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第126話 名探偵じゃない!

「揖斐川の川筋を変えまする!」


「ほう……」


 村田新左衛門の言葉に家康は目を細める。


「そんなこと、できるのか?」


「難しいですが……たとえば杭瀬くいせ川ですが」


 杭瀬川は大垣城のすぐ南を走っている。


「杭瀬川は旧揖斐川です! 享禄年間(1528年から1532年)に大洪水が起きて川筋が変わり今の揖斐川の姿になってます」


 村田新左衛門は唾を飲み込む。


「あそこの地域はもともと、川の氾濫が起こりやすく……農作物や住宅地を守るためにはダムの建設が後々必要になってくる。

 ダムを造るとか貯水池を造るいう名目で揖斐川の本流をき止め、伊吹山まで流れる藤古川に流せば……」


 めちゃくちゃ大掛かりな河川工事である。


「揖斐川より南……は崩れるかもしれません」


 自分で言っておきながら、無茶苦茶な論理である。


 家康は苦笑した。


「ずいぶん……時間がかかるな」


 さもありなん。村田は時間稼ぎが目的である。


「実は……ワシも同じ考えであった」


 村田はエッと呟く。


 予想外の返答である。


「ち、地図が付いていますから約定違反に違いはないかと……」


 東西講和条約にはご丁寧に地図が付いている。


「あんなもの、後からどうとでもなる」


 家康は珍しく歯を見せて笑った。


「要するに『揖斐川から南』は西軍領だという漠然としたみなの認識にくさびを打てれば良い」


 碁盤のボタン電池を閉じた扇子で取り払う。


「現時点ではそうだが、揖斐川の形が変われば、領土も変わる。

 約定には地形の変更により領土が()()()()()()()()()とも書かれていない」


 唖然とした様子の村田に家康は語りかけた。


「ワシが強欲で伊吹山を欲していると思うか?」


「……はい。いささか」


 村田新左衛門は天下人にも正直である。


「ワシは伊吹山を手に入れるぞ。良い思いをしたいだとか、便利な世の中を目指してだとかで手に入れるのではない。

 むしろ逆だ」


 家康は優しく目を細める。


「この世の安寧はワシが創る」


 もし未来に繋がる通路が存在するのだとしたら、潰してしまうか、徹底的に管理をする。


 今のままでは倫理観の無い強欲な連中が奪い合う未来しか見えない。


「出島のようなイメージですか?」


「そうだ」


 出島で徳川幕府が海外交易を独占したために幕府の金蔵は潤い、封建社会が保たれた一面がある。


「まぁ……そうだな。初と木下頼継の不貞は……今は不問としよう。

 忠吉も傷つくだろうし」


 その事実が無いのだから不問も何も無い。


 しかし、村田はまずはホッと胸をなで下ろす。


 家康はニッと微笑んだ。


「新左衛門、また話をしよう」



  ◇



「賑やかですね……」


 左近の城下町探索の今日の相棒は戸田内記である。


 眩しいのか眠いのか、目を半分閉じながら往来を歩いている。


「信吉さんじゃなくて、良かったんですか?」


「いや……アイツを街に連れて歩くのは危険だ」


 息子の信吉は左近に似て男前なので目立ってしまう。


 左近は隣をやる気なさげに歩く戸田内記の顔を見た。


 ギリシャ彫刻のような彫りの深い顔が朝日に照らされている。


 この青年もめちゃくちゃ目立つ。


――やはり、街にすんなり溶け込む殿を連れてくれば良かったのだろうか。


 左近は少し後悔する。


 自分から志願したわりに戸田内記は街の商店に目移りしながらタラタラと歩いている。


 今朝、役者の与田真佐人を探索すると伝えると「連れて行ってください!」との申し出があった。


「ファンだったの?」


「ファン? 誰のですか?」


「……与田真佐人の」


「いや、彼を知ってるだけです」


 与田真佐人は芝居小屋の看板俳優である。


「彼は、現代の世界で同級生なんで」


「そうなの??」


 左近は驚いた。


「分かったことあったら、すぐに左近に話してよ!」


 はじめて聞く情報である。


「まとまったら……話しますけど」


 なに、その名探偵が事件が解決したら全て話す……みたいなスタンス。


 その間に登場人物だいたい殺されちゃうんですけど!

 左近は内心突っ込んだ。


「たぶん……与田君は現代の記憶無いと思います。プレイヤーではないので」


 左近は内記の秘密主義ぶりに若干モヤモヤする。


「場合によっては手荒なこと、するかもしれないよ」


 内記は驚いたのか、立ち止まって左近を振り返る。


「や、止めてくださいよ」


「場合によっては……だから」


 茶々に関するデマチラシを書かせた張本人が与田真佐人だったのなら、捕縛のため痛い目を見るかもしれない。


「彼じゃないと思うけど。ましてや女性を貶めるなんて。そんなタイプに見えないな」


 内記が呟いた。 裏路地を曲がると三味線の音色に合わせて端唄はうたが聴こえてくる。


 粋でしっとりとした声音が耳に心地良い。


 端唄の稽古に与田真佐人が顔を出すらしいという情報を芝居小屋の小間使いから仕入れて、端唄の師匠の住む長屋まで左近と内記は足を踏み入れた。


 障子の隙間から中を伺い見る。


 黒髪を長めに垂らした男が三味線片手に喉を響かせている。


 頗るカッコいい。


 流し目がこちらを捉えた。


 すぐさま警戒心が顔に出る。


 男は畳を蹴って席を立とうとした。


「与田君! ちょっと待って!」


「与田真佐人! 神妙にせい!」


 二人は同時に狭い長屋の一室に雪崩込む。


 真佐人は裏口の庭から逃走を図る。


 左近は急いで表に戻り、真佐人が逃げる道を封じた。


 真佐人の背後からは内記が近づいて、二人で挟んで退路を断つ。


「あんたら……借金取りか?」


「ん? お前、借金あるのか」


 真佐人はギラついた目を左近に向ける。


 美しい目元に燃えるような敵愾心を宿している。振り返って内記を見た。


 内記のへっぴり腰に、意外そうな顔をする。


「借金取り……ってわけじゃなさそうだな」


 急に砕けた感じになって、真佐人は腰に手をやって観念したように左近を見た。


「なに? あんたら……もしかして俺のファン? なんの用でこんなとこまで押しかけんのさ?」


 真佐人は長屋に戻ってキセルを燻らせている。


 キリリとした眉に切れ長の目。


 細く高い鼻梁が通り、薄い唇から煙を吐く……恐ろしく絵になる。


「深瀬の今の居場所? 知らないな……」


 真佐人から吐き出されるキセルの煙に内記が迷惑そうに目を細める。


 真佐人は居心地の悪そうにしている端唄のお師匠さんに尋ねる。


「センセ、深瀬の居場所、知ってますか?」


「さぁ……あたしも最近はとんと見ないねぇ」


  お師匠さんはなるべく関わりたくないようで、三味線の手入れをしながらじっとしている。


「先日、会った時は羽振りは良かったよ。酒代奢ってくれたし」


 真佐人は流し目を左近に送った。


「これを知らないか?」


 茶々のデマチラシを出す。


「何だ? これ……酷いな」


 真佐人が眉を顰めて、ジィっと見入る。


「でも、間違い無く……深瀬の画だねぇ」


 チラシを左近に返した。


「それで、景気が良かったのか。いつも素寒貧すかんぴんの深瀬が何であんなに大金を持ってたのか合点がいったよ」


 たぶん……何処の誰の依頼か分からないが破格の仕事を請け負ったのだろう。


「若衆茶屋で()()()()になった伊三郎という若衆がいたな。そいつが知ってるんじゃないか?」


 深瀬と伊三郎は若衆茶屋で知り合ったが今は良い仲だという。


「お前が……こんなものを作ってばら撒いたのではなかろうな?」


「俺が?」


 真佐人は不敵な笑みを浮かべた。


「そうか……あんたら、俺を捕まえに来たのか。いいよ。どこにでも連れて行けよ」


 挑むような瞳が光る。


「でも……当代一の人気役者をしょっ引いて行こうってなわけだから証拠がキッチリ上がってるんだろうね」


「別に逮捕したいわけではない。話しを聞きたかっただけだよ」


 内記が慌てて言った。


「あんた……どっかで会ったかな?」


 内記が慌てて首を横に振った。


「まぁ、いいや。あんた……役者にならないか?」


 真佐人がキセルの先を内記の鼻先に向けた。


「あんたがウチの座に入ってくれたら……あんたと俺とでけっこう良い看板になりそうなんだけど」


「協力してくれたら……考えます」


「いいね! そうこなくっちゃ」


 真佐人は綺麗な歯並びを見せて破顔した。


 左近が内記の袖を掴んだ。


「だ、大丈夫なの?! お父さんにそんな大事……伝えなくて?」


 ただでさえ古めかしい価値観の戸田勝成が、息子が芝居小屋の役者になることなんて認めるとは思えない。


「昔……学級会のお芝居で主役に抜擢されたのですが……」


 内記は小声で左近に囁く。


「僕、棒読みでどうにもならなくて……コントみたいになっちゃって……敢え無く降板になりましたので。問題ないかと……!」


 激しい大根のため、すぐにリリースされるだろう、ということらしい。


「じゃ、行くか!」


 真佐人は急に立ち上がった。


「行くって何処に?」


 内記が慌てて尋ねる。


 足が痺れたようで急には立ち上がれない。


「伊三郎のとこに……よ」

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