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第135話 叶わない!

「クリスマスなんて、死んでしまえ!」


「杉山! 相変わらずヤサグレとるのぉ」


 勘伝久仁彦は、悪態をつきながら寒さに震えてゲーム研究会の部室に入って来る杉山光男をチラリと見た。


 狭い部室の中では既にオダツこと織田篤子がキーボードを手にスタンバイしている。


「ここ、寒っ!」


 プレハブ作りの部室は空調がイカれていて、だいぶ寒い。


 杉山は腕を組んでオダツの隣の席に椅子を引いて陣取った。


「ごめんごめん! 遅れちゃった」


 早瀬治が白い息を吐きながら駆け込んでくる。


 治も席に座ると、久仁彦は早速モニターに向き合って、ゲームの説明を始めようとする。


垂井たるい一里塚方面の武将まで、スタート位置は関ヶ原盆地なの?」


 スタートの画面で南宮山なんぐうさんや垂井一里塚にいた武将の位置を指摘する。


「いいじゃない? 細かいところは!」


 久仁彦は多少の怒気どきを加えながら杉山の質問に応えた。


「寒いわね」


 オダツが大きな瞳をクルクルさせながら部室を見渡した。


 アンバーブラウンの瞳が光っている。


「あったかい飲み物、買ってこようか?」


 治が申し出る。


「よし! ジャンケンだ!」


 杉山は既に立ち上がっている。


 ジャンケンの結果は久仁彦が負けた。


 治が苦笑しながら自販機まで付いてきてくれる。


 治と肩を並べながら飲み物を抱えて震えて戻ってくると、杉山とオダツが額を近づけて、何やら話している姿が見えた。


 杉山の表情はあまり見えないが、オダツは大笑いしている。


 明るくて楽しくて、大輪の花みたいだ。


「やっぱ、杉山なのかなぁ」


 治が呟いた。


「え?!」


「久仁彦……ショックって顔してるぞ」


 治は眉を八の字にして力なく笑う。


「俺もショックよ……俺もオダツのことが……本当に好きだから。でも、こればっかりはしょうがないよな……」


「……」


「俺らは失恋決定かな」


 治は白い歯を見せて笑った。


 缶コーヒーとペットボトルを抱えて部室に入って行く。


「失恋決定か……」


 久仁彦は独りごちた。


――そう、恋が叶わないのは知っている。そりゃ充分過ぎるほどに。



 勘伝久仁彦は学生時代の夢から覚めて、ぼんやりと散らかった部屋を眺めた。


 学生時代から何も変わっていない部屋で寝起きすると、あの頃と何も変わっていないのではないかと……少し混乱する。


 薄っすら覚えているやり取りとは少し現実とは違った。


 杉山がキャンパス内のカップルを見つけては、クリスマスに対する恨み言を言っていたのは確かだけれど。


 ゆっくりと起き上がって、リビングに入って行った。


 朝の鈍い光が初冬の気配を醸し出している。


 木製のテーブルの上に、一枚のハガキが置かれている。


 グレーのグラデーションのついた背景。


 冷たい小さな文字に目を落とす。


『喪中につき新年のご挨拶をご遠慮申し上げます。


 本年5月、次男・光男が44歳にて永眠いたしました。

 葬儀は故人の希望により近親者で執り行いました。

 

 生前賜りましたご厚情に深く感謝いたしますと共に、皆様に良き年が訪れますようお祈り申し上げます。


 杉山聖晴・朋子』


 母の姿は既になかった。


 買い物にでも出かけたのだろう。


 久仁彦はぼうっとしたまま、布製のソファーに身体を預けて天井を見つめた。


 天井の模様を見つめながら、傍らにある携帯電話に手を伸ばす。


「安藤です! 勘伝先生! お電話ありがとうございます!」


「……」


「勘伝先生! 何か……ありましたか?」


 久仁彦はソファーに丸まってジイっとしたまま、ただ安藤の声を黙って聴いていた。



  ◇



 大谷刑部は堂々たる態度でひるむ様子もなく、部屋の敷居を跨いだ。


 長い脚が村田新左衛門の目の前で止まったかと思うと、素早く胡座をかく。


 背筋はピンと張っている。


「どうした? 鳩が豆鉄砲喰らったような顔してるぞ」


 村田新左衛門の顔を一瞥いちべつして話す。


「なんで、こちらに?」


 家康が座敷に入ってくる前に、村田は素朴な疑問を口にした。


「……来ちゃマズイのか?」


「治部様を……う、裏切るおつもりで?」


 大谷は白い歯を見せた。目が優しく微笑む。


「そもそも……人を裏切る時に『今から俺は裏切ります』と宣言するものなのか?」


「さ、さぁ……」


「宣言する必要が無いのだったら、宣言するつもりも無い。

 畢竟ひっきょう、裏切りのつもりも無い。ただ俺は中立でいたい。それだけだ」


 大谷は顔を正面に戻して真っ直ぐ前を見た。


「中立とは……治部様のお味方を辞めるってことですか?」


 村田新左衛門がおずおずと尋ねる。


「お前は……どうなのだ?」


「……」


「自分が答えられない質問をするんじゃないよ」


 言葉は強いが語尾は優しい。


「俺は……誰のお味方でも無い」


 村田は大谷の言葉に混乱する。


 徳川家康が入って来た。


 深々と頭を下げようとする大谷刑部を慌てて制止する。


「堅苦しい挨拶は無しだ。よう参ったの」


「内府様も息災であられるようで、何より」


 大谷は背筋を伸ばしてニッコリ微笑んだ。


ういは……よくやっておりますか?」


「おお! 初は出来た嫁じゃ! 気の弱い忠吉なんかは、早速尻に敷かれておるぞ!」


 村田新左衛門は目を白黒させた。


 初と木下頼継の不倫疑惑を殊更ことさら煽っていたのは、徳川家康当人である。


 村田は大谷刑部の横顔を盗み見た。


――なるほど。


 今回は息子の申し開きのため、わざわざここまで足を運んだのか。


「早速ですが、ダム建設の西軍側取りまとめの件は、俺にお任せください」


 村田の心臓は飛び跳ねた。


――ダム建設?


 この件に大谷刑部が関わっているというのか?


「その件は……そちらの村田新左衛門のきもいりでな。

 何かと相談して事にあたってくれ」


 家康は村田に扇子の先を向けた。


「かしこまりました……新左衛門殿、宜しく頼む」


 大谷は何気ない顔をして村田に視線を寄越した。


 廊下に出た大谷刑部の背中を村田は追いかける。


「本気で! ダム建設に着手するおつもりですか?」


「貴殿の案と伺ったが?」


 大谷は振り返りながら胡乱うろんげな眼差しを新左衛門に落とす。


「このままでは、確かに川が氾濫はんらんする。

 早急さっきゅうにダム建設は行わねばならない。

 他の者に任せるよりは、俺が主導した方が良いだろう?」


「その先に……上様(家康)の思惑があるのは、ご存知なのですよね?」


 家康は伊吹山の領有を狙っている。


 大谷刑部がそれを知らないはずがない。


「伊吹山を渡しても良い」


「正気ですか?!!」


 村田新左衛門は驚きのあまりけ反った。


「ここだけの話……内府……上様は、西軍の統治を俺に任せたいと申されておるのだ」


 大谷は村田に合わせて少し屈んだ。


 村田の耳元で囁くようにして話す。


「初を正式に俺の養女とし、忠吉は俺の娘の婿とする。

 そうすれば俺は上様とは縁戚となり、いわば東西は兄弟のような関係性になる……西軍は戦争を回避できる」


 たとえ大谷が徳川家康の縁戚となり、大谷と家康とで友好な関係を維持したとしても……今現在の西軍の政治体制をそのまま残すとは思えない。


「治部様は……どうなされます? そのままで生かしておけますか?」


 まず家康は西軍内の政敵の排除に努めるだろう。


 とどのつまり、西軍は東軍に政治的に隷属れいぞくさせられることになりかねないのではないか。


「個人個人のことを考えればキリがない」


 大谷の瞳は深い色をたたえている。


「西軍四万人近い命がかかっておるのだぞ」


「茶々様は……?」


 村田新左衛門の心は既に冷えて震えていた。


――大谷は……茶々まで犠牲にしようと言うのか。


 大谷は村田の視線から目を逸らす。


「俺に考えがある。まだ言えぬ」

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