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第122話 危ない!

「親父……俺で良かったのか?」


 島信吉(のぶよし)は父・左近の目を真っすぐ見て言った。


「せっかくの城下町、お忍びで殿と出かけたかったろうに……」


 左近は眉間に海峡みたいなシワを寄せる。


「別に……殿と常に一緒に出かけたいわけじゃないけど」


――いつも三成と行動しているのは、左近だけが仕事して主君である三成がひとりノンビリとお城で過ごすのが許せないから。


 それだけの理由で左近は普段、主君を連れ歩くのである。


 息子の信吉は自分に似て気が利いて男前である。


 道行く人が信吉に見惚れて振り返る。


 まあ、図体のデカい二人が肩で風を切って歩く姿が物珍しいだけな可能性もある。


「又兵衛さん、こんにちは!」


 左近は芝居小屋のノレンを潜り岩佐又兵衛に声をかける。


「あ! 左近! どうしたの?!」


 又兵衛は絵筆を口に加えて紙を前に構図を練っているところだった。


「そちらは?」


「信吉と申します。以後お見知りおきを」


 信吉は眉の太い、涼やかな目で又兵衛に挨拶した。


 キャアっと野太い喚声が上がる。


「カワイイ!!」


 メイクアップアーティストの権左が信吉の太い二の腕にしなだれかかる。


 権左の白粉おしろいが信吉の黒っぽい着物につく。 信吉はタジタジである。


「この絵柄……見覚えは無いか?」


 左近はデマチラシは取り出した。


 粗い刷りである。


 文字も絵柄も上等とは言えない。


 絵柄をマジマジと観察した後、上目遣いで又兵衛が左近を見上げて笑った。


「左近……あんた、いの一番に俺に聞いたなら流石だね」


 又兵衛は確信があるのだろう。


「深瀬……という絵師の絵に似てる」


 揖斐川深瀬いびがわふかせはもちろん本名では無いだろう。


 関ヶ原に飛ばされた直後から、人の似顔絵などを器用に描いて食い扶持の足しにしていたという。


 というものはやはり作者によりクセがあり、そのクセを誰よりも分かるのは同じ画を生業なりわいにしている者である。


「ただ、深瀬が自発的にこんな絵を描かないとは思うけど……」


 西軍の男であれば誰だって茶々に心を寄せている。


「その深瀬? とやらは今どこに?」


「いやぁ……確かに最近は見てないねぇ。あねさん、最近、深瀬を見たかい?」


 又兵衛はまだ信吉の周りをウロウロしている権左に訊いた。


「そういやぁ、とんと見ないねぇ」


 権左も首を横に振る。


「あたし……噂は聞きましたよ」


 信吉の肩がガタッと震えた。


 高坂惣次郎が眠たげに楽屋の奥から現れた。


「お、おんな……!?」


「いや、残念! 男だから安心して」


 左右の人差し指で両頬のあたりを指差して惣次郎はおどける。


「何でも、大金が手に入ったからって言って若衆わかしゅ茶屋で大はしゃぎしていたらしいですよ」


 どこかオドオドして城に現れた時の少年っぽさは既に消え失せ、女形役者としての貫禄が出てきている。


 左近は惣次郎がこの世界で居場所を得ているのを感じ取った。


「詳しいことは、与田真佐人って遊び人の役者にでも訊いてみたら? 

 コイツはロクでもない男で、若衆茶屋にもご相伴しょうばんに預かって豪勢に呑み明かしたらしいから」


 惣次郎の美しいかんばせに翳りが帯びた。


 光を強く放つ茶色の瞳が長い睫毛に隠れる。


「真佐人は酒目当てでしょ……あんたって人がいるんだから」


 権左が慰める。


「どうだかねぇ……」


 自嘲気味に惣次郎は芝居小屋の壁にもたれかかった。


 役者としか思えぬほど独特のオーラで白い肌が光っている。


 ゆっくりとその大きな瞳をすぐ隣の信吉の顔にった。


「おにーさんに乗り換えちゃおっかな?!」


 惣次郎がいたずらっぽい笑顔で信吉の腕に取り縋ると、信吉は分かりやすく赤くなっている。


「信吉! そろそろ行くぞ!」


 危ない。

 ここは危ない。


 左近の本能がそう告げる。


「何か分かったら連絡してよ!」


 又兵衛が左近の背中に声をかけた。


 左近は右手を大きく上げた。



  ◇



 長政が帰った後、三成は大広間でデマチラシを広げてしげしげと見つめた。


 堀靱負に指示してもう一枚入手したのだ。


 靱負はものの10分ほどでいとも簡単に持ってきた。


「それ、けっこう撒き散らされてるのね」


「茶々様……!」


 三成は慌ててチラシを伏せる。


「いいの。もう知ってるから」


 茶々はこともなげに言う。


「お互い有名人だからね。仕方ないわよ」


「今、左近に調べさせてますから。ご安心を」


 三成自身は忙しいとかなんとか言っていたが、キリッとした表情ですかさずアピールした。


 左近の手柄を自然に奪う。


「見つけ出して、酷い処分とかにはならないわよね……」


 鶴松君つるまつぎみが生まれた頃、京都聚楽第(じゅらくてい)の白壁に落首らくしゅが掲げられた。


『茶々の子は、秀吉のたねではない』 といった内容だった。


 その時たまたま門番だった者は逆さ磔となり、一方、三成は増田長盛と共に秀吉の命で本願寺に逃げ込んだ犯人たちを追い詰めて、主犯二人の首を秀吉に献上した。


 ところが……秀吉の怒りは収まることは無く、この事件で犯人の一族郎党ら老若男女が磔の刑など死罪に処されたのである。


 その数、実に百十数人に及ぶ。


――茶々は優しい。


 誹謗中傷の犯人が過度なとがを受けないように案じているのだ。


 こんな茶々を苦しめるなんて。


 下手人は見つけ次第、叩き斬ってやらねばならない。

 

 そんな気持ちはあるものの、もし犯人が見つかったとしても……三成としては刑罰はそれほど厳しくは下せないだろう。


 因みに主犯の一人は三成の妻の縁戚だったため、妻に火の粉が降りかからぬよう、この時の三成は必死だった。


「こんなもの……嘘ばかり。表現の自由とは言えませんよ」


――表現の自由、報道の自由。


 確かに今回、小早川秀秋の件では西軍機関誌の論調によって徳川家康に罪をなすりつけた。


 訴えたい内容によって真実は多少歪められる。


「これは……明らかに名誉毀損です」


 立法、は形になってきたが……司法・行政は後手後手にまわっている。


 この場合、名誉毀損を訴える先は警察機関になり、処罰も同様だが、警察は国家権力の支配下にあるため、もちろん公平性に欠けるという指摘が入る。


 東西間の紛争はICJ国際司法裁判所のようなものを設けて第三者機関の介入が必要となるだろう。


 伊吹山の件も含めて、両軍から独立した機関を早急に創らねばならない。


 これには黒田長政ら、東軍諸侯の協力も必要不可欠だ。


 とにかく西軍の組閣人事が喧々諤々(けんけんがくがく)でようやくまとまったところである。 増田長盛政権の船出はまだまだ危うい。


 三成の脳内も交通整理されておらず、かなりせわしない。


「女の子たちに……会えるかしら?」


 茶々が不安げに呟いた。


 熊と夢の存在は既に東軍の一部には知られてしまったが、東西両軍ともに大々的な発表はされていない。


 ただ、工夫すれば、城でも伊吹山の屋敷でもない場所で女たちの会合を持つのはできるだろう。


「俺に、考えがあります。しばし猶予をください」


――そうだ。この際、裁判官を男ではなく、女の手に委ねるのはどうだろうか。


 審判の神・テミスはギリシャ神話の法と掟の女神である。


 三成の中に少し希望の根が育つ。


 そのためには女が増えることが確実に必要だが。

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