第14話 会議は踊らない!④
頭の後ろから大きく手を打つ音がして左近は振り返った。
田中吉政は口の端を上げて、ゆっくり両手を叩いている。
井伊直政もそれに続き、その場にいたほとんどの者が拍手をしだした。
拍手はうねりをあげて時折歓声も交じった。
長政は満足そうにそれを眺めている。
「おい! キセル寄越せ!」
秀家が鋭く忠吉に言った。
忠吉はその剣幕に押されたのか慌てて小姓に伝えて、万来の拍手の中、ほどなくキセルが到着した。
秀家はキセルを満足そうに燻らせた。
そのまま浮世絵にもできるような優雅な動作だった。
「格の違いだな。要は。お前らのような三河ごときの田舎侍とははなからやっていけないということが分かって良かったよ。今回は」
秀家の言葉に会場はシンッと静まり返った。
正家はそれを横目に見ながらおずおずと続けた。
「黒田殿……治部は確かにいけ好かない男だし、私だってたまには殺したいと思うことだってあります。
が……さすがにそれは飲めません。
私たちは、そういったことを止めるためにここに来たのです。
二度と命を奪ったり奪われたりしないように、ここに集まったのです。
責任の所在なら、治部だけではないでしょう?
一人ひとりにあるでしょう?
みんなわかってるでしょう?
戦争責任を追及することが和議の第一歩ならば、私はこの和議から離脱します。
言うなればこの場にいる誰にでも責任があります。
末端の兵士が言うのはまだ分かります。
でも……誰かひとりのせいでもないんです。
誰かが命を落とすことが和議だなんて、そんなものはもう言葉だけです。もう21世紀ですよ」
「戦国時代だよ、大蔵ァ! 今はどこをどう見回しても、戦国時代でしょうが!」
長政がとうとう営業スマイルを打ち破って怒鳴った。
「綺麗ごと言ってどうするんだよ! え? 俺らだってギリギリの中でどうやったら上手くいくか知恵を絞って考えてるんだよ! 寛大だっただろ? 良い条件だって喜んでただろうが! いい加減負けを認めろよ。
お前らは負けた事実を直視しろ。負けた側が責任を取らない戦争なんてあり得ないだろう。
もう、いい加減弁えろ!」
長政の声は響き渡った。
「あのぅ……」
左近は息を整えた。
声を出すのが久しぶりでちょっと裏返ってしまった。恥ずかしい。
「あのぅ、まだ……負けてないですよね?」
「はぁ?」
長政が睨みつける。
「だって、関ヶ原本戦を前にして飛ばされちゃったんだから、まだ戦ってないし勝っても、負けてもないですよね」
「負けただろ」
「いや、負けてないです」
「フフ」
長政が失笑する。
左近な腹に力を込めた。
「だって、まだ負けてないですよねぇ! だって武器だってたんまりあるし、みんな士気だってめちゃくちゃ高いんですよ。
俺らは交渉に来たのであって、無条件降伏をしに来たんじゃない。 いいんですか? おたくらだって、このまま戦に突入しちゃえば困ることがあるんじゃないですか?
そういえば、福島左衛門尉様って見かけてないですね。どこいっちゃったんですか? 屋根の修理して改易されちゃったとかで……関ヶ原の第一の武功者なのに、どうなっちゃったんでしょうかね?
もしかして、こっちに味方しちゃうなんてこと、考えてるかもですよね! 古田織部様は? あれ? どこにいるんでしょうか? こちらも大坂の折に難癖付けられて切腹でしたっけ? 上様とやらは、夜もおちおち眠れないんじゃないですか?
先ほどから状況を弁えていないとかなんとかほざいてましたけど、そちらはどうなんですかね?
状況、分かってます? うちの殿なんて首にしたって逆効果じゃありません?
うちの殿憎しで集まってた連中はどうなりますかね? やれ幸いに西軍にお味方しますぞ、と押し寄せてきたりして!
いやはや、弁えてないのはどっちなんですかねー!」
左近の左側の頬に冷たいものが当てられる。
井伊直政の短刀が左近の頬を撫でている。
忠勝が右手を伸ばし、直政の手首を強く掴んだ。
「やめろ」
「あのぅ……」
「今度は何だ?!」
長政が吠えるように言った。
声の主は毛利秀元である。
「さっきから、勝った負けたの話をされているようなので、ちょっと疑問に思ったのですが」
「だから、何???」
秀元は立ち上がってキリッと長政に向き合った。
「勝ったのは、僕じゃないですかね?」
「はぁ? 何言ってんの?」
長政の声は既に悲鳴に近い。
「だから、明治維新の際に勝ったのは、僕ですよねぇ。あ、あと島津さんか。
あ、でも多分最終的な勝者って、つまりは僕。毛利家ってことですよねえ!」
「そういえば……そう」
秀家がキセルを片手にウンウンと頷いた。
「お前が勝ってるわけないだろう? こっちは江戸幕府開いてんだよ! 幕府だよ。東照大権現って神様にもなっちゃってるんだよ。勝てるわけないでしょ」
「で、でも、総理大臣は? 総理大臣はどうですか? どれだけ輩出してます?」
「総理……大臣?」
「そうそう! いいですか? 長州藩出身の総理大臣は、初代! 伊藤博文! 初代ですよ」
「そういえば、安倍さんもですよね」
隣の藤堂高虎が口を挟んだが、長政に思いっきり睨まれて下を向く。
「おっと、失礼……」
「山縣有朋とか、桂太郎とか……あとほら、田中義一とか寺内正毅、岸首相!」
「安倍さんのお祖父さんね」
左近が合いの手を入れる。
「あと! ノーベル! 平和賞 佐藤栄作!」
秀元が拳を突き上げた。
「わ、分かった。分かったから今回はこれで終わりにしよう」
長政はよほど疲れたのか、そう言ってテーブルに伏した。
【毛利秀元】 江戸時代前期の大名。 天正7年11月7日生まれ。毛利元清の子。備中猿掛城で出生。毛利輝元の養子となり、朝鮮出兵に名代として出陣した。のち輝元に実子秀就が生まれたため分家。関ケ原の戦い後、宗家より3万6000石を分与されて長門府中藩主毛利家初代となる。古田織部門の茶人としても著名。慶安3年閏10月3日死去。享年72歳。




