い倫理観をお持ちなので兵器などの危険な物は頼まれても送ってこないと思いますよ」


「は?」


 藤堂高虎がポカンと口を開ける。


 長束正家が慌てて話題を変えた。


「だったら! 領土に侵入してこようとするのではなく、伊吹山の使い方について、取り決めをすれば良いだろうが!」


 正家にとって話の落としどころはここである。


「伊吹山に現れたもの……人、モノ問わずですが、全て情報を東軍にも開示する。

 そして、その使い途《みち》も話し合った上で取り決める。

 そうすれば和泉守(高虎)が仰ったような、西軍が一方的にゲームチェンジャーになり得るような使い方をすることは回避できますよね?」


 正家は取り決めをまとめて、絶対に戦争を回避したい。


 なにしろ、伊吹山に『時空のヒビ』が現れたのは偶然なのである。


 西軍にとっても寝耳に水。


 但し、他の地域で発生しないとも限らない。


 そのために、両軍とも約定を結び、『時空のヒビ』が現れたら報告し合うのが最上の策である。


「伊吹山に関しては……今もやってますが、徹底的に管理して、交代制で見守る。

 既に該当の洞窟に通じる道に見張りも立たせてますし、洞窟の入り口には頑丈な鍵の掛かる扉を設置しました」


 今までが放置され過ぎたのである。


「ここで取り決めた約定の証《あかし》として、現に伊吹山に現れた女房・夢を徳川家康殿へ輿入れさせる、ということで……」


 要は人質である。


 もちろん、東軍にもし『時空のヒビ』が現れた際にも、報告の義務は生じる。


「夢は、どういった素性の女子なのだ?」


 大谷刑部がはじめて口を挟んだ。


「さぁ……本人があまり話さないようで」


 糟屋武則が応えた。


 大谷刑部はそれきり腕を組んで目を瞑ったまま何も話さなかった。

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