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第128話 デレてない!

「こんなの、おかしいでしょ」


 執務室で増田長盛が握った拳が震えている。


 今回の伊吹山奪取計画に長盛は顔を紅潮させて怒っていた。


 執務室には増田長盛と長束正家、三成。


 豊家の五奉行のうち、三人が顔を突き合わせている。


「おかしいよ……でも仕方ない。俺らが弱いから。弱いから仕方ない」


 長束正家が腕を組んで深いため息をついた。


 力攻めをされた際の圧倒的な不利は未だ変わっていない。


「弱いからって……こんな、いつまでも理不尽な目に合って、いいわけ無いでしょ。

 蹂躙じゅうりんされていいわけないでしょうよ!」


 増田長盛はこの世界に来た当初はわりと穏健派で東軍にもシンパシーを感じていたようだったが、内閣総理大臣の自覚が彼を変えたのか……なんとしても西軍国の民を護らねばならないと考えている。


 だからこそ……今回の内府の暴挙は許せない。


仁右衛門にうえもん、気持ちは分かるけど……戦争するわけにはいかないよ」


 三成は椅子に深くもたれかかって足を投げ出しながら長盛を諭した。


「炭鉱を再会させて、密かに軍備を増強していけば……その内、勝てるかも。

 今は難しいと思う。マンパワーで劣るから」


「ナメられてるんだよ! みんな」


 長盛が涙声で訴える。


「今はナメられて構わないよ。最後に勝つんだから」


 ナメてくれてるくらいが丁度良い。


 その内にいろいろ対策が討てるというものだ。


「治部は内府に……あの徳川家康に勝てると思ってるの?」


 長盛が眉を八の字にして、不安げな視線を寄越した。


「勝つよ……最後は必ず勝つ! それまで辛抱するしかない」


 三成は自分に言い聞かせるように話す。


「大坂城が丸裸にされた時みたいに、最後はみんな死ぬんじゃないの?!」


 長盛の言うように、大坂の折には徳川家康の筋書き通りにスルスルと豊家は瓦解してしまった。


 長盛は間近でその様子をつぶさに見ている。


 長盛の次男・盛次は大坂城に入り、父が親しかった長宗我部盛親隊に合流。


 見事な討ち死にを遂げている。


 その後、父の長盛にも類が及び、敢え無く自害に追い込まれた。


 因みに……盛次を討ち取ったのは、元石田三成家臣・磯野平三郎(当時は藤堂高虎隊所属)だから、三成としては複雑である。


 たまに二人が顔を合わせないようにと、ヒヤヒヤする。


 そんな出来事は、この世界にはゴロゴロしているのだから、本来は気を遣う必要は無いのかもしれない。


 この世の因果がグルグルと巡っている。


「みんな、最後は勝てる。徳川家康に勝つ。

 なぜなら……みんな、現代の価値観がある。みんな、深い悲しみを知ってる。

 歴史を繰り返さないって誓ってる。仲間を裏切らないって誓ってる。

 だから、勝てる。今度こそ勝たなきゃ嘘になるって知ってる」


 三成には血で血を洗うような人類の歴史を無駄にしたくないという思いがある。


「内府が何度約束を破ってきたって、そのたびに撃ち返す。

 そのたびに強くなる。仁右衛門、力を合わせれば我らは絶対に出来る」


 そのために、強固な団結が必要である。


 巨大な敵に立ち向かうには内部がグラついているようでは到底、太刀打ち出来ない。


「バカがつくほど……理想家なんだった……」


 そう言って長盛は苦笑いを浮かべた。


 長盛の目の奥に再び冷静さが宿る。  


『怒り』は次の行動のエンジンにはなるが、過度に宿したままだと長盛本来の怜悧れいりな頭脳の動きを妨げる。


 三成は長盛が冷静さを取り戻したことに、ほっと胸をなで下ろした。


 執務室を出たところで、また茶々が待っていた。


 いつもの小姓姿では無く、美しい黄蘗色きはだいろの小袖を着ている。


「私の……せい?」


 外の青々とした緑を眺めていると、ふいに茶々が思い詰めた様子で呟いた。


「私のせいで女の子がひとり、東軍に送られちゃうの?」


 女をひとり、東軍に嫁がせる計画が耳に入ったのだろう。


 堀靱負あたりが問い詰められて話してしまったのかもしれない。


「貴女のせいじゃない。俺のせいです」


 茶々の大きい瞳が三成の耳から頬のあたりを見つめる。


「俺が貴女を手放したくないから……俺のワガママでエゴです」


 三成は茶々をどうしても手放すことは出来ない。


 他の西軍諸侯もみな、そうだろう。


 茶々ほど、特別な女子はいない。


「女の子……夢は、徳川家康に嫁ぎます」


 茶々は大きな瞳をより大きくして驚いた。


――夢が嫁ぐ相手は、徳川家康。


 茶々は白い華奢な手で拳を作って、胸元に当てた。


 心臓が痛む。


「うんと、楽しい思いさせてやりましょう! 一生分あの時、楽しかったなって……思い出して笑顔になるような、そんな思い出、作ってやりましょうよ」


 三成は茶々の想いを汲んで、無理矢理に笑顔を作った。



  ◇



 大垣城・城下町の芝居小屋は全部で三軒。


 それぞれ趣が違うが、高坂惣次郎と与田真佐人の二大看板を掲げている『飴里佳アメリカ座』は、主にシェイクスピアやビリー・ワイルダーなど欧米文学・劇を中心に退廃的かつ甘美的な演目で知られている。


 この日の演目は『グレート・ギャツビー』である。


 狂騒の1920年代アメリカを舞台に、ヒロインのデイジーと、大富豪ジェイ・ギャツビーの破滅的な愛を描く。


 衣装も美しいし、いちおう悲恋とは言え恋愛モノなので女性たち三人に観せるには良い演目だろう……と用意したものの……。


(めちゃくちゃ食い入るように観てる!)


 何しろ、娯楽がめちゃくちゃ少ないのである。 暇つぶし用に渡した源氏物語も平家物語も……宇治拾遺物語も、茶々は既に読破してしまった。


 他の二人にも渡したがあっという間に読み終えてしまう。


 本日の飴里佳座の公演は貸し切りである。


 デイジー役の惣次郎はとても可愛い。


 ジェイ・ギャツビーが惚れるのが分かるくらい小悪魔的でまさしく運命の女(ファム・ファタール)だ。


 一方の与田真佐人のジェイも前半の男の色気と後半の余裕の無くなる場面シーンの演技が実にハマっている。


 真佐人は美貌だけでなく演技力もずば抜けているのが分かる。


 そう言えば長宗我部盛親とこの芝居小屋の公演を観に行く約束だった。


 盛親は依然として眠ったままで約束は果たされないでいる。


「……なんで……グスッ」


 右隣を見ると左近が引くほど泣いてる。


「この話に、泣く場面ってあったか……?」


 意味不明である。


「殿には……運命の恋なんて分からないでしょうね! グスッ」


 三成は眉を顰める。泣く場面シーンは全然ない。


「女は……ヒロインだけじゃなく他にもいるだろ……?」


 女は何も、デイジーだけじゃない。


 あそこまで固執こしつせずとも。


「アイテッ!」


 太ももをめちゃくちゃつねられる。


 左隣の茶々が大きな目で睨みつけてきた。


 三成はタジタジになって顔を背ける。


 そんなつもりの発言ではない。


 上映が終わって、舞台から主役の二人と主要キャスト陣が観客席まで降りてきた。


 舞台用のメイクなのでかなり厚化粧である。


 白い羽根の付いた髪飾りを付けた惣次郎が茶々と握手を交わす。


 続けて真佐人がガッチリと握手する。


 熊と夢も、ウットリした表情で惣次郎と真佐人と握手した。


 女たちの嬉しげな表情に三成も嬉しくなる。


 茶々の顔を見る。


 晴れやかな美しい笑顔に思わず三成の心も弾む。


 三成は腰に手を当ててドヤ顔である。


 主要キャストのひとり、敵役トムの役者が三成に声をかけた。


 三成も手を差し出す。


「貴方のたたずまいを役作りの参考にしました」


 役者は嬉しそうに力強い握手をする。


 トムは横柄でイヤな男である。


 三成は乾いた笑いを漏らした。


 茶々と目が合った。


「治部、ありが……」


「治部さまぁ! 夢、こんな素敵な舞台はじめてですわ♡」


 茶々の言葉を遮り、夢が一歩前に出て三成の手を取った。


 茶々が目を丸くする。


「ご、語尾にハートが!!」


 左近が驚愕の表情を浮かべる。


「夢、本当に本っ当に感動いたしましたわ! 治部様に何とお礼を申し上げたら良いか♡」


「いや……いや、お礼など必要ない」


 三成の顔が引きつる。


 これから夢に土下座して、徳川家康に嫁いでもらわねばならない。


 夢の手を丁寧に引き剥がす。


「まさに夢心地でしたわ……なんて、ロマンチックなんでしょう?」


 夢は両手を胸元で組んで、その肩を可愛らしく左右に揺らす。


「ヒロインが羨ましい……あんなに愛されるなんて。ねぇ、茶々様?」


 突然茶々を振り返る。


「……そうね」


 なぜか茶々の眉間にシワが寄っている。


 マズイ……せっかくの楽しい芝居鑑賞の後なのに、なんかマズイ雰囲気である。


「……私も、あのように殿方に熱烈に愛されたいですわ♡」


「左近でどうですか?」


 左近が軽く手をあげた。


「左近だったら、ベンチプレス110キロ行けますよ」


 大人の余裕……じゃなかった……二の腕の筋肉を見せつける。


「私、頭の良い方が好きですの」


 夢は無表情で言葉を返した。


「ゆ、夢! 惣次郎さんと真佐人さんにサイン貰いに行こうよ!」


 熊がたまらず助け舟を出す。

 熊、ありがとう。


 夢は熊に手を引かれてサインをもらいに輪を抜けた。


「めちゃくちゃデレデレしてるのね」


 茶々が三成に呆れたように声をかけた。


「今の!? デレデレしてましたかね?」


 心外である。


「良かったわね……案外モテて」


「いやいや! 誤解です!」


「殿……めちゃくちゃ鼻の下伸びてましたよ」


「おい、左近! うるせえ!」


 三成は激昂する。


「もしかして……殿に本気なんですかねぇ」


「それはないだろ」


 左近に厳しく指摘されてから、流石にそこまで自惚れてはいない。


――とにかく、徳川家康への嫁入りである。


 これを成功させねばまた全面戦争に突入の危機である。


「夢……すまぬ」


 夢の美貌であったら、あの家康も新たな約定にウッカリ判を押すに違いない。


「夢……ごめんね」


 茶々も知っているから、苦しい。


 三成と茶々は、華やいだ声ではしゃぐ夢の後ろ姿を見つめた。

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