第119話 共存できない!
「金吾を死刑にしない?!」
執務室で、長束正家が悲鳴を上げた。
「な、何で?」
宇喜多秀家も思わず抗議の声を上げる。
「治部さぁ……」
正家が頭を両手でクシャクシャして言った。
「この前、村田新左衛門もおめおめと東軍に逃がしちゃったとこじゃないの?! これではみんなの気持ちが収まらないでしゃうよ!」
「まぁ……まぁ、しょうがない。ここは治部の意見も聞こう」
増田長盛だけが理解を示した。
宇喜多秀家が眦をキッと長盛に向けた。
「今は、だ」
三成は執務室メンバーひとりひとりの顔色を伺う。
「まずは衆人環視の中で打擲でもするか?」
安国寺恵瓊がサバを膝に乗せて撫でながら物騒なことを言った。
世界を見渡せば鞭で打つような刑罰もある。
「いや……そういった苦痛を与えるようなやり方は出来ない」
三成はすぐさま否定する。
「治部……このままでは西軍のみなの気持ちが収まらぬぞ。マジで暴動とか起きかねん」
正家は頬に手を当てて心配そうに言った。
「俺らだって、家臣団から湧き上がりそうな不満をギリギリのところで抑えつけてるのだ。いつ暴発するやもしれん」
秀家も形の良い眉根を顰める。
「治部……私も大蔵(正家)の意見に賛成だ。内側の不満にも対応せねば……既にみんなギリギリだぞ」
「ちょ、ちょっと、みなさん!」
突然、焦ったような声がする。
「忘れてませんか? 私のことを」
「仁右衛門殿だろ? 別に忘れてなどいないぞ」
増田長盛の声に正家が応える。
「私が内閣総理大臣ですよ! 治部じゃなく、まずは私の意見を聞いてくださいよ!」
「……そうだった。忘れてた」
正家がハッとする。
「そっか。増田殿ごめん!」
秀家が手を合わせた。
増田長盛は胸を張って堂々と宣言した。
「徳川家康の意見を聞きましょう」
「ちょっと! 増田殿! 貴方は腰抜けですか?」
秀家は慌てて非難する。
「ち、違います! ここで徳川家康に恩を売っておくのです。どうしましょう、と敢えてお伺いを立てる。内府だって悪い気はしないでしょう?」
「……良いかもしれない」
三成はテーブルの木目に視線を落として呟く。
徳川家康に任せれば死刑は選ばないだろう。
西軍内の不満も家康に意見を無理矢理押し付けられたことにすれば幾分抑えられる。
「徳川家康に意見を聞こう。今回は、それに従う」
「弱腰外交と詰られるぞ」
正家が懸念する。
「仕方ない……甘んじて多少の誹りは受けよう」
三成は目線をグッと上げて応えた。
執務室を出たところで、小姓姿の茶々が待っていた。
「女の子、来たんでしょう?」
大谷刑部から既に聞いたらしい。
「熊と夢という女子二人です。名前を聞いたことありませんか?」
茶々は黒い瞳をクルクルさせて応えた。
「熊は……もしかしたら知っているかも」
確か熊は大坂城で甲斐姫に付いていた女中のひとりだったかもしれない、と言う。
「か、甲斐姫か……」
三成に忍城攻めの苦い思い出が臓腑から湧いてくる。
秀吉の側室のひとり・甲斐姫は成田氏長の娘で、関東一の美女と謳われた。
忍城は秀吉軍が二万余の大軍で囲んでもなお散々苦しめられた北条方最後の城である。
甲斐姫は美しい上に勇猛果敢で、秀吉軍の中には甲斐姫に討ち取られた者もあった。
秀吉は水責めを指示して、堤を作らせるなど細かな指示を書状で与えたが、行田の地が沼地であるため上手くいかなかった。
当の城攻めの総大将は三成であった。
「会いたいなー!」
「ダメです。もうちょっと待っててください」
やはり東軍にすぐに気取られるわけにはいかない。
「初だって……全然里帰りしないし……」
茶々は大広間の障子を開けて、外の空気を入れた。
五月の爽やかな風が城の中に入って来る。
茶々のポニーテールが左右に揺れた。
彼女は窓の外の新緑を見つめている。
寂しげな大きな瞳に三成は吸い寄せられる。
「茶々様……茶々様の未来の旦那様は、どんな方ですか?」
「何? それ?」
茶々は振り向いて三成をキッと睨む。
「いや……内記から、聞いたものですから。その、お幸せだったと」
「そうよ。幸せだったし、今も幸せです」
早口で茶々は応えた。
「左様ですか……」
――良かった。幸せだったなら。
太閤秀吉との結婚は幸せ、とは言えなかった。
なにしろ年齢差は30歳以上であったのだから。
「それでも俺は貴女を諦めきれないでいる。バカみたいですね。すみません」
三成は素直な気持ちを吐露した。
窓枠に背中を凭れると執務室からぞろぞろと会議に入っていたメンバーが出てくるのが見える。
「治部、私は……」
「困らせるつもりはありません。失敬」
三成は足早に彼らに混じった。
◇
伊奈図書は武器倉庫の棚卸しをしている。
三成は倉庫で熱心に火縄銃を数えている図書にそっと近づいた。
「ご苦労さまです」
「わっ! びっくりした」
図書が細い肩を震わせて振り返る。
図書は武器の目録を片手に万年筆を走らせている。
帳簿の付け方も細かく丁寧。
西軍陣地に招き入れてから、こうした管理業務を熱心にこなしてくれている。
頗る優秀な人材である。
家康が重宝がったのも無理はない。
その図書が眉を顰めた。
「大小が一本ずつ……消えているんです」
「あ! それは俺です」
凍えるような素直の冷たい目線が三成の頬を貫いた。
「キチンと……報告していただかなければ困りますね。昨日、部下たちに一日中探させましたので!」
細い肩が怒りで少し上がる。
「も、申し訳ない……」
村田新左衛門との勝負に本差の打刀を持ち出し、更には東軍に渡らせる時に脇差も持たせてやっていた。
報告がまだだった。
「内府って普段はどんな男ですか?」
三成とて徳川家康のことはよくよく知ってはいるが、会うときは当然表向きの顔を互いがしていた。
側近だった伊奈図書ならより詳しい人となりを間近で見て知っているはず。
「上様……上様は、そうですね。貴方に似てます」
「……」
「基本、ケチですし。何となくトボケてるというか……まあ、カッコつけたりしないとこは似てますね」
図書は目録から目を逸らすことなく続けた。
「もちろん、上様の方が生まれながらのお殿様ですから! 殿様らしく振る舞いますけどね。本質はもっと庶民的というか」
三成は尋ねる。
「共存できないかな?」
「無理でしょうね」
即答である。
「上様は生まれながらのお殿様ですから……武門が禍根のタネを残せば足元を掬われることを骨身に感じてます」
武門であるならば、平清盛が源頼朝の命を助けて関東に流罪にしたことが、自らの一族を滅ぼす因となったことを魂に叩き込まれる。
「貴方と茶々様のことは何が何でも排除するでしょうね」
そうだろうな。
三成も甘く考えていたわけではないが……そう思う。
「たとえば……そうだな。共通の巨大な敵が現れたら、共存できるかもですね。宇宙人襲来とか」
ふと思いついたように図書が言った。
自分でも可笑しくなったのか、フッと笑って三成の顔を見た。
「宇宙人襲来か……その時には共闘するか」
三成も図書に微笑みかけて、武器倉庫を後にした。




