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第121話 慣れない!

 時空のヒビからは飢えを防ぐようにと、サツマイモの芽だとか、小松菜・ほうれん草だとかの葉物、更にはサトウキビや醤油の元になる大豆などが届いたが、それ以来、パタッと交信が途絶えてしまった。


「ヴァン◯リのペアリング、頼んだから怒ってるのかなぁ」


 大広間で食事を終えた後、三成がボヤく。


「あれ? 井伊直政さんの、頼んであげたんですか?」


 左近が驚いて尋ねる。


 先ごろ、井伊直政が茶々との刻印入りのものを「時空のヒビ」に通すように左近にリクエストしていた。


 ヴァン◯リのペアリングなんて、めちゃくちゃ高い。


 当然、長宗我部盛親も困惑するだろう。


「いや……茶々様が喜ぶなら俺がプレゼントしようと思って」


「……殿のその臆面もなく人のふんどしで相撲を取るところ、嫌いじゃないですよ」


 左近は呆れる。


「あーあ、小早川秀秋も無駄に食わしていかにゃならんし……出費がかさむなぁ」


 三成はみなに聞こえるように高らかにボヤいた。


 小早川秀秋の処遇は徳川家康から通達があり、「死刑にはせずに無期懲役」とのこと。


 西軍国民には増田長盛から新聞で内閣総理大臣の名で説明があった。


 意見を押し付けられたことも暗に強調した。


 ゆえに、弱腰外交との意見も出たが、親東軍派の増田を総理大臣に選んだのはつい先日の選挙だったのだから、それほどの騒ぎは起きなかった。


 ヘイトが向かった先は徳川家康である。


 因みに、瓦版……『西軍新聞』は週二回の発行である。


 人気は茶々のコラムである。


 みな情報を欲しがっているので、飛ぶように売れる。


「お二人の女性は……息災ですか?」


 左近は心配そうに尋ねた。


「ああ……全く問題無いようだ」

 

 三成は忙しい合間でもたまに、伊吹山麓の屋敷に顔を出して、湯浅五助に二人の女御(熊と夢)の様子を聞いている。


 三成は二人の様子を遠目に見るだけで済まし、五助が彼女らの身の回りの世話を甲斐甲斐しく行ってくれていた。


 あれから宇喜多秀家が足繁く、熊という女御の元へ通い、差し入れやらなんやらで歓心を買おうと躍起になっているらしい。


 突然、左近は周囲を注意深く見渡しながら、懐から一枚の紙を取り出した。


「殿……こんなものが」


 三成が触るとザラリとした質の悪い紙である。


『毒婦! 淀は小早川秀秋を使い棄て、その生き血を吸った! 先ごろ、淀の秘密の命を受けた小早川秀秋が西軍に引き渡された。


 哀れ、金吾! 淀に褒められると信じ、母のごとく淀に縋ったが淀はその手を振り祓い足蹴にした! 女の高笑いが牢屋に響く!


 もちろん、佞臣ねいしん石田三成が女の側に控え不敵な笑みを浮かべている!


 金吾、日も入らぬ牢屋でさめざめと涙する日々……後悔先に立たず。


 哀れにも西軍の悪の手に踊らされて人のみちを踏み外した者に東照大権現の加護もあるわけもなく……』


「何だ? これは? アホらしい」


 三成は鼻で笑った。


 ご丁寧にも茶々のことを悪意を持って描いた似顔絵が添えられている。


 かなり意地悪そうな顔をしている。


 舌がチロチロと細長く、ほとんどその顔は蛇みたいだ。


「殿……そう思うでしょ? こんなの、誰が信じるのかって」


 三成が読み終わってテーブルに乱暴に投げ出すと、左近が慌てて回収して懐に入れる。


「殿……嘘も百ぺん言ったら本当に思えてくるものですよ。

 放っておいて良いとは思えませんね……ましてや、茶々様が傷つくでしょ。

 毒婦なんて書かれて……あんな、似てもいない似顔絵まで……」


 女性なのだから、いくら有名人とはいえ確かにこの描きようは傷つくはずだ。


「茶々様を護りたいのだったら、こういった風評被害にも対応していかないと……!」


「まぁ、確かに。俺は慣れてるけどな」


「慣れていてもです。報道の自由と嘘の喧伝けんでんは違います。

 嘘を流布され放題で取り締まらないのだったら、いずれ政に影響が及びますよ」


 左近の目はいつになく真剣である。


「平塚殿に部下を使って調査させようか……」


 平塚為広には治安維持、犯罪取締など、警察機能を幅広く任せていて、頗る上手く機能している。


 質実剛健の為広は適任である。


 身体が大きく強面こわもてのところも良い。


 普段寡黙な割にちょっと口が軽いところが玉にきずか。


「人に任せる案件ではないですよ」


 関所で往来のチェック体制が強化された今、西軍領内にばら撒かれたということは、東軍の指図があったにせよこちら側の人間が行ったことを意味している。


「俺は……忙しいんだよ」


 炭鉱再開への道すじもいまだ立っていない。


 いちいち掲示板の落書きを取り締まってはいられないのだ。


「ダメです。この調査は我々で行いましょう」


 左近は勢い良く席を立った。


 二人が三の丸大門から街へ出ようとすると、黒田長政の行列に出会った。


 相変わらず家臣団20名ほどを引き連れた大名行列である。


「貴方に用があったのですが……?」


 地べたに置かれた籠の中から、藪睨みの目線が三成を見上げる。


「左近……というわけだから、調査は後だ」


 三成の言葉に左近は明らかに不満げだが仕方がない。



  ◇



「こっちに渡ってくるのに問題はなかったのか?」


 執務室に長政を通しながら三成は尋ねた。


 頻繁に渡河するのに、上からうるさく言われないのだろうか。


 長政は執務室に既に専用の椅子を用意されている。


 当然のようにそれに座り、深く身を預ける。


「この私に上様が直々(じきじき)に注意するなんてことはありませんよ」


 確かに黒田長政は誰もが認める関ヶ原の大功労者である。


「だ、大丈夫なのか? 本当に?」


 大胆不敵過ぎて三成の方がかえって長政を心配する。


「だから……万一に備えて家臣団に取り囲んでもらってますがね」


 流石は長政。用心深い。


「女が……増えたらしいですね?」


「……耳が早いな」


「この私に! 何の隠し立てもしないって話だったじゃないですか!!」


 長政は突然、大きな声でなじった。


「隠してない! 言う機会が無かったのだ……いろいろと忙しくて。ごめん」


 早馬で書状でも届けるべきだった。


「まぁ……いいんですけど。だいたいの情報は靱負ゆきえから入りますから」


 堀靱負ほりゆきえは黒田長政から西軍に放たれた間諜の一人で今は村田新左衛門に代わり三成の秘書のような仕事もしてもらっている。


 主君の長政には何でも伝えて良いとは指示している。


 靱負はいかにも秀才といった風情の男で、目を伏せながら淡々と業務をこなす大人しい男である。


 村田新左衛門のような器用さは無いので、気が回ることも無いが実直で真面目に三成の言うことを素直に聞くタイプだ。


「あまり……間諜スパイには向いていないのでは……?」


「その方が疑われないですから」


 長政はコップの水を飲みながら言った。


「いろんなタイプを取り揃えておいてます」


 長政は猫背を延ばす。


 堂々と宣言することでも無い。


「女はひとり、こちら(東軍)に寄越すんですよね?」


「ん? ういをやったのだからそれで約定は成ったのだろう?」


 初の身の安全の保証はもちろんのこと、初を渡す代わりに揖斐川から南の安堵、西軍を独立国として承認、内政干渉しないといった講和条約が締結されている。


 やはり女が、西軍の最大の輸出品であり、いわば外交の命綱になってしまっている。


 反吐が出る状況だが……致し方ない。


「甘いな……」


 長政は赤い舌を出して眉を顰めた。


「こちらでは、伊吹山を東軍領土にする計画が虎視眈々と練られてますよ」


「な、なんと!? だって、伊吹山は西軍領内でしょ!!」


 三成は言葉がうわずる。


「甘い甘い! だって、伊吹山さえ手に入れば女だって、未来の道具だって、あんな夢こんな夢みんな叶っちゃうわけでしょ?!」


 まさに四次元ポ◯ット。


「よく今まで東軍は再軍備して、奪わなかったか奇跡ですよ」


 そんなことになったら、全面衝突……血みどろの戦争突入である。


「そ、そんな分かりやすい約定違反! 出来ないでしょ!」


「なんやかんや、理屈を付けるでしょうよ」


 長政は腕を組んで目を瞑る。


「そこで……! 女をひとり寄越す手段ですよ」


 長政は藪睨みの目を開いて三成を見つめた。


「まぁ……そうだな」


 女をひとり渡すのが良さそうだ。


「麗しい方でお願いします」


 もう……本当にBPOが出てこなきゃならないのはこの場面シーンである。


 女は一人の人間なのであって、品物ではない。三成は頬に手を当てて思案する。


 いろいろと言いたいことはあるものの、黙って頷いた。


「女は……お前のものにするのか?」


「いえ……私は、今はそんなに女に興味ありませんから」


 長政はこの世界の仕組みを解くのに忙しい。


「上様に……めとっていただく予定です」


 三成は長政の表情を注意深く見つめた。


「あのね、私だって自分の立ち位置くらい分かってますよ。

 いくら関ヶ原勝利の功労者とは言え時にはバランス取ってこびを売っておかないと、たちまち政治的基盤を失いますから。

 貴方のご心配には及びません」


 長政はニヤリと笑う。


「貴方とは……そういった()()()()()に違いがあるのかな、と。では失敬」


 長政は最低一回、嫌味を言わなければ死ぬらしい。

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