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第131話 逃げじゃない!

 大垣城、東向きの別室で三成は大野治長と向き合った。


 三成は机に肘を付いて、挑むような目で治長を射抜く。


「何で俺が友達?」


「いや……貴方と友達みたいになりたいなって……」


 三成の強い目線を受けて治長は困ったように苦笑いしている。


「楽しそうじゃないですか……」


「相当歪んでんな」


 三成だって、別に自分が人気者であるとは思っていない。


「前は居留守使って全然会ってもくれなかったけど、今日はどんな風の吹き回し?」


 以前、大野治長邸を訪れた際には、騙されて閉め出されたあげく、帰り道で細川忠興んチの猟犬に追われたりして散々だった。


「あっちゃんを……返してもらいたい」


 治長はハッキリとした声でそう言った。


「はい?」


 あっちゃん?


「淀……茶々様はあっちゃん。僕の妻なので」


「ああ……」


 小早川秀秋からその件は聞いている。


 茶々の未来の夫は大野治長。


 治長によると、茶々の現代での名前は『篤子』だという。


「お前のせいで、金吾を死刑にできなかったのだぞ」


 三成は椅子に深くもたれてボヤいた。


「金吾の言うことなんてまともに聞いちゃダメだぞ。お前のこと、殺そうとしてたからな」


「……そんな人じゃないですよ」


 三成は机を手のひらで強く叩いた。


「甘いな! 甘い! 金吾はお前が思うよりは100万倍ヤバイ奴だぞ!」


「とにかく、妻を返してください」


 治長は頭を下げた。


「……断る」


「! 何の権限があって……?」


 治長が気色ばむ。


「東軍に渡すわけにはいかない。茶々様の身の安全を保障できない。

 それこそ内府が茶々様をどのように処するか分からない」


 三成は治長の顔を下から覗き込む。


「お前がこっちに来れば良いだろ。茶々様も内記も喜ぶだろ?

 親子三人、水入らずで暮らせよ。それくらいの権利、護ってやる」


――この場合、内記の父親の戸田勝成はどんな立場になるのだろう……四人家族……父親が二人……かなり複雑そうである。


「そうじゃないんです……あっちゃんを現代の世界に戻してもらいたいんです」


「知らんよ」


 三成はポカンとした。


「知らんよ! 知るわけないだろ? こちとら、この世界で必死こいてやってんのよ。

 現代とのやり取りは、むしろあんた方で考えてよ」


「あっちゃんは、血液の癌で……このままでは余命いくばくも無いんです」


 治長が真剣な表情で訴える。


 三成も流石に衝撃を受けたようで、固まる。


「だから! すぐに戻って治療しないと! 間に合わなくなる」


 三成は手のひらで治長の言葉を制した。


 意外な展開に、流石の三成も頭の中が混乱して、整理がつかない。


「ちょ、ちょっと待って。それっていつくらいからなの?」


「は、半年は前からかと」


「その……失礼だけど、その間、癌の進み具合はどうなの?」


「あまり……変化は無いみたいで」


 医者は奇跡だと言う。


 眠ったままで意識が戻らない。


 積極的な治療を受けられる状態ではない。


 ところが、白血球数に異常が見られるものの病状はさほどの変化がみられない。


 医者としても初めてのケースらしい。


「つまりは、この世界に入っているから、むしろ癌の進行が抑えられてるんじゃないの?」


 三成が顎に手をやりながら呟く。


「苦しんでる様子も無いんだよね?」


「……はい。確かに」


「もしかして……体調が辛いから、茶々様はこちら側の世界に逃げて……」


――この世界では老いることも病を得ることもない。


「あっちゃんはそんなに弱くありません!」


「どうかな? 俺でも自信ないな。病の苦しみに耐えるの」


 斬首になるのももちろんイヤだが、回復の見込みの無いまま床に臥せて死を待つのも耐え難い。


 弱さ……とはまた違う気がする。


「お前のせいなんだけどな……」


「ん?」


 大野治長の目が怒気を含んで光った。


 子供を連れ去られた母親たちの慟哭どうこくを昼夜聞いていた篤子は気を張り詰めていた。


 そして、とある行方不明の知らせに……精神と身体とをみるみる内に崩していったのだった。


「お前のせいで……あっちゃんは……」


「ど、どういうこと?」


 治長は三成の形の良いアーモンド型の瞳をジッと見た。


 あの頃と何も変わらない。


 何も知らない純粋な瞳に見える。


「……何でもない」



  ◇



 大野治長は西軍領内に来たがいいが、帰りは大いに戸惑っていた。


 黒田長政が東軍領内に連れ帰ってくれるそうである。


――助かった。


 長政には結局、影に日向に幾度も助けられている。


 三成は長政に人知れず感謝する。


 治長が東軍へ帰った後、三成は廊下に立ちはだかる戸田内記に声をかけた。


「コロッケ……食べに帰ってなかったのか?」


「僕に内緒にしてましたね?! お父さんがこの世界に居るの!」


 内記は三成に噛み付いた。


「確証が無かったんだよ。証言した金吾は大嘘つきだし、肝心のお父さんは逃げ回ってるし」


 三成は眉間にシワを寄せて内記をなだめた。


「恨むんならお父さんを恨むんだな」


 完全な悪役のセリフである。


「お母さんにも、内緒にしてたんでしょ!? 汚いですよ」


 意図的に内緒にしていたわけではないが、確かに敢えて触れなかった。


「……知らんよ。別に。俺と君のお母さんは何の関係も無いのだから、俺に言われても困るのよ」


 何も家族の問題に首を突っ込むほど暇ではない。


 プレイヤーの問題はプレイヤー同士で解決してもらいたい。


「家族のことは家族で解決しなさい。では」


「クソ治部少!」


 三成が去ろうとすると、内記は強い力で後ろから三成の首を羽交い締めにした。


「責任の所在は貴方でしょう?!!」


「お、俺に? 何の責任が?!」


 慌てて三成は内記の手を振り解こうともがく。


「絶対にあんたに責任あるって誰でも思うでしょーが! 早くお母さんを解き放ちなさい!」


 三成は命からがら、内記の長い手から逃れる。廊下を一目散に走った。


「解き放つって、どうやって? 知らんよ! もう!」


 部屋の前の廊下が猫の子一匹通れないほど男たちでひしめき合っている。


 三成はドッと疲れていたので、早く部屋に戻って休みたかった。


「はい〜どいて。どいてちょうだい」


 人混みをかき分ける。


「治部さまぁあ♡」


 甘ったるい声が響く。


 まさか……。


「夢、治部様に会いたくてお屋敷を抜け出して来ちゃいました!

 治部様! 夢が家康の野郎なんかに嫁ぐって本当なんですか??」


「ガハッ」


 血を吐きそうである。


 左近を見つけて三成は人混みをかき分けた。


 左近の耳を引っ張って小声でわめく。


「左近……! 突っ立ってねえでこの女を早く黙らせろ!」


 左近がゆるゆると首を振る。

 時既に遅し。

 覆水盆に返らず。


「嘘ですよね?! 夢、耐えられなぁい!

 治部様との結婚を夢見てたのに! 治部さまぁ! 黙ってないで何とか言ってくださぁい!」


 夢は三成の胸に縋り付く。 その大きな瞳から止め処無く涙が溢れている。


――終わった。何もかも。


 男たちの怒気がマグマのように押し寄せている。


 今までで浴びたことのない強烈なヘイトが三成を襲った。


 首筋までびっしりと鳥肌が立つ。


「治部……」


 振り返るとこれ以上無い最悪な展開が待ち受けていた。


「治部……責任、取っておあげなさい。夢があんまりにも可哀想です。ワタクシからも、夢と家康との結婚の取り下げをお願いするわ」


 茶々の目は完全に光を失っている。


 口元には冷笑ともつかない皮肉めいたあざけりが浮かぶ。


「ご、誤解です……! 茶々様!」


「行きましょう。内記」


 三成と目線を合わせることもなく、茶々はきびすを返した。


「おい! 内記! 茶々様の誤解を解け! 頼む! おい!」


 人混みに圧されながら三成は内記に手を伸ばし、救いを求める。


 その間、夢はシッカと三成の胸に抱きついて離れない。


「ご自分のことは、ご自分で解決してください。では」


 ステップでも踏み出しそうな勢いで、内記は微笑んで茶々の背中を追った。

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