第123話 モテない!
「熊……どうだ? ここでの暮らしは?」
三成は伊吹山麓の屋敷で、女たち二人の面談をはじめた。
茶々と二人の会合を持たせる準備もあったし、もちろん頭には徳川家康への嫁入りの件もあり、適性を見極める意味もある。
ひとりずつ、屋敷の奥まった書院に呼んだ。
朱色の布を敷き詰めた床にダークブラウンのシンプルな机と椅子を運んだ。
まずは熊から面談である。
「宇喜多中納言様に……大変に良くしていただいております」
熊の頬がほんのり色付く。
熊は円な瞳をパチクリさせ、可愛らしいポッテリとした上唇を少し開いて落ち着いて話す。
「中納言様はいつも会いに来てくださり、私と夢に……甘いお菓子を置いていってくださいます」
「そうか……良かったな」
「はい」
熊は頷く。
緊張しているのか、さほど笑顔は無いが、かと言って固い表情のわけではない。
肝が座っている。
流石、甲斐姫の侍女である。
「夢とはどうだ? 仲良く暮らしておるのか? 何か困ったことはないか?」
熊は暫し思案した。
「夢は……優しいです。ただ世間知らずなので、ちょっとだけ心配になります」
熊の目尻が綻んで垂れる。
「凄く美しいので、同性の私でも思わず見惚れてしまいます」
麗しい! 麗しすぎる!
三成は二人のほのぼのとしたやり取りに思わず涙が出そうになる。
それに比べ……男どもの醜い政争と言ったら……!
「困ったことは……夢が寂しがり屋なのでいつも一緒に居たがることでしょうか」
熊は眉を八の字にして言った。
「可愛いです。妹みたいで。でも、いつかひとりで歩かなきゃいけなくなるので」
確かに順当に熊が宇喜多秀家に嫁入りすれば、いつも一緒にはいられなくなる。
「不安が拭えないのだと思います。こんな世界ですし」
当然である。
気丈かと思われた初でさえ、茶々に会った途端泣き崩れていたのだ。
「治部様……夢を慰めて元気づけてあげてください」
「おう! 任せておけ!」
女性をどのように元気づけるのか、三成には皆目分からない。
最新型火縄銃の試射を見せておけば良いわけではない。
次は夢の番である。
夢の顔色は真っ白である。
改めてよくよく顔を見たが、目が頗る大きく黒髪は艷やかで美しい。
華奢で護ってあげたいタイプ。
茶々が大輪のバラだとすれば、夢は儚げな白百合である。
「夢……息災か? 何か困ったことはないか?」
熊の面談が上手くいったので、三成は慣れてきて幾分自然に話しかけることができた。
「困ったこと……フフ」
夢は意味深に笑った。
「あ、あるのか? 遠慮なく申してみよ」
夢は、長い睫毛を伏せて朱色の床に視線を落としている。
「選ばれなかった女の、憐れ、でしょうか?」
夢はクスリと笑って細い指を口元にあてた。
「宇喜多中納言様は……いつも来てくださるけれど、熊がお目当てですもの。私は邪魔者ですわ。
かと言って他にすることもないし……暇を持て余しておりまする」
難しい……! 難しいぞ!
三成は意地を張って大谷刑部を連れてこなかったことを早々に後悔した。
「俺にだって、女心くらい分かるわい!」
そう言って、安易に面談に臨んでしまったのだ。
「な……なるほど。それは気まずいな」
熊には夢を元気づけると伝えていた。
「なに! 夢は頗る美しいのだから、引く手数多! 心配せずともその内、野獣みたいに男たちが群がることであろう」
そういうことではない。
「まぁ……美しい? 本当ですか?」
「本当だとも! 凄い美人だろう! 誰が見ても」
三成は調子に乗って夢を褒めまくる。
親戚のオジサン感満載である。
「茶々様より?」
「……へ???」
「茶々様より……私の方が美しいですか?」
そっと夢は三成の左手に白く華奢な右手を重ねる。
「どちらが、美しいですか?」
夢は手を重ねたまま三成の顔を上目遣いで見上げる。
その瞳は爛々と光り輝き、小さな唇は濡れたように色付いている。
「いや……どちらも、みな趣があって……」
茶碗の品評会みたいなことしか言えない。
「ズルいのね」
夢は笑った。
白く美しい歯並びが小さな口元から溢れる。
「殿方って、みんなズルいのね」
三成は居た堪れないなくなって立ち上がった。
夢の手をそっと振り払おうとすると夢は今度は左手をその上に重ねた。
「私を……連れ出してくださいまし」
ギュッと手を握られる。
「ここに居るのはもうイヤ……惨めで、みっともないわ」
机越しに夢の美しい顔が近づく。
「そう言われましても……」
三成は固まって動けない。
「治部様、私を囲ってください。そうでなければ、恥ずかしくて死にますわ」
夢は眉を顰めて悲しげな目をする。
三成を見つめて小首を傾げた。
「え!? えっと、えっ!?」
三成の狼狽は激しい。
「……嘘。嘘です。死ぬのは嘘。でも……」
夢は視線を一旦外す。
寂しげな唇が微かに震えているように見える。
泣いてしまうのではないかと心配になる。
「私の昔からの夢はただ一つ……」
目線を上げて大きな瞳で三成の目を射抜く。
潤んだ瞳の奥に妖しい輝きを湛えている。
「天下を統べる男に嫁ぐこと。そうでなくては死ぬのと一緒。
貴方様が叶えてくださいますか? 治部少様?」
◇
大垣城に戻り左近の部屋を前を行ったり来たりしながら三成は引き戸にもたれかかった。
「何カッコつけてるんですか、気持ち悪い」
左近はその気配をうっとおしく感じていたのか、観念して面倒くさそうに三成に声をかけた。
三成は前髪を撫でつける。
「左近……俺はモテてしまったのかもしれない」
三成は文机で書き物をしている左近の背中に勢い良く近づき、身振り手振りを加えて夢との面談の内容を事細かに話した。
「何ですか? その国際ロマンス詐欺みたいな展開は?」
文机に向かう姿勢を崩さずに左近が顔だけ振り返り言った。
「国際じゃないだろうが?!」
ロマンス詐欺ではある。
「素直にモテたのかもしれないだろう?!」
「はぁ……でもそんな﨟長けた美女が……女心をひとつも理解しない殿のこと無条件に好き、みたいなことありますかね??」
「何か……言葉に棘があるな」
三成の眉間にシワが寄る。
「古今東西、モテる男の条件はマメで気が利くこと。
ましてやこんなに選び放題の世の中で、殿を選ぶメリットって皆無でしょ」
「皆無……皆無って……」
流石に主君に向かって皆無は失礼である。
但し……大坂からこの世界に飛ばされて、誰も頼る男のない中で縋る思いで面談した夢の真意を慮らなければならない。
「べ、別にマジになってたわけじゃないし」
三成は自分に言い聞かせる。
確かにこんなウマい話は無く……怪しまねばならない。
「まぁ……夢さんにはご用心ってとこですかね。
殿も見た目はガキですけど中身はイイおっさんなんだから、のぼせ上がらないように気をつけないとダメですよ」
追い討ちをかけるように左近が言った。
三成の中にフツフツと怒りの感情が込み上げる。
「うるさいな!! めちゃくちゃ腹立つ! このクソジジイめ!」
もうちょっと夢見てたかったよ!
三成は僅かなプライドをズタズタにされて左近を思わず罵った。




