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第133話 頭脳はオトナでもない!

「それって……変装のつもりですか?」


 左近の問いかけに三成は銀縁のフレームを指で上げた。

 度は入っていない。


「左近よ、とにかく……このフザケたデマチラシを刷っている奴を早くしょっ引かねえと……どんどん俺ら執行部の評判が落ちていくからな」


 左近はようやく本気を出してきた主君を冷めた目で見る。


「殿の評判は……チラシがあってもなくてもあんまり変わらないですけどね」


 左近が呟くが三成は聞いていない。



『とうとう失脚! 石田三成! 

 度重なる女性問題に国民の不満爆発! 

 いよいよ執行部に襲いかかる内閣支持率の急降下!

 待ったなし! 政権交代カウントダウン!』



 この度の石田三成静養(公式発表)のニュースも本日昼の西軍公式新聞や高札よりも先に、デマチラシが巷で配られた。


 なかなか仕事が早い。


 ということは、一般国民よりも早めに知ることができる人物の仕業ということになる。


 左近は懐から伊三郎に貰った紙を取り出す。



ティンカー(修理工)  竹丸に桐


テイラー(仕立て屋)  三盛り左三つ巴


ソルジャー(兵士)  丸十


プアマン(貧乏人)  枡



「竹丸に桐紋は……明石全登あかしたけのり殿ですかね」


「三盛り左三つ巴は、助右衛門すけえもんか?」


 助右衛門こと糟屋武則かすやたけのりは三成の幼馴染である。


 丸十紋は検討する余地もない。


 有名な島津家の家紋である。


 島津義弘か……甥の豊久か。


 豊久は三成への敵愾心てきがいしんを常に隠さなかった。


「枡紋は……増田……長盛様ですね」


 この中に、デマチラシの発行人がいると言うのだろうか。


 誰であっても、確かに西軍諸侯で超有名人である。


「増田様の可能性は……流石に無いのでは?」


 執行部が批判されればブーメランである。


「分からんぞ……仁右衛門(長盛)はああ見えて頭が良いからな」


 今の三成たちには想像つかないような、深謀遠慮しんぼうえんりょがあるのかもしれない。


「仲間を疑うのは嫌ですね」


 しみじみと左近が呟いた。


「この中に犯人がいる……! 真実はいつもひと」


「あ! そう言えば! 島津さんたちはすぐには話聞けないですよ」


 左近は三成の言葉を遮る。


 本格的な梅雨に入る前に軍事キャンプ訓練を行ってるらしい。


 福井方面の海岸近くに初夏キャンプと銘打って軍幕を張り、家臣総動員しているという。


 三成は自分のことを敵視している島津豊久の顔を思い浮かべた。


「ヨシ! 行きやすいところから行こう!」


 三成は拳を前に突きだした。


 行く前からヘタレている。



  ◇



 糟屋武則は、賤ヶ岳(しずがたけ)七本槍の内のひとりで、秀吉の武闘派子飼い家臣の中では唯一、三成に最後まで味方してくれた男である。


 義理堅く、真面目。


 三成より二つ歳下である。


 控え目な性格ながら、賤ヶ岳では命を賭けて仲間を救ったことで大いに勇名を轟かせた。


 秀吉が天下統一のため、飛び回るように日本全国を転戦する先に……必ず武則は居た。


 能臣のうしんとしての評価も高く、朝鮮でも現地の文書発給などの細やかな気配りを見せ、まさしく文武両道とはこの男のことを言う。


――関ヶ原で西軍につかなければ、どこでも吏僚りりょうとして活躍できたのではなかろうか。


 増田長盛とは検地で武則と組んだ経験から……長盛は武則をとりわけ重要な東西外交を担当する外務大臣に任命した。


 因みに元の外務大臣・河尻秀元は総務大臣への異動となった。


「助右衛門! おつ〜! 元気〜?」


 三成の突然の訪問に目を丸くしている。


 助右衛門こと糟屋武則は大垣城ではなく、大垣城下に屋敷を与えられて居住している。


「なんか……あったか?」


「いやいや、暇になったので遊びに来ただけで」


「あったのだな……お前がそれがしなんかを用もないのに訪ねてくるわけがない」


 左近が白い目で主君の顔を見る。


 普段の振る舞いが良くないから、疑われる。


 友達ならばいくら忙しくても、小まめに連絡くらいは出来るはずだ。


 武則は気の毒なくらい青くなっている。


「誰か……死んだのか?」


「いやいや! そういったことではない」


 武則の屋敷はそう広くはないが、美しい中庭を取り囲んだ造りになっており、趣があって美しい。


 中庭の緑が映える座敷に通された。


 可愛らしい小姓が湯呑みを運んでくる。


「少々お待ちください」


 はにかんだ笑顔にエクボが浮かぶ。

 

 この表情だけで、武則が家中の者たちを大切に扱っているのが分かる。


「内記にあれくらいの愛想があればな……」


「内記くんの反抗的態度の大凡おおよその原因は殿にあるでしょ」


 左近は手厳しい。


 武則は紋付袴姿に着替えて入って来た。


「いいのに! そんなにかしこまらなくて」


「いや! 永井辰之進の時の御礼もキチンと言えてなかったから」


 炭鉱テロ事件で閉じ込められ、その後救出された三人の内のひとりが糟屋家家臣・永井辰之進であった。


 あの事件の後、三成は頭脳明晰な辰之進を借り受け、自身の近くで文官的仕事を手伝ってもらっている。


「いや! こちらこそ辰之進には大いに助けられているのだ」


 武則はそれを聞いてさも嬉しそうな顔をする。


 ツルリとした健康的な肌に、深い顔の彫り。


 眉は太く強い意志を感じさせながらも、柔らかな優しい眼差しをしている。


 身体は丈夫で大きく、背も高いが厚みもある。


「鍛えてらっしゃいますね〜」


 左近が武則の身体つきを褒め称えた。


「いつ何時、戦争になるかわかりませんからね……」


 東軍は伊吹山奪取計画のために、揖斐川の渡河とか作戦を敢行しようとしている。


 情勢が極めて難しい時に外務大臣を拝命されてしまった。


「今日は……こんなことで来たのだ」


 三成は懐から茶々の描かれたデマチラシを出して畳の上に丁寧に広げた。


「何だ? これは?」


 武則は見たことも無いようだった。


「東西両軍の関所の通過が厳格化されてから、西軍領内で配られたもので……西軍の国民の誰かがやった公算が大きいのだ」


 三成はデマチラシを真剣に見入る武則に状況を説明した。


「……この茶々様に見立てた似ても似つかない似顔絵を描いて行方をくらませている絵師が書き残した手紙に……そなたの名前が記されていたのだ」


「某の?!」


 本当は名前……ではなく、家紋である。


 武則は驚いて手で右頬を押さえた。


「うーん……見たことも聞いたこともない……」


 絵師の名……揖斐川深瀬の名前を知らせると、武則は薄っすら眉間にシワを寄せて困惑の表情を浮かべる。


「某が、やったと? その絵師と繋がっているのかと?」


「いや! それはない! それはないのだが、念のためこの絵師を知らないかの確認を」


「……知らない」


 武則は大きな拳を口元に当てて深く考える目つきをする。


 武則は小さくため息をついた。


 中庭に小鳥が遊びに来て小さな羽音を立てている。


 武則はおもむろに口を開いた。


「……これでも、そなたを裏切ろうとしたことは何度もある」


「えっ?!」


 それはかなりのショックである。


 武則は三成の表情を見てニヤリと笑った。


「でも……出来ないのだ。そなたを裏切ることが……どうにも」


 賤ヶ岳七本槍の内、加藤清正も福島正則も加藤嘉明も……みな三成とは反目し道をたがった。


 仲間の多くが、武則とは逆の方向に進んだ。


「正しい、と思う方にいたい」


 ある者は憎しみによって、ある者は利によって、東軍に味方した。


 もちろん、家康に心酔する者もいたし……苦渋くじゅうの判断をした者も大勢いただろう。


「自分なりに大義がある、正しいのだ、という方につきたいのだ」


 一族郎党の命を懸けた争いの前に、「大義」や「誇り」や「正しさ」なんて芥子けし粒ほどの役にも立たない。


「そなたが……どんな人間か、よく知ってる。

 あまり、褒められたところばかりではないことも。

 某だって、同じだ」


 武則は自虐的に言って微笑んだ。


「そなたの青臭い、いい歳して子供のような志を知ってる……裏切りたくても……知ってるからこそ難しい」


 武則の眼差しが三成の目を真っ直ぐに見つめ返す。


「そなたにオトナになって欲しいと願っても、無理なのならばいっそ子供っぽい情熱で突き進んで欲しい……そう願ってる」


 武則は畳に大きな手をついた。


「何の情報も無くて、ごめんよ」


 武則は三成たちに手土産を用意するために座敷を出ていった。


「……良かったですね」


 左近が囁く。


「悲劇の追放劇に見舞われたばかりなのに、心の底からのお味方に遭遇して」


 自分にはけっして数は多くはないが、小西行長にしても糟屋武則にしても、信頼の置ける仲間が何人もいる。


 東軍から伊奈図書や黒田長政、毛利秀元……続々とおおっぴらに味方に付いてくれる人間も揃ってきた。


 徳川家康に才覚は及ばないかもしれない。


 が……味方の総合力で立ち向かうしかない。


「そうだな! やるしかないでしょ!」


 三成は気合いを入れるために自らの太ももを強く打った。

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