第129話 PWがわからない!
安藤の携帯電話に勘伝久仁彦から連絡があったのは、突然、勘伝家に押しかけてから3日後のことである。
安藤と真美子に見せたいものがあるらしい。
週末にまた安藤は東京行きの新幹線に乗った。
「ジャーン! というわけで、これがその古の自作PCになります」
勘伝久仁彦が埃を払いながら、安藤と真美子に説明した。
「で、その中に……勘伝先生が作った自作ゲームが入っていると……?」
「その通り!」
久仁彦は半ばヤケクソな様子でテンションを上げた。
母親に言われてイヤイヤ電話したらしい。
カチャカチャ音を震わせながら、久仁彦の母親・勘伝須江子がティーカップセットを盆に乗せて部屋に入って来た。
「持ちます!」
「お母さま、す、すみません!」
真美子と安藤が同時に慌てると微笑して、丸いテーブルに置く。
紙や本が置かれてとっ散らかっているので、器用に床に落とさない程度に盆で押しやる。
「これでも、片付けたんだけどね……」
真美子が遠慮のない視線を部屋の中に泳がせているのを見て、流石の久仁彦も申し訳なさそうに自嘲した。
ヤニ臭い部屋は全体的に埃っぽく、積まれて読まれた形跡のない本や、何年前のものが分からないような黄ばんだ資料などが散乱している。
「いやいや! やはり作家さんのお部屋って感じですよ!」
安藤が興味深げに話す。 真美子は濃い緑色のカーペットを眉間にシワを寄せながら物を避けて踏んでいる。
「真美子さん。お菓子、ありがとう。缶もとっても可愛いのね」
勘伝須江子が柔らかな微笑みを浮かべて真美子に礼を言った。
真美子は前日の土曜日に先乗りし、学生時代の友人と夢の国に遊びに行ったらしい。
そこで須江子に不思議の国のアリスとチェシャ猫の描かれたクッキーを買ってきていた。
安藤は真美子の気遣いに感謝する。
新幹線代も出すと言ったが、夢の国に遊びに行くついでだから、と受け取らなかった。
須江子が部屋を出ると、久仁彦はおもむろに話し始める。
「あんたらが……なんか、関ヶ原がどうたらこうたらって言っててアっタマおかしい奴等に絡まれたな〜って、思ってたんだけど」
久仁彦は顎の無精髭を細長い指で触る。
「夜中、目が覚めたらどうも、そんなゲームを大学時代に作ったなぁ……と薄っすらと思い出して」
「それでご連絡くださったんですね」
安藤が言った。
「お袋に言われたからね……」
久仁彦的には不本意らしい。
2000年代……ゲーム愛好家の間で『RPGツ◯ール2000』などのソフトが流行り、自作のゲームを気軽に友人などとプレイできるようになった。
久仁彦も、自作のRPGゲームを、友人と共にプレイしたという。
久仁彦は日本史研究会の他にゲーム研究会にも所属していて……ゲーム研究会の部室は長屋のような部屋の6畳程度の広さであった。
真冬のある日、そこに日本史研究会の4人が集まった。
「キチンと立ち上がるんですか? このPCは…」
真美子が不安を口にする。
相当年季が入っていそうである。
「無理だろうね〜」
立ち上げてみても良いが、立ち上げようとした瞬間、固まって壊れる可能性もある。
「そこで! このPCの中に入っていた元データのCD-ROMを見つけました!」
久仁彦の手にはプラのCDケース。
盤面には『自作ゲーム集』と、汚い文字で書かれている。
久仁彦の学習机の上には比較的新しいPCがある。
少し古い型のモニターに繋げてある。
「茶々様……じゃなかった早瀬篤子さんは……この部屋にお泊りになられたのですか……?」
小綺麗な久仁彦のブルーの掛布団をジッと見つめる。
安藤な別のことが気になっていたらしい。
久仁彦は安藤の質問には応えなかった。
久仁彦は学習机の前に座ると、PCを立ち上げる。
モニターが点灯した。
「わ! 立ち上がった!」
安藤が感嘆の声をあげる。
流石にWin◯ows98……ではなく、Win◯ows10である。
10の環境で再生を試みる。
既にデスクトップに、 『関ヶ原シミュレーションゲーム』 とシンプルな題名が貼り付けられている。
RTPは既にインストールしてあるため、互換モードを適用させて、インストーラーをクリックする。
アプリケーションを開くと、パスワードの表示画面が出てきた。
「はい! ここまで! パスワード……かけた覚えはないんですけどね」
確かに4人でプレイした記憶があるものの、どんなゲームだったか細部は覚えていないと言う。
『日本史研究会』だったから、仲間は日本史に詳しくこういうの作って遊ぶのは楽しいと思った。
そんな単純な理由である。
「たぶん……オダツは茶々でプレイして……治は大野治長? だったのかな」
茶々は史実、関ヶ原当日は大坂城だったはずだか細かいところはあまり気にしなかったと言う。
「杉山は……誰だったっけかな?」
「勘伝先生は?」
「いや。俺は入らなかったよ。みんなの反応見たかったから」
久仁彦はトボケた表情で自らの鼻先を人差し指で掻く。
「……どんな内容かっていうと、まぁ、昔だからね。ドット絵でそんなに複雑な動きは出来ないし」
キャラクターを動かすにはキーボードの矢印キーを押す。
人に話しかけたり、宝箱を調べたりするときは「Enter」キーか「Space」キー。
または「Z(決定)」と「X(取り消し、メニュー画面)」となる。
「そうそう! 隠しキャラなんかも、作ったなぁ。懐かしい」
「隠しキャラ……ですか? どんな?」
安藤が興味を持って尋ねる。
隠しキャラ……そのような人物には遭遇しなかった。
「忘れちゃったよ! もう」
久仁彦の八重歯が覗く。
「実際に遊んだのですか?」
安藤の質問に久仁彦は自嘲気味に笑いながら応える。
「とにかく、関ヶ原本戦に参加した武将は片っ端しからぶち込んで……動作確認するだけで疲れちゃった。
その他、足軽とか。
登場人物だけはやたら多かったから、ドット絵作るのだけで飽きちゃって」
「ステータスとかって……武力とか知力とか入れたのですか?」
安藤はどこまで世界観が作り込まれたのかを知りたい。
「いや、そこまでは全然」
「年齢とかは?」
「そんなもん、全然入れ込んでないよ! 確かみんな二十歳で、みんな一緒」
雑な設定である。
それでみんな若返っていたのか。
「オダツにキャラの動作を確認してもらっただけで、中途半端に終わったな」
あの部室で篤子を取り囲んだ。
篤子が細い指でキーボードを操作するたびにみな笑い合った。
「……開かないな……やっぱり古すぎるのかな」
久仁彦がパスワードをいつくか試してくれている。
動作上は動かすのは可能なはずだが、パスワード表示が出てしまう。
「この世界が……めちゃくちゃ電脳空間で、発展してる、なんてことあり得ないですか?」
安藤がふと疑問を口にした。
「あり得ないでしょ。そんなの。ネットにだって接続してないのに」
久仁彦が入れたパスワードは弾かれる。
「パスワードさえ分かれば……スクリプトって書き換えられるのですか?」
「まぁ、そうなるよね」
互換モードに問題ないようだ。
「女の子を……増やすとか、出来るんですよね?」
「ん?」
久仁彦が画面から安藤の顔に視線を移した。
「そういや、まずは武将ばっかりぶち込んでたから女の登場人物はあまり入れなかったな……」
「勘伝先生! お願いします! おんにゃの子を! 女の子をこの世界に大量に加えてやってください!」
大事なところで噛んでしまった。
「……やだね」
久仁彦は細い目で、傍らで画面を覗き込む安藤を冷たく見上げた。
「なんで……俺がそんなことしなきゃならないわけ? やだね。面倒くさい」
プレイするならまだしも、古いソフトなので作り直せるかどうかまでは分からない。
「それにどうやらパスワードがなきゃ、入れないし設定も変えられないみたいだから……せっかくはるばる岐阜から来てもらったのに、ごめんね〜」
久仁彦の口調はまるで悪いと思ってはいない感じだ。
「でも……この世界っぽいですよね」
同じく画面を食い入るように見ていた真美子が頬に手を当てて呟く。
「このRPGゲームが……安藤先生の入った世界と繋がっているっぽいですよね」
「あのね。勘伝先生」
ずぃッと安藤が久仁彦に顔を近づける。
「貴方は向こうに飛ばされてないから、知らないでしょうけど、貴方が雑に作った世界観のせいでけっこうみんな、酷い目に遭ってるんですよ」
「えええ……そぉ言われても」
「『時空のヒビ』、見てくださいよ。それ見たら真実だと分かるから!」
安藤は唾を飛ばす勢いで話す。
「岐阜は……ちょっと遠いかな……何も無いし」
岐阜なめんな。
黄金の信長像があるのに。
安藤のあまりの剣幕に圧されたのか、久仁彦は目を泳がせる。
「パスワード……確か、パスワードを書いたノートが……」
久仁彦は学習机の引き出しを漁る。
「ずっと、こちらにお住まいなんですか?」
真美子が尋ねた。
「ん? いや、半年前に親父が亡くなったもんで……実家に戻って来たんだよ。
お袋がひとりになっちゃうしね。俺はずっと世田谷の三茶でひとり暮らしだったから」
それでか。
学生時代の残り香が今だに漂う部屋である。
「……オダツの容態は、大丈夫なの?」
引き出しをガラガラ開けながら久仁彦は何気なく尋ねる。
「予断を許さない状況のようです」
安藤が応えた。
「ふぅん……」
「関ヶ原から……早く現代に戻さないと」
安藤が深刻そうに呟く。
「これ、ぶっ壊せばいいんじゃない?」
久仁彦がPCを指差す。
物理的にではなく、ゲームをアンインストールすれば、ということだろう。
「や、止めてください!! 何が起こるか分からないでしょ?!」
安藤がかなり慌てた顔になる。
「わかったよ。ま、あんたにとって、大切な仮想空間らしいから」
帰り際、久仁彦はピンクのビニールに入ったものを安藤に渡してきた。
「これ……?」
「古いパソコンから取り出したHDDと……あとCD-ROM。適当に使ってよ」
「良いんですか?」
「コピーあるし。あと、俺の手を離れちゃったみたいだしね……あんたがたに預けるわ」
久仁彦は寂しげに笑った。




