第130話 友達じゃない!
三成は望遠鏡を覗き込んでいる。
「何見てるんですか?」
「オワッ」
振り返ると黒田長政の顔が突然ドアップになり、慌てて望遠鏡を外した。
「そんなもの、作るから目をつけられるのですよぉ」
長政は呆れたように声を上げた。
再び城の執務室の窓から貞慶寺の参道を見る。
参道の階段を昇り降りする人々が細かく映し出される。
これで揖斐川の対岸の兵士の動きが良く見えるだろう。
『時空のヒビ』から子供用クラフト工作キットを長宗我部盛親が送ってくれた。
レンズと鏡と筒用に木製のパーツ板が付いている。
原理はアイザック・ニュートンが1672年に発明した『反射式望遠鏡』である。
手紙には『時空のヒビ』がある場所に防犯カメラが付いたため、頻繁には利用できなくなった旨が添えられていた。
一緒に虫眼鏡も送られている。
流石にヴァン◯リのペアリングは却下である。
「お前の所望の物も手に入っただろうが!」
黒田長政はニッコリ笑って懐の中にある大きめの正方形の厚紙を抱きしめた。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮「ベートーヴェン交響曲第九番」LP――蓄音機はまだ無い。
「作ってますから。ご心配なさらず」
もう既に木彫りの大型ホーンを作り終えて、手巻きの箱を完成させると……とうとう音が鳴り響く手筈になっているそうだ。
ホクホクと喜ぶ様子はなかなか可愛い。
「で、どうだ? 守備は?」
徳川家康への嫁入りの件である。
「全然ダメです」
間に入った黒田長政は徳川家康からは丁重にお断りを貰ったそうだ。
「な、何でだよ?! 夢は美貌の姫だぞ」
贅沢言ってる家康を三成は磔にしてやりたい。
「お相手がどうとかではないようですよ」
本音を言えばきっと、家康としては目の前の姫より、永続的に女や未来の道具が手に入る伊吹山の所有の方が大事である。
ウカウカと西軍の懐柔作戦に乗っているヒマはない。
「話は変わりますが、大谷刑部殿は最近……見かけませんね」
探るような目つきで長政は言ってきた。
「……疲れてしまったそうなのだ」
小早川秀秋にとりあえずの処断が下ったことで、以前から三成に伝えられていた隠居話が再び持ち上がってしまった。
三成としては……疲れたし休みたいと言われたらしぶしぶ受け入れざるを得ない。
「そう言いながら……東軍陣地で頻繁に見かけるものだから、単純にそうとは受け取れないですよ」
「……」
大谷刑部は初に会いに行く、と言ってから帰ってこない。
向こうには次男・頼継が居るのだから当然なのだが……西軍諸侯や見かけたという一部の東軍の人々の間では噂にのぼっている。
「まさか貴方、この期に及んで大谷刑部にまで裏切られるわけじゃないですよね?!」
三成は鼻息荒く胸を張った。
「バッカ言うなよ! 大親友だよ! 裏切りとか、あるわけないでしょ!」
確かに依然よりは話さなくなったし、別々に行動することも多くなったが役割が各々あるのだからごく自然なことである。
別にベタベタと一緒にいることが親友ではない。
「友達としての誠実度が足りないんじゃないですか?」
誠実度って何なんだよ。
「友達の好きな女に手を出さない、とか?」
「……」
「手を出すなんて最高に最低の部類ですよね。友達の中でも」
長政の藪睨みの目線に耐えきれず三成は目を逸らして前髪を少し触った。
執務室をノックする音がする。
「あ、あの……東軍から客人がお見えです」
堀靱負がオドオドしながら三成に声をかけた。
「客人?」
「あ、あの……友達? とかで」
「友達ぃ?」
執務室を出て大広間に向かう。
日に焼けた浅黒い横顔。
ラガーマンのような肩幅がデカい。
せわしなく汗を拭っている。
「だ、誰?」
男は三成の姿を捉えると慌てて席を立った。
慌て過ぎたのか、脛を強かに打って悶絶の表情を浮かべる。
「お前、誰?」
三成は胸を張ってふんぞり返って腰に手を当てた。
「……変わらないなぁ、お前って……」
「もしや、修理?!」
三成の肩越しに黒田長政が叫んだ。
「修理……お前! 大野修理か?!」
三成はすっかり大野治長の顔を忘れていた。
修理こと大野治長は大坂城で茶々と秀頼と共に露と消えた豊家の忠臣中の忠臣である。
なのに! 関ヶ原では東軍。
「……友達だと?」
ふと三成は眉を顰めて目を細める。
大野治長の浅黒い顔を見上げた。
「ふざけんな! 俺の方がよっぽど大先輩ではないか?!」
言い方が三下の小物みたいでかえって清々しい。
治長は思わず笑ってしまう。
「人間……案外、変わらないもんだね……」
◇
「……修理!」
小早川秀秋が駆け寄って座敷牢の格子を握った。
「修理! 来てくれたのか?!」
「はい。お身体は大丈夫ですか?」
「……身体は大丈夫だが、暇でな。あの小男を一捻りに殺してここから出してくれ」
秀秋の発言はいつも本気だかどうだか分からない。
治長は苦笑する。
「これを……持って参りました」
治長が取り出したのは古びた鞠である。
面会に立ち会っている平塚為広が南京錠を開けてくれた。
開いた扉の隙間から鞠を受け取ると、大事そうに床に置き、すぐさま秀秋は治長の手を取った。
「治長……ありがとう」
「いえ、金吾様(秀秋)にとって大切な物と思ったものですから」
「おい! 金吾! いい加減手を離せ」
傍らで見ていた三成が秀秋を睨みつける。
感動的な邂逅はとっとと終わらせたい。
平塚為広が秀秋の手を治長の袖から引き剥がして扉を締める。
「淀とは会ったのか?」
治長はビクリと目蓋を震わせる。
「……いいえ」
「会っていくと良い」
秀秋はまるで弟を諭すように話す。
「その男に遠慮するな。たとえ止められても」
秀秋は三成の方を見て顎でしゃくった。
「止めないよ。そこまでやなヤツじゃない」
三成はムッとして言い返す。
秀秋の白い指は再び格子を掴む。
力を入れているから、爪も白くなる。
「修理……! あの約束! 必ずや果たしてくれるよな!!」
「約束?」
三成は眉間にシワを寄せた。
一体、何の約束だ? 大野治長は押し黙っている。
「修理!! 恩に報いると言ってくれたであろう?」
秀秋は必死に懇願する。
「何だ? 約束ってのは? はっきり言え」
三成は治長に問いかける。
「修理!!!」
たまらず治長は顔を背けながら座敷牢の前の廊下を足早に歩いて立ち去った。
背後からは小早川秀秋の悲痛な声が聴こえる。
「約束って何だよ?!」
三成が治長の腕を掴む。
「お前には関係ない!」
治長は勢い良く振りほどいた。
「お前……お前って! 俺は左衛門尉のお義父さんの親友だぞ!!」
だいぶ関係性は遠い。
確かに真田左衛門尉信繁(真田幸村)は治長にとって仲の良い同僚だったけど。
因みに真田信繁のお義父さんは、大谷刑部である。
「会うのか……茶々様に?」
三成は内心それを畏れているような顔をしている。
「今は……会わないです」
今、会っても篤子……茶々を混乱させるだけである。
「お父さん」
戸田内記が廊下の奥に驚愕の表情を浮かべている。
「お父さん……!」
「……直希!!」
大野治長が驚きのあまり、唾を飲み込む音が聞こえる。
「何で? お父さんがここに? お母さんに会いに来たの? なんで?」
「直希……! お前こそ、どうしてこんなところに……!? 受験勉強はどうした? こんなところにいたらダメだろ!」
大野治長はすっかり父親の顔になり、気の毒なくらい取り乱した。
「嘘だろ? 直希までこんなとこに……お母さんだって、きっと怒るよ。ホントにもう!」
お母さんは既に直希の存在を認識済みである。
「さっき、直希の好きなコロッケ、商店街で買ってきてレンジの上に置いてあるから。
お父さん、今日はこの人と話すから。遅くなる予定だから」
治長が三成を指差す。
勝手に話を進められているが三成は全然話したくない。
むしろ関わりたくない。
三成は頭を抱えた。
「ややこしい……! めちゃくちゃややこしい……!」




